19:ファルアーとのお話
「あの、イリアの出身地って地球、ですよね……?」
遠慮がちにだされたその言葉に、意図せずフリーズしてしまいます。……別に、やましいとこがあったとか、そういう訳じゃないんです。ただ、今の容姿は完全にイリアのものだから、気付かれると思っていなかっただけで。
そんなで固まっている私に投げかけられた懐かしい響きの言葉。
『あの……、実は私も異界人なんです。イリアも、そうですよね?』
『え、えっと、まあその……はい。多分、同郷ですね』
同じ様に日本語で返してあげると、ファルアーは興奮したような、嬉しそうな声音で続けます。
『うわぁ、初めて異界人に会った!……なんだか、嬉しい。ここで過ごして10数年、一度も異界人に出会わなかった、から』
それまであまり感情を出さなくて無表情気味なイメージだった少女は頬を上気させて、捲し立てます。暫くすると、興奮も冷めてきた様子……少し落ち着きを取り戻した声でファルは言います。
「……その……興奮しちゃって、ごめんなさい。……友達になりませんか?」
事情を聞いてみると、ファルは冒険者になりたいよう……しかし、ファルの親御さんが、一人で行くのはダメだと言って許可してくれないらしく、困っているそうです。…… どうやら随分人見知りしてしまう内気な性格らしく、うまくコミュニケーションが取れないのだとか。……その点、私は“同郷”という点で繋がりがあるため親近感が湧きやすいらしく、仲良くなれたらなと思っているらしいです。わかりやすいように意訳するとそんな感じでした。
滅茶苦茶気になっていた全身鎧のことについても質問してみたのですが、相手と目を直接合わせずに話せる様に被っていたら案外気に入ってしまって……とのこと。お淑やかなお嬢様の見た目に似合わず、変人奇人の類なんでしょうか……いや、全身鎧の時点で論じるまでも無く変人でしたね。
しかし、紅茶を飲みお菓子をつまみ、時間はあっという間に過ぎ去っていきます。話しているうちに案外相性が良かったのか、だいぶん打ち解けてきて、会話が弾みます。……同郷ということで、無意識のうちに心を許しちゃっていたのかもしれません。
「ファルも、まだE級なのですか?」
「うん、一緒です。まだ、一回も依頼を受けたことがなくて……一応、レイから大剣の使い方は教わってるけど、まだまだ初心者、です」
「ファルは何故私のことを知っていたのですか?」
「組合内に流れてる、風の噂から、です。何やら、毎日訓練場に顔を出している可愛い異界人の女の子がいるらしい……って、噂になってますよ?」
「それより……イリア、って関東出身、ですか?」
「生まれは関西ですけど……幼い頃に上京したのでほぼ関東育ちですね」
「東京?」
「ええ。何区だったかまでは……覚えていませんけど」
「私も、そう。……やっぱり、前世の記憶は……薄いよね?」
「はい。……聞いたところによると、異界人は世界を渡る際、多かれ少なかれ記憶を失うらしいですね」
「へぇ、そうなんですね」
話が盛り上がるにつれて、空模様が悪くなっていきます。頬にポツッと雨粒……晴天だった頃の面影は全く無くなり、空一面灰色で薄暗くなってきます。……降ってきましたね、楽しく話していたと言うのに嫌なタイミングです。
「降って、きちゃいましたね。お茶……私の部屋で続けませんか?」
「ぜひ!」
そうして場所はファルの私室へと移ったのでした。ファルの私室だけ土足NG(異界人って感じですね)らしく、部屋の前で脱いで入ります。
水色を基調としたかわいらしく、綺麗に整頓されている部屋……所々に飾られた女の子っぽい小物からファルの性格が見て取れます。几帳面かつ内気で、人見知り……でも案外社交性があるのは貴族の娘だからでしょうか?
「レイ、お茶をお願い出来ますか」
「はい、少々お待ちくださいね」
レイと呼ばれたメイドさんが部屋を去ります。二人きりになってしまいました。……1時間ほど前、会った当初であれば死ぬほど気まずかったのかも知れませんが、今は全然そうでも無いです。
二人きりになった室内。同郷とわかってどこか弛緩した空気の中、ファルは緊張したように背筋をピンと伸ばすと、幾分改まって言います。
「……あの、友達になってくれます、か?」
「ええ、もちろん。……一人で冒険者をやるのは危険ですし、バディを組めるのは願ってもない事です」
ただし、一つ懸念点があります。
「……ただ、私はまだこっちに来て数日……魔術も練習中ですし、実際に冒険者として活動し始めるのには時間がかかるやも知れません。そこだけ留意しておいて欲しいです」
「大丈夫。待ちます、イリアの準備ができるまで」
私からすると千載一遇のチャンスなのでいくらでも待ちますよ、とファルはそう言い、微笑みます。羽のように淡く儚い笑みの美しさに多少、見惚れてしまいました。なんというか、ゲームでいったら薄幸系で健気なヒロインと言うか……最終的には負けヒロイン……いや失礼ですね。ふっとよぎった考えを頭から振り払います。すみません。
……ただ、その観点から見たら、「イリア=アークノルド」は、現実を見ずに、無相応な理想を追い求めて、着いてきてくれた多くの友を殺してしまった……馬鹿な女、ヒロインにすらなれないかも知れません。死後の世界があるとすれば、私は間違いなく地獄行き……ですね。
……そこまで、自分が馬鹿な幻影を見ていると自覚しているのに、私は昔の目標をまだ捨てきれない。この矛盾は何処から来るのでしょうか。……もしかして私の魂が二つあることから?自責の念に苛まれているのに、焦がれるほどに強く理想郷を夢見てしまう矛盾は、太陽に近づきすぎて翼を溶かしたイカロスなんか比べものにならないほど、自信過剰、愚かで滑稽です。
どうしようもなく辛い……でも、辛いと感じることさえ、犠牲者のことを考えると私には許されないのでしょう。私にできることは、目標をどうにかして叶えることだけ……、そうしなければ、目標のために犠牲になった人たちの死が無意味になってしまう……から……。
「……リア、イリア。だ、大丈夫……?」
気がついたら、ファルの顔が目の前すぐにありました。俯き気味になっていた私の様子を下から覗くようにして伺ってきています。
「大丈夫ですよ……?どうしたんですか、急に」
「大丈夫じゃ無い。顔真っ青、だし、反応もしなかったし」
急に心配するような口調でファルが言います。……確かに、今のは私もおかしい気はします。楽しく会話中だったのに、急に時間が飛んでしまって受け答えができない状態になる……休眠前はこんなこと無かったのに……、私、病んでるんですかね?
しかし、心配させるわけにはいけません。深呼吸を一つ、精一杯の笑みを浮かべて、なんでも無いよとアピールして誤魔化します。
「本当に、元気です。少し、嫌な事を考えてしまっただけで……、今はなんともありません」
ファルは私の顔を凝と見つめると、納得していないようでしたが渋々頷いて体勢を戻します。その時、タイミングがいいのか悪いのか、コンコンとノックがされてニーア似のメイドさんがお茶とお菓子を持ってきてくれます。
「お茶です。……良ければこちらも一緒にどうぞ」
「わぁ、シアさんの所のクッキー!ありがとう、レイ」
「お喜び頂けて光栄です。……それでは、失礼します」
喜ぶファル、優雅に一礼をして部屋を辞するメイドさん。……ん、もしかしたらニーアじゃ無い気もしてきましたね。……ニーアはあんなに本格派メイドじゃありません。見た目は本当にそっくりなんですが……残念ながら私の知る彼女は似非メイドです。……でも、年齢と見た目はそっくりなんですよね。16歳くらいのメイドさんで、偶然ニーア似の人……いるのでしょうか?
「イリア、こっち向いて、ください」
ん?と思ってファルの方を向くと、クッキーを口元に差し出されます。「食べて、元気出してください」とファルが言います。……これは俗に言うあーんと言うやつなのでは!?……そりゃあ、美少女から「あーん」なんてして貰えた日にはもうすごい元気になっちゃいますけど。
「……はい、どうぞ」
「……んっ」
差し出されたクッキーを食べさせて貰います。ほろほろ系で美味しい、甘い果物が入ったクッキーでした。それ以上に感じる謎の満足感……癒されます。
「……すごく美味しいです」
「でしょう?……私が、大好きなお菓子屋さんの、クッキーなんです。……気に入ったなら、幾らでも食べて、ください」
精神的不調には、甘味が一番、です。とファルがクッキーを頬張りながら言います。優しくて気配りができて……二度目の人生はどうやら“人”に恵まれているようです。会う人全員良い人ばかりなんですよ……普通、あり得ないでしょう?あったかすぎて、普通に泣きそうです。
そうして、彼女とのお茶会を楽しんでいた最中のことでした。




