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95.東部教会

 僕は今、とても気まずいような申し訳ないような気持ちでいっぱいになっている。


 ここは東部教会の1室。

 首都の外にあった教会と違って、立派な応接室があり、そこで僕たちも聖者様と同列に席を勧められた。


 聖者様が、僕たちが使徒であることを明かしたからだ。


 そしてその中の1人がこの教会で生まれた僕であることも告げ、是非お母様にもご挨拶したい、なんて満面の笑みで申し出た。

 東部教会は、修道女が出産したことは公にしていない。それを聖者様が全て知っていると匂わせたのだから、冷や汗ものだろう。


 ただ、僕たちが東部教会に到着出来たのはかなり遅い時刻だった。孤児院は就寝前の忙しい時間帯で、そんな中で呼び出すのは母さんにも悪いなと思う。

 1つ手前の街でも、今からだと暗くなってしまうと引き留められたけど「神のご加護により、多少の暗さは問題ありません」と、一緒に首都入りしようとしていた旅人たちとも別れて出発した。


 実際には、僕と聖者様の暗闇でも見える目で、みんなの手を引きながら進んだ。

 一応、夜道で使えるオイルランプも貸して貰ったし、首都近くの整備された街道だったけど、普通なら安全を考えてそこまで無茶はしない。でもせっかくここまで旅を早めて進んできたのだから、今日中に辿り着きたいという気持ちもみんなにあった。


 東部教会は、首都への関所も兼ねている。

 門を守る衛士たちも、聖者様の到着は明日になるだろうと思っていたようだ。

 こんなに暗くなってから現れたのに驚き、その報せでまずやって来たそれなりに地位の高そうな聖職者に、僕のことを告げてまた驚かれた。


 そして、まずは東部教会の最高責任者である大司教にお会いくださいと言われて、この応接室に通されたのだ。

 先に急いで駆けて行った別の聖職者から、僕たちの話を伝えられたのだろう。

 応接室ではその大司教が、座りもせず出迎える姿勢で待っていた。


 この人のことは覚えている。


 僕が生まれてすぐに顔を見に来て「見よ、この髪と瞳の色を」と、神から授かった子であると周囲に強く主張していた。


 処女受胎だということにしていたところに、聖教会の象徴ともいえる色に近い髪と瞳を持った僕が生まれたことが、説得力を持たせるのにちょうど良かったんだろう。それを東部教会で1番権威のある大司教が主張したのだから、誰も表立って疑問を口には出来なかった。

 それでも他国の王侯貴族出身の修道女がいる修道院への出入りを母さんが禁じられたのは、なるべく出産そのものの話が広まらないためだったと思う。


 僕のおじいちゃんと同じくらいの歳であろう大司教は、聖職者にしては体格のいいほうで、白くなった髪や髭にも艶があり、堂々として威厳のある印象だった。

 その人が、今は背筋を伸ばしながらもどこか小さく見える。

 歳を重ねたからじゃない。少し俯き気味なその表情に、どことなく陰りがあるせいだ。まず間違いなく、僕の件を気にしているんだと思う。


 そして、今までの教会では見たこともない、布張りの柔らかい椅子を勧められた。

 大司教は僕たち全員が着席するまで自分は座ろうともせず、聖者様から勧められるまで立ったままでいるほどに、恐縮していた。


 僕自身は僕たち母子への扱いに不満を持ってもいないから、大司教の態度が逆に申し訳なくなってしまう。

 さらに聖者様はこれからそのことを問い詰める気でいるのだから、むしろ気の毒だ。

 僕たちがどうであれ、不祥事隠しと思われる対応が問題だというのは分かるのだけど。


「まずは聖者様のご復活を、お慶び申し上げます」


 席に着いた大司教と、後ろに控えている年配の司教らしき2人が揃って深々と頭を下げた。

 多分、東部教会の幹部だろう。


「皆様が祈ってくれたおかげです」


 聖者様はいつものように、聖者らしい微笑みでそう応えた。


「そして…優れた使徒たちを神より選んでいただきました」


 そう言って、僕たちのほうに視線を移す。

 正確には、末席に座る僕を中心に見ているのが明らかなように、わざとらしく顔を傾けてみせた。


「お伝えしたと思いますが、その内の1人がこちらの教会で生まれたライル・ラインです。お母様にも是非ご挨拶させていただきたいのですが」


 相変わらず、何の邪気もなさそうなその笑顔がかえって怖い。

 大司教の視線も僕に向けられる。少し困惑したような表情ではあるけど、悪意は感じらなかった。


「この時刻に、女性1人を呼び出すのは少々憚られます。彼女の務める孤児院の院長も同席できるなら良いのですが、孤児院は忙しい時間帯です。教皇庁への伝達も出したばかりですし…明朝ではいかがでしょう」


 忙しい時間帯というのは事実だ。聖者様もそこは分かっているけど、駆け引きの材料にもなるから口を出すなと釘を刺されている。一体何の駆け引きをするつもりなのかは聞かされていないけど。


「実の母子が面会するというのに、憚られるということはないでしょう。それとも何か不都合なことでもおありですか?」


 自分が挨拶を、と要望したはずなのに、さりげなく断りづらい理由にすり替えてくる。

 大司教は、唾を吞み込むように喉を鳴らした後、さらに頭を下げた。


「…全ての事情をご存じのこととお見受けします。彼の出生に際して、東部教会と私個人の保身の意図があったことを認めます」


 意外なほどにあっさりと、大司教自らそう告白した。

 頭を下げたままそれ以上の言い訳一つしようとしない大司教に、後ろに控えていた2人が声を上げる。


「東部教会の信用を考えたのは私たちもです! 決して大司教様個人の私利私欲ではありません!」

「ええ、そこは不思議に思っていたのですよ」


 後ろを振り返ってその2人を制しようとする大司教に、聖者様は責めているふうでもない様子で声をかけた。むしろ慈悲を感じさせる声色で、相手が事情を打ち明けたくなるのを誘っているようだ。


「修道女の懐胎を誤魔化すつもりなら、脱走したから破門した、ということにしたほうが簡単だったはずです」

「そのような問題ではありません!」


 反射的に言い返した大司教は、聖者様を見て我に返ったようにまた視線と頭を下げた。


「簡単であったとしても、東部教会を守る騎士や衛士の責任になってしまいます。それに事実、この東部教会の警備は教皇庁にも引けを取らないものと信頼しております」

「では何故、処女受胎だと奇跡認定の申請をしなかったのですか」


 核心をはっきりと問われて、大司教はしばらく沈黙したあと、諦めたように顔を上げて聖者様と視線を合わせた。


「…認定される見込みがなかったからですよ。聖者様、申請したとして認められたとお思いですか?」


 声も口調も、少し力が抜けている。


「……奇跡認定は、厳しい審査がありますからね。東部教会の警備か、内部の者を疑われる結果にはなったと思います」


 奇跡は滅多に認定されるものじゃない。

 いくら大司教が東部教会の警備を信頼していたとしても、教皇庁の審査では通じないものなんだろう。


「それに、申請を却下されれば彼女を破門するしかなくなったでしょう……他の修道女ならともかく、彼女の生家は聖峰の麓の教会です。帰すわけにはいきませんでした」


 意外な理由が出て来て、僕は目を見開いた。

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