一日目
トビアス・フォン・リーディガー少年は体の弱い子供だ。
走れば骨折し、歩けば疲れ、ついには座るにも背もたれが必要になった。
ベッドに横たわり、開け放たれた窓から外を見る彼の青い瞳には暗い影が落ちている。医者はとうに匙を投げた。
投げられた匙を拾う医者が現れては、また投げた。
その繰り返しが続き、彼は起きている時間のほとんどを自室で過ごしていた。
「だれか、ぼくのおともだちになってくれないかなぁ」
痛む手で震える字を書き、紙飛行機にして飛ばす。
一日に何度も実行された儚い願いは、ほとんどが両親によって回収され大切に保管されていた。
トビアスは今日も願いを託した紙飛行機を飛ばす。紙飛行機は風に乗って、一直線に空を飛んだ。そうして、同じく空を飛んでいた女性の胸元にぶつかった。
「えっ。空に……」
「あら、紙飛行機」
落ちていく紙飛行機が女性の方へひきよせられた。空中で静止した女性は紙飛行機を広げ、手紙に目を通す。読み終えたのか、窓へと接近してきた。栗色のボブカットからは、いい匂いがした。
「これを書いたのは、あなた?」
「はい」
「お姉さんとお友達になりましょう」
「いいの?」
「もちろん」
ちょっと待っててね、と言うが早いか下へとひっこみ――家の呼び鈴が鳴った。階下で母親が応対している。少しの話し声のあと、一人分の足音が階段を上がってきた。ドアが開く。
「こんにちは。お邪魔します。少し、お話ししましょう」
「うん!」
女性はベッドの傍にある椅子へと腰かけた。
「私はニアっていうの。あなたのお名前はなぁに?」
「トビアスです。ニアお姉さん、どうしてお空をとべるの? まほう?」
「それはまだ秘密」
「えぇ〜〜」
クスクスと笑うトビアスが、激しくせきをした。苦しそうに胸を抑える。トビアスの細く白い手に彼女が手を重ねた。柔らかな光が少年の体に行き渡り、発作が治まってゆく。
トビアスは目を丸くしてニアを見上げる。
「体がいたくなくなった! お姉さん、まほうつかい?」
「魔法とは違うのよ」
不思議そうに首をかたむける少年へ、ニアが優しく笑いかける。
「お姉さんのお友達に、お医者様と薬師様がいるの。明日ここに連れてきてもいい?」
「うん! 会ってみたい!」
「よかった。じゃあ、お昼の1時に来るわね」
「また明日ね、ニアお姉さん!」
ニアが退室するまでトビアスは手を振り続けた。ドアが静かに閉まる。
握られた方の手を見て赤面した少年の青い瞳には、少しだけ光が戻っていた。