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59.予知

 初めて自分の血を見てちょっと固まってしまっていた僕に、ルルビィが白い布を差し出してくれる。


「ライルさん、どうぞ」

「あ…ありがとう、大丈夫だよ」


 真っ白い布を汚すのは悪い気がしたし、自分自身に清浄魔法をかけて、汚れを消した。


「ああ、そのほうがいいな。お前の髪色だと、拭くだけじゃまだ目立つし」


 髪を確認するように顔を近づけて、聖者様が小声で囁く。


「さっきの魔法については、後で聞く」


 久しぶりに聖者様のほうから僕についてのことを聞くなんて言われて、何だか少し緊張する。

 以前、マリスにも同じような言いかたをされたけど、あのときと違ってさっきの魔法が規格外とかいう以前であることは、さすがに僕も分かっている。


 聖者様は顔を上げると、少年に向けて言った。


「こいつは神に気に入られててな。ヘタなことをすると、またさっきみたいな目に遭うぞ。おとなしく話を聞かせてもらおうか」


 少年は、かなり迷惑そうな顔をする。


「いや、マズいんだって。あんたたちだって、人に言えないことの1つや2つあるだろ?」


 確かに。それはその通りで、今さっき聖者様が僕に耳打ちしていたのにも気付いたのかもしれない。


「とりあえずは、言えることだけでもいい」


 ルルビィが怯えていたときには「すぐに拘束しろ」なんて苛立っていたのに、それに比べるとずいぶん寛容だ。ルルビィの状態が良くなったことが原因なのは間違いない。


「俺、バカだからさぁ。言ったらマズいことの区別とか、よく分かんないだよね」

「名前くらいはいいだろう」


 それにも少年は首を捻る。


「名前ねぇ…名前もマズいかなぁ」

「タタラ」


 呆然として黙り込んだままだったシャシルが、力なく呟いた。


「タタラっていうんだって。そのオバケ」

「あ、勝手に教えるなよ~」


 少年はその言葉が、肯定になることを分かっているんだろうか。


「秘密だなんて聞いてない。それに、どうして教えてくれなかったの。あんなことが出来るなんて…」


 顔を上げたシャシルが、目に涙を滲ませたまま、恨めしそうに少年を問い詰める。


「記憶を消したんだよね? 生きてる環境がどうしようもない人ならともかく、辛い記憶で苦しんでる人なら、死ななくても楽になれたかもしれないのに!」


 さっきも少し口走っていたけど、シャシルは何かの償いだと思って自害の手伝いをやっていたらしい。少なくとも、人の死を楽しんだりしていたわけじゃない。

 そんなシャシルに、少年はまた困った顔をする。まるで駄々をこねる子どもを眺めているようだ。


「記憶を消したわけじゃねぇよ。そんな、都合の悪いところだけ消したり出来ないし。病んでそうな人格を封印したんだよ。普通の人間にそれやったら、生まれたてみたいに何も分からなくなるから無理だろ?」


 そしてまた、僕たちのほうにも告げる。


「でも俺、あんま器用じゃないから。何かの拍子に封印が解けるかもしれないし、思い出すようなこと言わないほうがいいよ。まぁ、放っておいてもそのうち消えそうだったから大丈夫だと思うけど」


 聖者様は1歩前に出ると、スッと頭を下げた。


「それに関しては礼を言う。ありがとう、本当に助かった」


 素直に感謝を告げる。

 実際、聖者様とルルビィにとっては、どれだけ感謝しても足りないくらいだろう。


 だけど聖者様は多分、普通の魔法とは違う力が使われたことには気付いていない。幻妖精たちも警戒しているのか、沈黙を続けている。


「シャシルがさ、人が死ぬとこ見るたびに悲しむのに何でか死なせ続けるから、やらせたくなかっただけなんだけどね。でも感謝してるなら、このまま見逃してくんない?」

「悪いがそれは出来ない。聖者として、その()の行為は見過ごせない。だけど君もやめさせたいなら、目的は同じだろう。まずはそこで協力しないか」


 普通の魂じゃないことに気付いていなくても、さすがに見逃すほど甘くする気はないようだった。


 そしてその言葉を聞いたシャシルが、聖者様の顔を見つめて表情を曇らせる。


「聖…者…?」


 彼女は、聖者様が復活する時期であることも忘れていたのかもしれない。

 少し間を置いてようやく理解したのか、大きく息を呑むといきなり踵を返して走り出した。

 この足場の悪さを考えれば、かなり速い。普通に追いかければ逃げられるだろう。


「ライル、押さえてくれ」


 聖者様が指示をしてくるけど、慣れない魂縛を続けている中で簡単に言わないでほしい。


「ケガしたらごめん!」


 僕は声を張り上げてから、重力魔法で重圧をかけた。走っているところだったから、軽い圧力ですぐに体勢を崩す。


「きゃっ…!」


 やっぱり転んでしまったけど、あのくらいの重圧なら、本人は足がもつれたというくらいにしか感じていないかもしれない。


「へぇ~、物質界だとそういうやり方かぁ」


 シャシルが大事だと言っておきながら、タタラの反応はやっぱりどこか違和感がある。

 それはともかく、押さえたままにはしておけない。だけど転移でシャシルを連れ戻しに行けば魂縛が解けてしまうかもしれないし、そもそもタタラやシャシルがいるのに、転移を使ってもいいんだろうか。


「俺が連れて来るよ」


 考えていたら、ダンがすぐにシャシルのほうに行ってくれた。

 ダンなら抱えてでも連れて来れるだろう。


「俺が止めたいのは、シャシルが自分で死ぬことなんだけどさ。俺もずっと地上にいるわけにはいかないし、そこも含めて手ぇ貸してくれる?」

「そもそも、どうして彼女が自害すると思っているんだ?」


 聖者様が訊くと、タタラは得意気な笑みを見せた。


「俺、分かるんだよね。未来に起きること」

「え…お前も予知能力者?!」


ダンが「放して!」と喚くシャシルを肩に担ぎ上げて戻って来て、目を丸くする。


「女の子を、なんて運び方してるのよ」

「だって、暴れるし…いや、それよりこの()が死ぬところを予知したってことか?!」


 サリアが注意するけど、ダンにとってはそれどころではない。


「『お前も』って、あんたも? え~…少しはいるって聞いてたけどさぁ。せっかくの希少(レア)度が下がるなぁ」


 シャシルが死ぬと予知していて、どうしてこんなに気の抜けた声を出していられるんだろう。予知したことは、少しも外れないとダンも言っていたのに。


「いやでもお前、予知で分かっちまったんなら…それはどうにもならないだろ…」


 ダンがシャシルを下ろして、困惑した顔を見せる。

 さっきまで暴れていたシャシルも、驚いて2人を見比べるようにした。


「こんな話、信じるの?!」

「…俺も時々分かるんだよ。それで、分かったことは外れたことがねぇから…」


 言いにくそうに告げようとするダンの言葉を、タタラの笑い声が遮った。


「ああ、あんたそっちの(タイプ)か。俺の予知はさ、回避可能なんだよ」

次話「回避」、2/16(金)夕方頃に投稿予定です。

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