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56.誘惑

 ルルビィは完全に方向感覚を失っているようで、数歩進んでは辺りを見渡すということを続けている。


「こんなところで、どうしたの?」


 予想外の方向から声をかけられて、ルルビィが息を呑む。

 これは演技じゃ出来なかっただろう。


「村の人じゃないよね。迷ったの?」


 微笑みながら訊くその様子は、こんな場所じゃなければ何も怪しく感じないほどだった。


「あ……はい…」


 慎重に答えようとしているルルビィのほうが、都合良く不審に見える。


「それは大変だったね。村への行きかたを教えてあげようか?」


 同情するように首を傾げながら、その女の子はルルビィに近づいていく。


「…道案内してくれるんなら、普通の女の子じゃねぇか?」

「まだ分からないわよ。大体、普通の女の子が1人でこんなところにいるのがおかしいでしょう」


 ダンとサリアが、今のところの印象について呟き合う。

 聖者様は、黙って注意深く様子を見ているようだ。


「はい…どっちへ行けばいいでしょうか」


 ルルビィの返事に、少女は堪えきれないように笑い声を上げた。


「おかしな訊きかたをするんだね。方向だけが分かってても真っ直ぐ進めないって、ここに来るまでに分かるでしょ。案内して、って言われるなら分かるけど」


 その言葉に、ルルビィは戸惑いがちに俯く。


「そこまでしていただくのは…ご迷惑になりますし」


 それに、本当に村へ案内されたりしたら困る。

 今のルルビィを、見知らぬ男性たちがいるはずの集落まで連れて行かれるわけにはいかない。

 だけどそれもまた、ルルビィの行動を怪しく思わせた。


「実はね、こんな所にまで迷い込んで来る人って、みんなそんな感じなの。ここから出られるって聞いても嬉しくなさそうな感じ。もう少し街道近くならたまに本当に迷った人もいるけど、そんな人なら喜ぶし、あなたと違ってしっかり荷物を持ってるの。それにあなた、さっきから手首を庇うみたいにしてるよね…切り傷でもあるのかな」


 手首を庇っているように見えるのは、神具をマントで隠しているからだけど。さっきルルビィが荷物を置いたのは、放浪感を出すためだったのかと考えると、かなり上手くいっている。


「…もしかしてルルビィ、全部わざと勘違いさせてる?」

「まぁ…計算ずくってわけじゃないと思うけど。ただ一途なだけで9歳から1人旅なんて出来ないわよね。それなりに度胸もあるし機転も利くわよ」


 ルルビィも魂の穢れに繋がる嘘はつかないようにしているだろうし、演技に自信はないようなことを言っていたけれど。

 いや、自信がないからこそ、聖者様を怖いと感じる思いまでして、こうやって自傷するような人間だと勘違いさせるのに成功しているわけだ。


「ここが自殺の名所って呼ばれてるの、知ってて来たんでしょ?」

「……はい」


 やっぱり嘘はついていない。だけど今のルルビィの心境そのままの表情は、相手を勘違いさせるのに十分だった。


「だけどね、闇雲に迷ってると熊や狼の縄張りに入っちゃうよ。獣って内臓から食べようとするから、運が悪いと意識があるまま食べられるんだよ。そんなの嫌じゃない?」


 ゾッとするようなことを、笑顔で語る。


「どうせなら、楽に死にたいと思わない?」


 本当に死んでしまいたい人には、魅惑的な言葉なんだろう。

 ルルビィは、悲しそうに顔を上げる。


「でも…そんな気持ちがあっても…死んでしまいたいくらい辛いことがあっても、命を粗末にしていいんでしょうか。生きたいのに生きられなかった人だって、たくさんいるのに」


 家族と聖者様を失った経験があるルルビィの、本気の言葉だ。

 だけど相手は、そうは思わなかったらしい。


「聞き飽きた説教だね。どこかの聖職者にでも言われたの? そんな理屈なら、夫に暴力を振るわれてる人にも『結婚したくてもできない人がいるんだから』なんて我慢させるわけ?」


 かなり強引な(たと)えだけど、今のルルビィに対して結婚の話は、別の意味で言葉を失わせる。それは相手にとって、勘違いを確信にしてしまう表情を引き出すことになった。


「ね、辛いことがあるんでしょ。だからこんなところにまで来て迷ってるんだよね。逃げていいんだよ。人間って、死に方を選ぶ権利もあるんだよ」


 どんどん饒舌になっていく。

 死にたい、という言葉を誘っている。

 辛そうなルルビィを見ていると止めたくなるけど、まだはっきり自害の手助けだと判断出来る言動を引き出せていない。


「……どんな死に方なら、いいと思うんですか…?」

「あなたはどうしたい? 苦しみたくないだけ? 綺麗な顔で死にたいとか、遺体を発見されたくないとか、希望はある? そうだね、例えば――」


 やっと具体的な言葉が出そうになった。

 そのとき――


「なぁ、シャシル。もうこういうのやめねぇ?」


 突然、少年の声がした。

 周囲に気配は全くなかったはずなのに。


「何でこんなときに出てくるの!!」


 女の子が後ろを振り返って怒鳴る。

 シャシルというのは、この女の子の名前らしい。


 そしてそのシャシルの背後には、いつの間にか少年が立っていた。

 ダンの赤毛とは違う、原色のような赤い髪と瞳。

 見たことのない、赤地に金の装飾が施された服。強いて挙げるなら、衛士や騎士に似ている気がするけど、それにしては派手過ぎる。


「転移か?!」


 聖者様が驚いて僕を見る。

 確かに転移魔法みたいに突然現れはしたけど、何かが違う気がする。


「よく分からないけど、ちょっと違うような…」


 はっきりしない僕に、リリスとマリスが張り詰めた声を上げた。


「空間に歪みがありませんでしたわ! あちらも気配隠蔽をしていたのではありませんの?!」

「ですが、ライルさんが気付けないようなものは地上の人間には無理です。そもそもあれは、肉体ではありません」


 そうだ、自分以外が転移するのを見たのはクリスが帰るときだけだったけど、確かに直前に周囲の空間が歪むように見えたはずだ。

 そして、派手さだけじゃない見た目の違和感。

 これは、天使やメリアの魂と同じような違和感だ。


「…高位霊…?!」


 僕の呟きに、サリアがまた激しく反応した。


「霊?!」


 メリアのときと同じく、横にいたダンの背中に隠れるようにしがみつく。


「ぎゃっ!!」


 どういうわけかその瞬間、ダンまでもが奇妙な悲鳴を上げた。


「な、何?! ダンも幽霊苦手だったの?!」


 みんなが動揺して混乱でもしたのか、いつもは誤魔化していたサリアがはっきりと「幽霊苦手」と言ってしまっている。


「い、いや何でもねぇ…ないです」


 ダンの様子は明らかにおかしいけれど、今はそれよりもルルビィのほうが気にかかる。

 目の前に同じくらいの年齢に見える少年が現れて、ルルビィの体が強張っている。あれは驚きだけじゃない。


「行くぞ、もう想定外だ!」

「ま、まだ待ってください! ルルビィがここまで頑張ったのに!」


 踏み出そうとする聖者様のマントを、サリアが掴んで引き留める。


「どう見ても非常事態だろう!」

「今出ていったら、証拠不十分のままです! それにあの…高位霊? 危害を加えるつもりはなさそうですし、もう少し堪えて!」


 確かに、危害を加えるどころか止めに入っていた。

 聖者様は強く拳を握りしめて、ルルビィたちを見つめる。


 不思議なその少年は、シャシルに睨まれて困ったような顔で首を傾げていた。

次話「魂縛」、1/26(金)夕方頃に投稿予定です。

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