11:吸血姫には、まだ夜更け
ゴトン……ゴトン……。森を進む馬車の周期的な揺れ。私を包む何やら安心感のある柔らかさ。木々の葉擦れ、瞼に感じる温かな木漏れ日。本のページをゆっくりと繰る音。……自然に囲まれた朝のゆったりとした空気の中、私は漸く微睡みから解放されます。
……実は私、朝にすごく弱いのですよね。いくら寝ても頭痛はないし、長い間起き続けられるとは言っても、一度深く寝てしまったらなかなか起きるのに時間がかかっちゃいます。
なので、朝起きてから、今馬車に乗って、アリスの膝枕で何故か二度寝しているという状況まで、割と記憶がなかったり。……他にも色々アリスにお世話してもらったような気はします。……っく、大人として面目ないっ……。年下の子に迷惑をかけるのは不甲斐なさすぎですよ、イリア。むしろお世話してあげるくらいの心持ちでいかないと!
そんなこんな、ぼーっと考えていたら意識がはっきりしてきます。膝枕の抱擁感というか安心感が凄くてずっとこのままでいたいような気持ちですけど、さすがに起きますか。
「んっ……」
「おはよ、イリアちゃん」
「……アリス、おはよう」
アリスの膝枕から身を起こして、そう言います。アリスを見てみると、何やら本を読んでいるようです。ルーカスさん、メイさんは前の席で楽しそうに御者の青年と一緒に談笑しているっぽいですね。……そういえば昨日の村でイグゼアさんの家で宿泊した時、ルーカスさんとメイさんは同室でしたがそこのところどういう関係何でしょう?……冒険者なら男女同室とか割とあるのですかね。
「……それ、なんの本ですか?」
「えーと……‘異世界から来た英雄’の伝説についての著述だよ」
アリスによると、数百年ほど前の異界人についての英雄譚なのですが、本当か嘘か分からない話だらけで信憑性は薄いらしいです。……例えば、英雄……シンヤ様という名前らしいのですが、この本はシンヤ様の活躍ぶりを見たままに書き記したものではないらしいです。何やら昔の吟遊詩人達が、各地のシンヤ様に関する民間伝承を唄っていくうちに、より盛り上がるよう更なる脚色が加えられていって……と、そんな嘘八百の吟遊詩人達の語りを纏めて本の形に記述したもの……それが『勇者シンヤの民間伝承について』……アリスが読んでいる本らしいです。
「……例えばこれ。最終章の『英雄の帰還』っていうところ。ざっくりいうと『かの英雄は魔王を見事打ち倒し王都グランツェに凱旋した』っていう記述があるんだけど、ここの記述はまるっきり嘘。魔王はここ1000年以上出現すら確認されていないんだよ」
「なるほど……?」
へ……?確か、私の処刑の黒幕は魔王だったはず……。“魔王が1000年以上いない”……この事実と私の嫌な記憶から類推されることは、私が1000年以上寝ていたってことになりますけど……。いや、まさか、ねぇ……。
……寝て起きたら一千歳分もおばあちゃんになっている恐怖……不老の吸血鬼だから年齢はノーカンですよね??とか、そんなことを考えていたらアリスが本をパタンと閉じて言います。
「……そうだ。今のうちに魔術の練習、始めとこっか」
魔術!?とイリアが期待に目を輝かせたのも束の間、まずは座学と基礎訓練が大事らしく、ちょっと落胆です。この世界に来ても、座学や基礎訓練いるのですか。……ちょっとチート能力持ってる人が羨ましいです。
まあ、でも。……こういうのには前世からの経験で慣れていますし。というか、むしろこっちの作業……もとい訓練は頑張ったら、成果が見えやすいので全然苦じゃないですけどね!むしろ楽しみです!
と、私は意気込んで、
「はい!アリス……アリス先生、どんな練習をするのですか?」
「ふふっ。じゃあ、イリアちゃん。お手本を見せるから、私の魔力操作を真似してみて」
アリス先生はちょっと微笑んで、魔力を手の平の上に球状になるようにして集めていきます。
えーと、こんなものですかね。体内を循環する魔力に意識を向けると身体がぼぅと心なしか芯から温まるような感じがします。
そんなで、私の魔術の練習の幕が開けます。転生してからの初魔術……使えるように頑張りますか!




