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二日目・後編

室内が水を打ったように静まり返る。

「ヨノン様。なにかの、間違いということは」

父親が絞り出すように望みを口に出す。

母親は震える体でトビアスを強く抱きしめた。


「この症例は稀有(けう)なものです。治療法はまだない。人の身のまま延命するには、ニアを助けた悪魔の力が必要になるのですが」

ヨノンは膝を折り、トビアスの手を取った。指先が黒く変色した、その手を撫でる。

「末端の壊死(えし)が始まっている。こうなっては悪魔の力に体が耐えきれなくなってしまうのです」

「先生。ぼくの体、また、いたくなる?」

「痛くなってしまう。今は痛みを抑えているだけなんだ」

「そっかぁ……」


今まで部屋の隅で控えていたニアが「はぁい。そこで解決方法があります」と手を振った。

「トビアスが私の力をぜーーんぶ受け継げばいいの」

「ぼく、どうなるの?」

「悪魔になっちゃう。羽根も生えるよ」


ほら、と後ろを向いたニアの背には三対の羽根があった。

「わぁ、かっこいい! でも、うけつぐって、どうするの?」

ヨノンの後ろで静観していたハルディンが、一歩前へ進み出た。手には二本の蝋燭(ろうそく)を持っている。蝋燭は茶色と黄色に色分けされていた。

「茶色の蝋燭がニアで、黄色い蝋燭がトビアスだとします」

「うん」

「悪魔の力というのが、炎だとします」


茶色い蝋燭に緑色の炎が(とも)る。そこへもう片方の蝋燭がくっつけられ、同じ炎を宿した。

「今までは炎を分け与えるだけ。トビアスの蝋燭はとても柔らかいから、いつか燃え尽きてしまう」

黄色い蝋燭は、あっという間に溶けてハルディンの手へ垂れる前に消滅していく。

「でも悪魔の蝋燭は燃えないの。ここまではわかる?」

「わかった!」


穏やかに笑ったハルディンが「賢い子」と()める。黄色い蝋燭が新しく取り出される。

「ここで問題です。トビアスが悪魔になったら、この蝋燭はどうなるでしょうか?」

「もえない!」

「正解。具体的にはこうなります」

茶色い蝋燭から離れた緑色の炎が、黄色の蝋燭へと移る。そして茶色の蝋燭は溶けて消えた。


「ニアお姉さんはどうなるの? 人間になっちゃう?」

「死にます」


トビアスが小さな声を上げ、母親に抱きつく。

ハルディンの冷徹なまでの言葉にトビアスは「どうして?」と言葉を絞り出した。

ヨノンが(くちばし)を開く。

「この世界に悪魔は七十二人しか存在できない。俺も、ハルディンも、そしてニアも。みんな育ての親が優しい悪魔だった。そして力を受け継がせてくれた」

「どうして、あくまになったの? お父親さんたちに会えなくなっちゃうのに……」

「まあ、いろいろあるんだよ。大人になればわかる」


頬をふくらませたトビアスの頭を、父親の大きな手がなだめるように()でた。

ニアが一枚の羊皮紙をトビアスに差し出す。

「これはなぁに?」

「ニアの悪魔をトビアスに譲りますっていう証明書。お父さんたちと、よく読んでね」


ところどころにデフォルメされたコウモリのシンボルが描かれた羊皮紙には、既にニアの名前が記されていた。

「今日は説明されっぱなしで疲れたでしょう。また明日の同じ時間に来るから、それまでによく考えて――」

「ニアお姉さん!」


突然大きな声を出したトビアスが、母親親を振りほどいて机に向かう。

勢いよく手紙を両手でニアに差し出した。

「きのう、あんまりおはなしできなかったから、おてがみ、かきました。明日、おへんじください!」

「……ふふっ、嬉しい。ありがとうトビアス。お家に帰ったら読ませてもらうね」


それが合図であったかのように、ヨノンたちが各々退室の挨拶(あいさつ)をする。父親が先導して部屋から出ていき、三人もそれに続いた。父親によってドアが閉められる。階段を降りる四人分の足音が遠ざかっていく。改めてトビアスを抱きしめる母親のすすり泣きだけが、静かになった室内に響いていた。

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