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93.1週間

 1週間というのは思いのほか慌ただしく、あっという間に明日に迫っていた。


 サリアの考える「出来たらいいこと」にはいくつか段階があって、最上はやっぱり僕がルシウスの本体を見つけて捕縛することだ。


 だけど、幻影体からは気配を感じられなかったから、僕はルシウスの気配が分からない。その点はルシウスを知る上位天使の協力がなければ難しいだろうと、予定通りにリリスは天界へと向かった。


 そして、神からは神託も言伝てもないままだ。

 天界で通達したように、神が自ら対処するつもりなのかもしれない。だけど、それならそうと伝えてほしい。それすらも地上への過ぎた関与になるんだろうか。


 神がどうするつもりか分からない以上、僕たちは僕たちに出来ることをやろう。そう、みんなで決めた。


 それから今日までいろんなことをして、僕は自分がやることをようやく終えて、聖者様たちのところに戻った。

 首都に近い街の教会で、夕食前に食堂へ通してもらったところだったらしい。人目がないことを確認して、身代わりにしていた幻影体を消す。


「戻りました。こっちもかなり進みましたね」


 自在に幻影体を動かすことは、まだまだ難しい。だけど聖者様について歩かせるだけなら、すぐに出来た。幻影体は飲食が出来ないけど、僕には食事や睡眠が必要だ。こうやって一緒に旅を続けているように見せながら、食事の時刻や夜には、気配を追って合流するということを繰り返してきた。


「ああ、何とか明日中には東部教会に着けそうだ」


 聖者様も、少し疲れたように呟く。

 ダンの予知した日――明日に間に合えば、いつルシウスが来ても動きやすいようにしたいと考えてくれている。

 僕としては、その場に立ち会ってもらおうとまでは思っていなかったけど、こんな状況でおとなしく待っていられないという聖者様の言い分も解る。それにマリスにはついて来てほしいから、聖者様を置いても行けない。


 リリスはまだ、戻っていない。


 天界へ行くこと自体は、そんなに時間のかかるものじゃないらしい。問題は、リリスが天使たちの気配を感じられないことだ。

 ルシウスの気配を見つけられて、神の通達に反してでも協力してくれそうな天使たちに心当たりはあっても、その天使たちを見つけるのにどのくらいかかるかが分からないということだった。


 僕が戻って来る度にリリスのことを伝えるマリスの声が、その都度沈んでいるようで申し訳なく思う。あれほど離れ難く想い合っているふたりだ。リリスもきっと、早くマリスの元に帰って来るために頑張っているはずだ。


 もし間に合わなくても、ルシウスが他の手段を取るまでの時間稼ぎになるくらいのことは出来た。ルシウスを慕う天使たちに状況を伝えておくことは、無駄にはならないと思う。出来るだけのことはやった。


 …そのはずだけど。聖者様の様子が、疲れただけじゃないようなのが気にかかる。


「何かありましたか?」


 聖者様に訊いてみると、不機嫌そうに口角が下がる。そしていつもとは逆に、サリアが少し楽し気に答えた。


「6年前に教皇庁勤めだった司祭がここに異動しててね。それで今日はライルの幻影体がずっと側にいたでしょ。昔のルルビィみたいって話を零したら、教会の人たちの態度が微妙な感じになっちゃって」


 6年前に教皇庁にいた人なら、当時のルルビィを知っているだろう。聖者様に回復の見込みがない上で婚約を進めたなら、ルルビィの生活のためだとも察していたと思う。でもそれは、聖教会からの援助の詐取とも言われかねないことだから、暗黙の了解だったはずだ。

 だけど今日、当時のルルビィの年齢を知って、聖者様とその側にずっとついて動く僕の幻影体を見た人たちは妙な疑いを持ってしまったのかもしれない…子どもを侍らせる趣味でもあるのかと。


「僕は男なのに、考えすぎなんじゃ…」


 世の中には、男女関係ないという人がいるのも知ってはいるけれど。少なくとも、この聖者様に限ってはあり得ない話だ。


「まぁ、他の国だと男娼がいる店もあるからなぁ…」

「ちょ…ちょっと、ライル…とか、ルルビィの前でそういう話はやめなさい…やめてくれない?!」


 僕もルルビィも娼館を知っていると分かっているダンがぼやくと、サリアが妙な調子で制止する。以前ダンが樹海で少し様子が変だったように、この1週間でサリアの様子もおかしくなってしまった。

 でもサリアについては、原因は分かっている。


 サリアの作戦を実行するためには、噂を流す必要があった。

 そこで毎晩ダンをあちこちの宿場町に連れて行って、旅商人が集まりやすい食堂あたりで話を広げてもらったのだけど。

 後で使徒だとばれないように、少しは変装しようということになり、まずは目立つ長身の猫背を何とかすることになった。

 称号持ちである聖者様やルルビィは、旅の途中で教会の援助が受けられない状況もあるから、現金も支給されている。それを使って、猫背を矯正する男性用コルセットという物を街で買ってきた。

 それでもダンの胸囲にはスカスカで、体に布を巻いた上で着けてみたのだ。


 そして出来上がってしまったのが、背丈があり胸板も厚い…鍛えたように、たくましく見えるダンだった。


「うぁ…えぇっ?!」


 騎士のような体格が好みだと言っていたサリアは、仕上がったダンを見るなり明らかに狼狽えて妙な声を上げた。

 サリア自身、自分の反応に驚いていた感じはある。でも、ダンの言葉遣いや仕草に苦言を呈しても、人としていいところを理解しているからこその戸惑いだろう。もしも嫌悪していたら、見た目が少しかわったくらいで心が動いたりしないと思う。


「あ、あれは作り物の体なんだから…」


 と、小さく呟いて自分を落ち着かせようとしていたけど、それから明らかにダンを意識している。

 僕たちもサリアの態度には戸惑ったけど、他人が口出しするとろくなことにならないから本人たちに任せよう、という聖者様の一言で見守ることにした。


 ダンもサリアの様子には気付いたようだけど、意外にも動揺せず「まぁ、落ち着けって…」と、困ったように宥めていたのだった。

 そんなふうに、時々サリアが調子を崩しながらも話は進む。


「あの、大丈夫です。そういうのは私も知ってますし…でも教会の皆さんは、ライルさんの心配をしていただけだと思いますよ」


 ルルビィは、ダンの発言と教会の人たちの様子について擁護した。

 僕の幻影体は、まだ話したりはできない。人に紹介するときには「この子は少し事情がありまして…」と、聖者様お得意の誤魔化しで、誰もそれ以上は深く立ち入って聞こうとしてこない。

 つまり僕の幻影体は、人に知られたくないような訳アリで、心神喪失状態になっている気の毒な子ども、という認識をされている。


「それに…聖者様が手を繋いだりするのは私だけですから、本気でそんな疑いを持った人はいないと思います」


 最後のほうは、少し顔を赤らめながら声が小さくなっていく。

 聖者様は手を繋ぐどころか、サリアに注意されていた、腰に手を回すなんてことも人前でやっていたから、2人の仲の良さは疑いようもない。それが狙いで、わざと見せつけていたような気もする。


 それでも聖者様がこれだけ不貞腐れているんだから、それに加えて実は…なんて囁きもあったんだろう。


「聖者の品格が疑われたら、信仰に響きかねない。やっぱりダンにつかせたら良かったんじゃないか」

「ダンは人込みからの壁役をしないといけないんだから。僕の幻影体が側にいたら邪魔になるって納得したじゃないですか」


 明日はいよいよルシウスとの再対面だというのに、そんな緊張感を忘れそうになる。


 気遣ってくれているのか、天然なのか。

 それでも、このみんなとの旅は楽しいと感じている。


 不安があるとすれば…


 東部教会に入る際、聖者様が僕の出自と母さんの処遇について、今も問い質す気満々でいることだった。


年明けの投稿は未定です。

良いお年を!

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