20.5:リリィ=エリアス
明日の投稿分と合わせて読んだ方が読み易いかもです
幼少期に戻りたいと思ったことはある?
――私は、ある。今でも、「もし昔に戻れたら」と夢想したりもする。
私……リリィ=エリアスは何も最初から吸血鬼だった訳じゃない。最初は至って普通の人間だったんだ。光を恐れる必要もなく、正体がばれるのを恐怖する必要も無い……私は十数歳までそんな“当たり前”を享受して暮らしていた。
故郷の村は黒の山脈の麓にあった。……両親は幼い頃に死んでしまって、私は義理の両親に育てられて生きてきた。……特筆すべき出来事があるわけでもない、普通の日常。朝起きて、お仕事を手伝って、食べて、寝る……そんな普通の繰り返し。
でも、私はそれで充分満足だった。田舎の生活しか知らなかったからじゃないか?と言われればそうかも知れない。……でも、都会の刺激に満ちた生活を送っている今でも、やはり、昔の生活に戻れるのなら戻りたいと思っていることは間違いない。
そんな普通の少女リリィに、ある日のこと、転機というやつが訪れた。……最低で最悪の出来事。村を一人の魔族が襲ったんだ。……忘れられない、血と肉が焼ける匂い。仲が良かったお隣の子の絹を裂くような悲鳴。むせかえるような鉄の匂い。
私は魔術の才に恵まれていた。……両親が流れの冒険者だったらしく、私は幼い頃から魔術という不思議な力を操ることが出来た。……そのせいで、私は村を襲った魔族の目に留まってしまったらしい。……村を襲う吸血鬼相手に些細な抵抗を試みる私を見たソイツは、何を気に入ったのか、私だけは殺さなかった。実の子でもないのに愛を持って世話をしてくれていた義両親も、兄弟同然で育った友達も、みんな、みんな殺し尽くしたのに、私だけは殺さなかった。
……私はあの時、みんなと一緒に死んでいた方が幸せだったのかもしれない……今となっては意味のない空想だけど、そう思う。
だけど、現実は非情だ。村の皆を惨殺したり、気ままに吸血し尽くした吸血鬼は、最後まで無駄に魔術を乱発して、泣きながら抵抗していた私を捕まえると、首元に牙を突き立てた。何かふわふわするような、不気味な“快感”が首元から全身まで這いずった。……身体が火照り、異物が身体を侵していくような感覚……自分の身体が自分のものじゃなくなるような悍ましい快楽は、二度と忘れられない。
死を覚悟していた私は、何故だかそうして生き残ってしまった。……吸血鬼の眷属として、アイツの元から逃げおおせるまで、隷属させられながら。
……私は吸血鬼が嫌いだ。村を襲った吸血鬼を今でも憎んでいる。殺したい、ぐちゃぐちゃにしてやりたいとさえ、思う。
……私は、吸血鬼が嫌いだ。吸血鬼の血が混じって作り替えられたこの身体が……私だけ生き残って敵討の一つも出来ない弱さが、許せない。……そして、吸血鬼に対する残虐性と殺意が、如何にも私が憎んでいるアイツにそっくりで……私が既に私じゃないみたいな矛盾を感じて……そんな私自身が嫌い。
……吸血鬼の支配の下で地獄みたいな日々を過ごしていたある日。
私は固有スキルというものに目覚めた。『自己否定』……それは、私自身の矛盾を表象しているような効果をしていて「望むだけで私は昔の姿に変身出来るようになった」。尖っていた耳は人間のように……植え付けられたアイツへの忠誠心さえ抑制できて、吸血欲求に苛まれることも、日の光を恐れる必要もなくなった。
私は力を使って支配から逃げ出し、そして人間に混じって冒険者生活を始めようとキールにやってきた。……ルーカス、アリス、メイは流れ者の私を受け入れてくれた先輩冒険者だった。一人で冒険者を続けていた時ソロだったら私達と一緒に受けない?と依頼に誘ってくれたのが交流の発端。
そこから一年経ち、すっかり仲良くなって、いつの間にかパーティの一員として仲間に入れてくれていた。
自己嫌悪はやまなかったが、「リリィ=エリアス」として安心できる居場所ができて、だいぶん気が紛れた。……いつかアイツが私を見つけて、この平穏な日々が終わってしまうんじゃないかと、新たな恐怖が生まれるくらいには、パーティのみんなのことを好きになった。
本当にみんなには感謝してる。温かい心を持って、リリィを受け入れてくれたこと。私に普通の生活を送らせてくれたこと。そのおかげで私が少し私を好きになれたこと。
そんな最中、マイアナ大森林に発生した邪悪の魔女。唐突で、予測不能……理不尽な災害。……私には重なって見えた。村を襲って全てを奪った「アイツ」と私の仲間を殺そうとする「邪悪の魔女」が。
……私は決めた。
みんなに正体が露呈しちゃうかも?そんなこと、どうでも良い。……好きな人達を守るためだったら、なんだってやったら良いじゃないか。私が邪悪の魔女を倒す。ぐちゃぐちゃにする、絶対殺す。もう誰にも、居場所も好きな人達も……奪わせない。




