表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔法紳士マジカルリーマン(花崎花子)

閲覧ありがとうございます。

作者にサラリーマンの知識は皆無なので、なるべくあらゆる突っ込みは無用でおねがいします。

中学生時代の記憶も希薄なので、なにか問題ありましても極力ご容赦ください。

わたしは花の女子中学生、花崎花子!

元気が取り柄で、趣味はいとこのお下がりのニンテンドーDSの、二年生!幼いころから母子家庭だから父親は知らないけど、父は事故以前にはバリバリはたらくサラリーマンだったらしいよ!

でも、どんな仕事してたのかな、気になるなー。


そんなとき、ひょんなことからマジカルウコンドリンクを飲んじゃって、上司妖精「田中課長」と契約しちゃった!

そしたら、まさかのマジカルサラリーマンに変身!

しかも、しっかりおじさんになってるー!うぎゃー!

でも、サラリーマンのお仕事なんてわからないよー!

しかもマジカルサラリーマンってどういうことー?


……ってなんなの。

ふつう魔法少女ってか、もっとそういうときはキラキラした衣装のかわいいやつになるもんでしょ。さすがにつっこませて。

いや、もうそんなアニメ見る年でもないけど。

でも、小さい頃見たような、あんなんかなーって思うじゃん、一応。ピンクの羽根の妖精さんに出会うところまでは、ちょっとそういうやつかと思ってたよ。

本当になんなの、マジカルサラリーマンって?

まあ、お給料も出るらしいし、せっかくだからがんばるか。

大人に変身するから、労働基準法もクリア!らしいし。

……あといろいろ制度やらの説明されたけど、よくわかりません。まあいいか。


「では、本日はこれまで。お疲れさまでした。」

やっと最後のチャイムが鳴ってくれた。先生が挨拶をするとともに、みんな礼をして席を離れる。でも、かなり最近悩んでいる。

なんと、わたしたちの部活が、廃部になるかも、らしい。

そんなとき、容赦なく震えるカバンの中。やばい、先生のいないとこに逃げなきゃ。

「ホームルーム終わったね、って花子、部活は?」

「ごめん、ちょっと外回りが……」

「は?」

のんびり屋だがキレやすい、しかしあまり気にしないタイプの怒田許美おこたゆるみのあっけにとられた声を放置して、わたしはトイレに駆け込む。そして……

「はい、すみません!ただちに御社に向かいます!」

未だに?二つ折りの古い真っ黒ガラケーを開き、頭を下げながら言う。番号は知らない記号の羅列。怖すぎる。

時間どおりにやらないと、警報音のような呼び鈴が鳴り響き、あたりの人がビビる。目立つから困る。

わたしはトイレのドアを開ける。

身長は伸び、体は大きくなり、いつしかわたしは堅苦しいスーツに身を包んでいる。洗いたての匂いだけど、ふっと一瞬、ほこりっぽい。


最近、ニュースでさまざまな企業の問題が頻出している。

課長が言うには、さまざまな企業の「悩み」が、マジカルエーテル界ではマジカルエージェンシー(当社)に寄せられているらしい。

そこで「悩み」を解決できないと、「悩み」は物質界で企業に実際に発生し、社会に問題を引き起こすらしい。

マジカルエージェンシーのお客様は、さまざまな企業の「悩み」そのものだ。

その「悩み」さえ解決すれば、現実の物質界でも企業の悩みは解決するらしい。


そうなの、井本さん?

……まあ、なんで忙しい女子中学生に頼むのかはわからないけど、とにかくわたしは、マジカルサラリーマン井本敬司さん(36)に変身するのだ。詳しいことはあんまりよくわかんないけど、課長もすこしは助けてくれるらしいし、がんばるぞ。


しかし、サラリーマンのおじさんが中学の女子トイレからいきなり出るのはまずい。わたしは焦ってガラケーを開く。

「大変です。魔法を使わなくては……」

可及的速やかに、ガラケーを取り出す。調べても何も出ない、へんな記号の羅列による怪しい番号に電話。どうやって押したかはわからない。適当に押そうとすれば指が勝手に動く。

「お世話になっております、井本です。応援よろしくお願いします」

「こちらカスタマーサービスです。井本様。いつもの地点に接続成功しました」

「ありがとうございました」

そしてトイレの扉をまた開くと、今度はビル街の屋上だった。

「遅いですよ、井本さん」

「田中課長!」

上司妖精・田中課長は株式会社マジカルエージェンシーの課長らしい。わたしはその部下になってしまったようだ。課長は見た目はふつうの男性のようだ。ピンクの透ける羽根が唯一妖精らしい、かもしれない。

「課長、お客様は?」

「あちらだ。」

課長が指し示す先には、スーツの女性がいた。彼女がおそらく、どこかの企業の「悩み」なのだろう。

スーツの女性は、するとみるみる膨張し、巨大なレトルトパウチになった。「悩み」としての本質を表したということのようだ。この「悩み」を解決しなければ、社会に悩みが具象化してしまい、多大な迷惑をかけてしまう。

「この商品ですが、材料の仕入先に問題があるようです。必ずと言っていいほど基準値超えの農薬が検出されるようです」

といいながら、パウチが破ける。

「防御だ、井本!」

課長が怒鳴る。わたしは焦りながら折りたたみ傘を開く。

「これくらい、もっと早くできるようになれ」

「すみません」

反射的な謝罪。早口すぎてよく聞き取れないだろうが、この場合もはや形だけでもよいようだ。

折りたたみ傘に大量の小虫が当たる。

「これは……某国の雨季には大量発生する虫ですね。農薬を大量散布しないと、生産時にままならないのでしょう」

「そんなことはわかっている!どうすればいいか考えてみるんだ、井本」

課長は自分で考えないくせに、なぜか私に怒る。

「取り敢えず……いまは防ぐしか」

「それでは埒が明かないぞ、なんとかするんだ井本!」

「はい、承知いたしました」

わたしはノートパソコンを開く。古く分厚いそれは、本来女子中学生のわたしには扱いづらい。しかし重くはない。

「パワーポイントでプレゼンします。こちらのスクリーンをご覧ください」

屋上なのに、どこからかおりてくるスクリーンに、どこからか映し出されるプレゼン資料。横を見ると、課長の四角いメガネが光り、プロジェクターの役割を担っている。さらに、スクリーンは膨張した課長のネクタイだ。さすが上司妖精だ。

いつの間にか手を離れても浮いている折りたたみ傘が、大量の虫を防ぐ。魔法のようだ、いや、魔法そのものか。わたしは声を張る。

「この折れ線グラフをご覧ください、某国の雨季に連動し、農薬使用量は増加しています。そこで、仕入先の国を変えて、気候の異なる某国Bに輸入先を変更することを提案します」

「某国Bでの生産量は問題ないか?某国Bは山が多く、作付面積が非常に小さいはず」と課長。

「一時的にでも仕入量が低下したとして、生産量を減らすわけには!」とお客様。

レトルトパウチから異臭のするカレーがあふれでる。わたしたちは飲み込まれ、ビルから落ちそうになる。

「井本!」

課長がピンクの羽根で飛びながらわたしを掴んでくれた。間一髪だ。

しかし、なぜこんなことに。本当はわたしはただの女子中学生・花崎花子だが、今はもはや井本以外の何者でもない。マジカルサラリーマンとしての業務が心身に重くのしかかる。

「なんとかするんだ、井本!」

こんなときも、課長は厳しい。しかも、じつはこんなことくらいでは、このマジカルエージェンシーでは労災は下りないらしい。というのも、これがマジカルサラリーマンの通常業務だからだそうだ。

わたしは泣きそうな顔をしていただろう。課長が心配そうに見る。

「どうした、井本……」

「もう無理です、課長。こんなブラック企業、ありませんよ。落下死ではさすがに労災はおりますか?」

「さすがにおりるが……まだ諦めるには早い。わたしは学生時代、ある部活で学んだ。炎天下の中、ユーフォニアムを回し、踊った……わたしはまだ諦めたくない。井本、おまえも頑張るんだ。」

「課長、それって……まさか、わたしと同じ部活では?」

「そう、ユーフォニアムダンス部だ。地元の祭りの行列で踊り、わたしはユーフォニアムを落としてしまった。しかし、列は止まらず進む。金属音が響き、わたしは気まずさでいっぱいだったが、列にすぐ戻り踊るしかなかった。そのことを思うと……こんなところでへこたれる気にはなれない。おまえもそうだろう?」

「それは……課長、あなたはすごくプライドが高いのか、気まずさに弱いのかわかりませんが、こっちのほうがさすがに厳しいのでは?ビルから落ちかけてますよ?」

「わたしの羽根は、わたしのメンタルより強い。わたしは井本を支える上司妖精だ。ここで負けるような者ではない。おまえも、ユーフォニアムダンス部の一員なら、こんなことでくじけるな」

「課長……!」

わたしはつぶやいた。高価な金管楽器であるユーフォニアムを、吹奏楽部の横で演奏もせずに放り投げ、回し続ける気まずさ、そして緊張感。

たしかにそれは課長のかわいらしいピンクの羽根よりは弱く感じた。そして、現在の状況も……。


わたしはノートパソコンを手放さず、お客様に向かい声を出した。

「大変お待たせいたしました。生産量の問題についてはですね……」

わたしはつぎのページに移る。課長はメガネを光らせた。ネクタイのスクリーンに映る資料図。

「こちらの図をご覧ください、あといくつか、仕入先候補がございます」

「なるほど!かき集められるのか!」

課長はうなずいた。

「それぞれの仕入先によっては、某国の雨季による問題は、可及的速やかに解決できるかと。すでに、契約を取り付け、輸入開始する段階までは取りかかれるようになっています」

「すばらしい」と課長。

「それでは、今後はそちらからの仕入れ、よろしくおねがいします」

お客様は言った。しかし、お客様はいまだ、虫と異臭のするカレーが噴き出したあとのレトルト袋のままだった。

課長のメガネが銀色に輝く。課長がこうなるときは、ついにキメ技の出番だ。課長が掛け声をあげる。

「よろしくおねがいします……井本、よくやった!今日は飲みに行くぞ!お客様もご一緒にいかがですか?」

「はい!」

わたしは「ぜひ」とうなずく巨大なレトルト袋に缶ビールを向けた。よく振ってから。そしてプルタブを開ける。

「それでは、お疲れさまでした!」

噴き出すビールに浄化され、キラキラ輝きながら、お客様はもとの姿に戻った。

「今後とも、よろしくおねがいします」

一礼してスーツの女性は立ち去る。わたしたちの横をすり抜け、屋上の扉を閉めた。少し香水が香った。しかし異臭カレーと混ざり、よくわからなかった。


「井本、今日はうまくやれたな。お客様にも安心していただけたようだし、これからも自力でやれるようにな。」

課長が褒めてくれた。課長はビール缶を開けながら、キラキラのピンクの羽根を背中につけて飛んでいく。

思い出した。上司妖精の仕事は、わたしのようなマジカルサラリーマンを管理・支援するだけでなく、育成することでもある。

「ありがとうございます、今後とも宜しくお願いします」

ビルの屋上で課長に礼をして、わたしも屋上の出入り口に戻る。


そして、もとの女子中学生の姿でトイレから出るわたし。


「花子、遅刻するよ!まだ?」

許美の声がする。外で待っててくれたのかな。まだあんまり時間経ってないみたい、こっちは。

「ごめんね、もうお仕事終わったよ」

「なにそれ?」

わたしは笑いながら部活用のカバンを担ぐ。これからは、ユーフォニアムダンス部の練習だ。吹奏楽部が「なにそれ……?」と非常に怪訝な顔をする、あのユーフォニアムダンス。ユーフォニアムを回し、華麗に吹奏楽部の演奏中などを(演奏以外で)盛り上げるが、いまいち需要はないらしい。おかしいな、こんなにキラキラしたユーフォニアムを演奏もせずに四六時中回す部活に、なぜ人気が出ないのか?田中課長も大好きだったに違いないのに。

ともあれ、わたしはいつも通りに、今日も第三体育館で重たいユーフォニアムを空中に回転させるのであった(落とすと一大事なので、テレビバラエティの落とし穴の下みたいにクッションまみれの場所で。部員たちは私含め上手くないため、実演の機会はまだない)。


「すみません、ユーフォニアムダンスのみなさん、いますか」

そこへ、そう言って教頭先生が現れる。ついに廃部の通達をしに来たにちがいない。

「ちょっとみなさんにおはなしが……」

「教頭先生!待ってください!」

わたしは駆け寄り、第三体育館の応接室みたいな部屋に連れて行く。そして昨日作ったコピー用紙の資料を渡す。

「まず、こちらをご覧ください!」

資料を見せ、どんどんプレゼンする。課長はわたしが仕事以外でマジカルサラリーマンに変身するのを許してくれた。休みの日の井本さんは非常にやる気がなかったが、どうにかわたしは井本さんとしてプレゼン資料を仕上げた。ユーフォニアムダンス部の存続に有利なデータを寄せ集めた最強の資料だ。

「部員の少なさ、部費のたりなさ、そして柔道部との第三体育館の取り合い問題、これらを解決するため、こちらの資料をご覧ください」

「なるほど。勧誘に力を入れ、部費は部員からも集め、また動画サイトの再生数も部費に充てるのですね。さらに、体育館の取り合いに関しては、極力ユーフォニアムダンス部が譲る、と……」

ものすごく譲歩した条件。しかし、現状を鑑みて、井本さんのときのわたしが出してくれた、もっとも確実な案だ。かなり悔しいが、これが切り札。うっかり間違って真っ先に出してしまったが、教頭先生はまず悪い顔をしなかった。

「……しかし、練習はどうするのですか?」

「その間は、走り込みとか、グラウンドでユーフォニアムを投げない練習をします!」

「わかりました。では練習日はかならず週一回はもらえるよう、柔道部に掛け合ってみます。ユーフォニアムダンス部、これからも頑張ってくださいね」

「ありがとうございます!今後とも宜しくおねがいします!」

すばやく一歩引いて、まっすぐな深いお辞儀。教頭先生は一瞬驚いた様子だったが、笑って部屋を出ていった。

「花子、すごいね……」

許美があっけにとられて私を見た。さっきまでの声が聞こえていたらしい。

「そうかもね。わたし、サラリーマンだから」

「は?サラリーマン?」

「ううん、なんでもない」

許美の大声で、後輩がユーフォニアムを落とした。クッションの上で弾む。今日も第三体育館はすごく暑い。

こんな日はあのビールを一杯……違った、中学生は飲めなかった。

これからも部活頑張ろう、課長も先輩だしね!

閲覧ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ