17:マイアナ大森林②
結局、あれだけ緊張して臨んだのに、「死の気配」の主は姿を見せなかった。調査区域周辺を見回る時に、何処からか見られている様なぞっとする気配は感じたが、それだけだ。ガラル、ウェリー、ペペーナ、私で構成された臨時パーティは誰一人欠けることなく辺境都市キールへ帰還した。
組合へ「調査地区に異常なし」という報告を提出した後、他の三人のメンバーは飲みに行ったようだったが、私は体調が良くないと嘘をついて行かなかった。……森に潜む不死者のことが頭から離れなかった。不死者とは一般に生者を憎む存在であるされている。……私なんかは吸血鬼かつ元人間、不死者の中でも異端に分類される方だからそんな感情は全く無いけれど、それはあくまで例外だ。あの不死者が攻撃的なタイプだった場合、最悪の場合、キールという町全体が危険に晒される。
私の見立てでは、不死者は冒険者組合で分類される所のS等級。個体の強さにもよるが、同じS級冒険者でやっといい勝負になることもあるくらいの化け物。
……この都市にはS級冒険者なんていない。キールのような都市でこういう神話災害が起きた場合、救援が来る前に滅んでしまうことも多い。
この情報だけだったら、絶望する他ない所だ。……だが、リリィは唯一討伐出来るかも知れない人を知っていた。『万の光条』ことアリス、S級に最も近いキール最強の元旅人。リリィのパーティメンバーである彼女は不死者が苦手とする光魔術を得意としている。故に、彼女ならキールを救えるかもしれない。
だが、肝心の彼女は別件でキールを空けていた。帰ってくるのは明後日の昼。それまでアイツが町を襲わなければ何とかなる筈……。
*****
悶々とした二日間を過ごしたリリィは、昼時になると組合内を一望できる2階でアリス達を待つ。タイミングが良かったのか、アリスが現れたのは待ち始めてから半刻ほど経った時だった。
「あれ、ルーカス達だ。今帰ったとこ?」
さりげなさを装って話しかける。組合的には今回の件は半分終わった事の様になっている。露骨に焦って話しかければ怪しまれることは必至、事情があるとはいえ、組合に報告せず危険を隠蔽しようとしていたのがバレたら重大な規約違反だ。なんなら王国法に抵触して極刑までありうる。
「ただいま、リリィ。上層部の予想通りだったから直ぐだったよ。寧ろ移動時間の方が長いくらいで、ちょっと退屈だったな」
なるほど、やはり迷宮の方は異界人来訪の魔力反応だったらしい。そして恐らく、ルーカス達の後ろに控えめに立っている少女が今回の異界人だろう。一目見ただけで目を奪われてしまうほど整った容姿、王国で生きるのには向いていない白髪紅目をした少女。
「8割方確定してたことだしねー。……そんなことより、その子が例の異界人の子?」
……まだ、15.6歳くらいだろうか。彼女が身に秘める多いとは言えないレベルの魔力量をみて、リリィは可哀想に、と憐憫の感情を持つ。まだ幼い身で単身迷い込むには、この世界は些か厳しすぎる。聞いたところによると、異界人の生存率は3割を切っている。大抵が冒険者という危険な職に身を置く故だ。
「ああ、彼女はイリア。同年代だから仲良くしてもらえると助かるよ」
同年代……私は年齢詐称をしているので実は全く同年代ではない。イリアと言うらしい少女なんて私からしたら小さい子のようなものだ。可愛らしい姿を見ると、庇護欲すら湧いてくる。
……だけど、吸血鬼である事は内緒。今の私、“人族”の少女である“リリィ=エリアス”は明るく活発な16才の冒険者だ。
「言われなくてもだよ。……えーっと、宜しくね!イリアちゃん」
「イリアで良いですよ。リリィさん」
安心させる様に笑いかけると、少女……イリアも少し笑顔になる。
「なら私のことも気軽にリリィでいいよ」
「……じゃあ、えっと……リ、リリィ。これから宜しくお願いします」
ちょっと緊張しているのか、硬い動きでぺこりとお辞儀するイリアとこうして顔合わせを終えると、焦る気持ちを抑えて、リリィはルーカスの指示通りに空の揺籠亭へ向い、ルーカス達が組合への報告を終えるのを待つことにした。




