68.合図
「では、お話をお聞きしましょうか」
村の人たちへの対応が終わり、聖者様は鍛冶職人の男性に声をかける。
いつもなら村人たちには、なるべく翌朝に集まってもらっていた。でもそれはルルビィの状態を気遣ってのことだったから、今日は呼べる限りの人を呼んでもらって全てに対応した。治癒を望む人だけではなく、聖者様に感謝を伝えたいという人も、ただ姿を拝みたいという人も。
これは、タタラが予知した時刻までの時間稼ぎでもある。
村人たちが満足する頃にはとっくに陽は沈みきっていて、多分いつもなら夕食も済ませていた時刻だと思う。
それだけ待たせても、鍛冶職人の男性は飽きたり退屈するどころか、目が合った村人たちに対して誇らしげに胸を張っていた。聖者様から技術に興味があると言われて、優越感に浸っているんだろう。
村人たちが帰途についてようやく、聖者様は教会の一室を借り受けた。
それを申し出るとき聖者様は、出来れば時計のある部屋で、と司祭に頼んでいた。満月が一番高く上がる時刻は12時だそうだから、それを確認するためだ。
司祭が「片付いていないのですが」と恐縮しつつ案内してくれたその部屋は、大雑把に描かれた村や樹海周辺の地図が壁に張られ、紙の束や石板が積まれた会議室といった感じだった。
地図には、いろいろと書き込まれている。樹海周辺の巡回で見つけた人の状況や日付らしい。同じくらいの大きさの紙が筒状に丸めて何本も並べられていて、教会なりに自害の防止に取り組んでいるのが伺えた。
シャシルは、教会の人間は安全な街道沿いしか巡回していないと言っていたけど、人手を考えれば街道沿いだけでも手一杯だったろうと思う。
僕が育った教会でも、資料を保管したりする部屋はあったけど、会議室としてはほとんど使っていなかった。何代も家族が中心になって教会の仕事をこなしていたから、村長や村の人たちと話し合うときも、全て食堂で済ませていたからだ。
だけど普通の教会は、家族でもない聖職者たちが派遣されて共同生活をしているわけだから、生活の場は男女を分けている。食事まで分けるかは教会の規模によるみたいだけど、全員が集まって仕事の分担や行事を話し合うなら、こういう部屋は必要になるだろう。
ここへ僕たちを案内してきた司祭は、男性が妄想交じりの話を始めそうなのを不安に思ってか、立ち去りにくそうにしている。聖者様はそんな司祭に笑顔で「ご同席願えますか」と申し出た。この先の本当に聞きたい話は、司祭にも直接聞いてもらったほうがいい。
タタラとシャシルは移動中、少し不穏な話をしていたけど。
「シャシルはあのオッサン嫌いなんだろ? あいつ殺したら、気が晴れるか?」
「死んだら楽になっちゃうじゃない。なんでわざわざ楽にしてあげなきゃいけないの」
シャシルは本気で、死ぬことが救いだと思っている。
そんなシャシルにも、「殺す」なんて簡単に言うタタラにも不安を覚えて、つい2人を凝視してしまった。それに気付いたタタラは、平然とした顔で否定するように手を振る。
「言っとくけど、人を殺したことなんてねぇよ。でも、そのくらい何でもするってこと」
それはそれで、何を仕出かすか分からないから不安になる。
そんな2人は部屋に入ってからは黙って壁際に立ったままで、僕は2人から目を離さないようにしつつ、みんなと一緒に席に着いた。そして聖者様の話が進むのを待つ。
「私も諸国を旅して来ましたが、流行り病が広がってからは各地の文化に触れる余裕もありませんでしたので。恥ずかしながら、聖剣というのは物語でしか聞いたことがありませんでした。病を防げるほどのご利益を賜れる聖剣とは、どのようなものでしょう?」
僕たちにはもう、この笑顔が作り笑いだとはっきり分かる。
だけどいい気分になっている男性は、興奮気味にまくしたて始めた。
「だからその、物語…いや、伝説に出てくるような剣を作って聖剣として奉納すればいいんですよ! 俺が初めての例になればいいんです、神も喜ばれるに違いない! なにしろ俺は周りの職人たちにも嫉妬される腕前でしてね。首都で修行してたときから…」
司祭が、いたたまれない顔で何か言いたそうにしている。止めるべきか迷っているんだろう。
「首都とは、この国のことですか?」
知っているのに、聖者様がごく自然に首を傾げる。
自分語りの止まりそうにない男性に代わり、司祭が説明した。
「ええ、そうです。申し遅れましたがこの者はガルンと申しまして、近辺に鍛冶の出来る者のいない不便さから、30年程前に首都での弟子入りを教会でも後押ししました」
このガルンという男性は、名乗ることも忘れるほど聖者様を前に高揚していたのだ。
そして司祭の言葉から、ガルンが教会の援助を当然のように言っていたことも納得できる。だけど教会の後押しで首都の工房に弟子入りしてきたなら、村に戻って鍛冶職をする前提だったことでもあるはずだ。
シャシルの「首都では職人として雇われずに出戻って来た」という認識とはまた違う。
もしかしたら娘のフィナを含め、30年前をよく知らない世代はそう思っているのかもしれない。
これは少しの違いかもしれないけど、確かに一方の話だけでは食い違いもあるんだなと思った。
「この国で作った剣を、他国へ売ったのですか?」
「え…いや、その……」
途端にガルンが勢いを失い、口をパクパクさせる。
それは法で禁止されているわけじゃない。
神は忌咎族の風習と同じく、戦争も人間が自ら解決しなければなくならない問題だとしているそうだ。
だけど先代の教皇が個人的に「聖教国で作られた武器が他国で人を傷つけるのは遺憾」と表明したことから、今に渡って事実上禁止のような扱いになっている。
「騎士団なんかに剣を納品出来るのは、親方や一部の職人だけで…俺は、周りの見る目がなかったんでしょうね。いや、嫉妬されてたのかな。なかなかそういう仕事はやらせてもらえなかったから、習作を作る度に旅商人に託したんですよ。習作と言っても出来栄えは完璧だったんです。見る人が見れば分かるはずなんだ、今頃はきっと…!」
他国へ流したことの言い訳を思いついた途端、また饒舌になる。
この人の鍛冶の腕前がどうなのかは知らない。でも自分の不遇は全て周りのせいだという話をしていると、あの嫌な感じ…魂の穢れが、ますます強くなっていく。当時を思い出して、悪意を溢れさせているんだろう。
「実は、あなたのことはここに来る前に少し耳にしていまして…」
聖者様が微笑むと、ガルンは顔を緩ませて、椅子から立ち上がりそうなそうな勢いでテーブルに手をつく。
「やっぱり! 剣に俺の名前で銘を彫っておいたんですよ! けど首都の奴らは俺に嫉妬してるから、作り手を聞かれてもとぼけてたんだ! 俺を探してる騎士や剣士は絶対にいるはず――」
根拠の分からない自信に興奮するガルンに、聖者様はスッと眼差しを冷ややかにして告げる。
「いいえ。私が聞いたのは、あなたのご家族に関することです」
――「家族のこと」
これが、事前に決められていた合図だ。
僕はガルンに、聖者様から指示されていた魔法をかけた。
次話「自白」、4/26(金)夕方頃に投稿予定です。




