9:吸血姫と月夜②
――悠久の空を雲が流れ。
……やがてお日様は沈みかけ、斜陽。赤く染まった草の海を、風が駆けて葉擦れ。そんな情景を私はメイさんの腕の中で思う存分堪能した所で、ルーカスさんが少し気の抜けたような声を発します。
「……無事到着だよ。イリアも疲れているだろうし、早く休もう」
ルーカスさんのそんな言葉が聞こえます。私はメイさんに下ろしてもらうと、あたりを見回します。無事到着といいますが……村、どこでしょう。
森の入り口がちょっと前にあって、今いる場所は草原と森の中間地点、双方が入り混じっているところとなっています。でも、周囲どこにも村らしき姿は見当たりません。不思議ですね。
アリスとルーカスさんはスタスタと歩いて行ってしまって、突然、ある地点で二人の姿が揺らいで消えます。
え?転移かな。なんでしょう、新しいファンタジー要素では!?、と内心盛り上がる私をよそに、メイさんが言います。
「イリア。こっちよ」
メイさんがそう言って、私の手を引いてズンズン進むと。突然に景色が歪みます。――ここだけの話、突然のことでちょっとだけ怖かったです。
そんなで、目の前に現れ、広がるのは大樹。大きく神聖そうな木、木の側面に架けられた数多の人工物。大樹と周囲の他の木を繋ぐ木製の吊り橋や、それを渡る人々の姿が大樹の木漏れ日に光って幻想的な様を醸していました。
後ろはどうなっているのでしょう、と振り返ってよく見てみると、ある場所を境に魔力の揺らぎの壁のようなものが見えてきます。あそこを通ったらなんらかの魔法が発動するのでしょうか。……というか、色々あって忘れてましたけど、メイさんのおかげで本当に魔力がみえるようになっていますね。感謝です。
恐る恐る、境界に手を入れたら、揺らいで手が消える。ちょっと怖くて戻したら、手が現れる。……なんでしょう、どこかで見たような……。記憶が僅かに刺激されます。……でも、思い出せない。なんだったけ……と思い、無意識に視線は虚空を彷徨います。あ、確か、あれは……。
思い出しかけた時、唐突。
「……お嬢ちゃん。不思議そうじゃね?……この村には聖樹があるんじゃ。聖樹の魔力を利用して、村のご先祖さまが魔物避け、幻術の大規模結界を張ってくれたのじゃよぅ。手が消えるのは幻術っちゅう訳じゃ」
聞きなれない後ろからの声に思わずひょわ!?みたいな変な声をあげちゃって、後ろを振り返ります。……ひょわ、は自分でもどうかと思います。少し顔が熱い。
「……すまんね、驚かせてしまったようじゃのぅ。儂の名前は、イグゼア……こん村の村長をやらせてもらっとる」
そんな自己紹介をしたのは、存在感をひしと放つ枝が絡まったような重厚な杖をついた、鷲のように眼光の鋭いお爺さん。そんな、ちょっと怖い雰囲気のお爺さんの後ろには、アリス、メイさん、ルーカスさんがいました。既視感を思い出そうとして、だいぶん時間を使っちゃったみたいですね。結局、思い出せませんでしたが。
そんなで、ルーカスさんは村長こと、イグゼアさんに不思議そうに言います。
「……爺さん。前から疑問なんだけど、どうやって僕たちが到着する前に待ち伏せしてるんです?」
「どうやってるんじゃろうなぁ、儂にもわからんわぃ」
ホホホと肩を揺らし、するりとはぐらかした村長さんは続けてこう言います。
「まあ、まずは儂の家にいかんかのぅ。話はそれからじゃ……、そっちの嬢ちゃんが何者かっちゅうのも説明してもらわんといかんしの」
イグゼアさんがそう言って、ひとまず、私たちはイグゼアさんの家に行きました。
村の「聖樹」というらしい大きな樹の側面に一際大きな家があって、そこがイグゼアさんの家らしいです。道中、イグゼアさんとみんなは楽しそうに会話していました。既知の仲、という訳ですね。……彼女達が連想されて、渇求の思いです。
「着いたよ、ここじゃ」
螺旋階段を上ったり、木製の空中回廊(揺れるので割と怖いです)を渡ったりして、到着です。手すりから地上を恐る恐る見ると、ここの高さ、聖樹の巨大さが顕著に分かりますね。10m……前世で言うとマンションの4階くらいの高度はあるんじゃないでしょうか。もちろん聖樹はもっと大きいです。
そんなで、イグゼアさんのおうちにお邪魔させてもらいます。異世界の文化には珍しく、この村では日本と同じように玄関で靴を脱ぐっぽいです。
そうして、リビングのテーブルをみんなで囲んで、泊めてくれるお礼や、近況などを話しました。ひととおり、皆様方の積もる話が終わった所で(疎外感が凄くてすごく気まずかったです)、イグゼアさんは初対面の私のことについて聞きたがります。私があまり上手く喋れなかったので、ルーカスさんが私の身の上話をイグゼアさんに語ってくれました。――そうです、コミュ障なんですよ!悪いですか?
「……ほうほう、成る程。……名はイリア。……『イリア』のぅ」
「爺さん?……何呟いてるんです?」
「……いや、何でもない。……少し、気になることができただけじゃ」
そう言って意味深に、こちらに鋭い視線をちらりと投げてきます。
――なんでしょうか?睨まれる心当たりがありませんが……いや、一つ……ある……かも。……もしかして、私……「イリア」のことを知ってる……?私が吸血鬼だって、知ってる……?
そんな思考が脳裏に浮かび、心臓が早鐘を打ちます。
どうしよう……もし、バレてたら……、仲良くしてくれてたみんなも、裏切った昔の人達みたいに……。敵意と殺意の視線を向けて来るんじゃないか……。
……いや、この人達は信じると決めたから、ネガティブなこと考えちゃダメ。いや、でも……。もしかしたら……。
考えれば考えるほど、嫌な想像ばっかり湧いてきます。
「そうですか。……あ、部屋割りはどうしましょう」
「……余ってるのは二部屋しかないぞ。」
「じゃあ、私とイリアちゃんで一部屋、メイとルーで一部屋でいいんじゃない?」
「良いわよ」
「異論はない」
「おっけー。……イリアちゃんはどう?それで良いかな。……イリアちゃん?」
――アリスにそんな声と共に肩を軽く叩かれて。ハッと意識が戻ります。
「……震えてる。……イリアちゃん、大丈夫?」
「……ぁ。……大丈夫、です……」
アリスは心配そうに私を見ます。……ああ。……こんなに心配してくれるのに、信じてみようって決めたのに、無用に怖がって。嫌なこと考えちゃって、ほんとに不甲斐ない私、ですね。
……大丈夫です。アリスの顔を見ていたら心の中にあったかい感じがして、落ち着きました。
「……今日は色々あって疲れたんだろう。早く横になるといいよ」
「……そうだね。じゃ、イグゼアさん。先にイリアちゃんと私は寝室お借りするね」
ルーカスさんとアリスのそんなやりとりのあと、私はアリスと一緒にリビングを辞して、アリスに手をひかれて、部屋に入ります。赤い高級そうな絨毯が敷かれた室内。大きめの姿見、深い黒のデスクとカンテラ。少し大きめの寝台が一つ。壁に嵌った純度の高いガラスからはささやかに夕陽がさしています。
光陰矢の如しな感じですね。更新遅れました。




