49.停滞
教会に集まっていた人たちの治癒を終えると、あとは昨日のように聖者様が取り囲まれる。
サリアはすぐにそこからルルビィの手を引いて、昨日僕たちがしていたように、少し離れた場所でその様子を見た。
友達宣言をしてからサリアに遠慮がなくなったけど、ルルビィが不快に感じているようでもないし、これはこれで良かったと思う。
「何とかなったけど、全体の人の動きって、まだまだルルビィの経験頼りよね」
一応ダンは少し離れて、その横に僕が立ち、さらにサリアが木陰に隠すようにルルビィを一番奥で休ませて一息つく。
「サリアも判断してたんじゃなかったんだ?」
「国規模の群集心理なんかは机上で学んだけどね、ほとんど役に立たなかったわよ。ルルビィの判断のほうが早いし、人垣が崩れ出しそうなところを見つけるのがすごく上手いわ」
そういうことは何も知らず、人との付き合いを最低限にしかしてこなかった僕は、魔法を使う場面でなければたいして役に立っていない。
「皆さんが我先に治癒を、って迫ってきたときに比べれば、ずいぶん穏やかですよ」
聖者様が復活してからの人々の熱を、穏やかと言ってのけるルルビィも十分普通じゃない気がする。今の僕より幼かったルルビィが、流行り病が猛威を振るっていたときにどうやってそれを凌いだのか、想像もつかない。
「それにサリアさん、私に聞きに来る前に気づいて対応していたこともあったじゃないですか。きっとすぐに慣れますよ。…私は、聖者様が今日はいつもと違う対応をされていたのが申し訳なくて」
ルルビィを隠すためのサリアの提案を了承して、今日の聖者様は患部を確認するとき以外は真っ直ぐ立って対応していた。
ダンほどではないけど、一般的な男性より長身の聖者様は、昨日のように膝をついたり屈んだりして患者の目線に合わせるのが普段の対応だろうし、そんなやり方を自分のために変えられるのは、ルルビィには不本意だっただろう。
「あ、そういや今日も長椅子とか借りてくれば良かったなぁ。昨日の夕方は人が少なかったから忘れてたよ」
ダンは話題を変えるように、大げさに額を叩いて失敗したと嘆く。
こういうさりげない気遣いには、いつも感心する。
「使徒だって公表した後なら、障壁張って治癒を受ける人以外は近付けないようにしちゃダメかな」
空中に向かって声をかけると、幻妖精たちが現れる。
「うわ、いたのかよ。ライルもいつの間に分かるようになったんだ?」
ダンが驚くのに苦笑しながら「なんとなく」と答えた。
「そのように強引なことをしては、サザン様に不信感を持たれる恐れがあります」
「聖者の役目は本来地道なんですの! 人間も、しばらくすればきっと落ち着きますわ!」
しばらくすれば落ち着くというのは、確かにそうなるだろうと思う。
だけど問題は、今のルルビィだ。
聖者様が2日間の期限を区切りにしたことを、ルルビィもサリアも知らない。
それを決めたのは聖者様が睡眠を取って考えの整理ができた今朝のことで、教えてしまえばルルビィはまた無理をして平然を装うかもしれないからだ。
「とりあえず俺が適当なところで聖者様に声かけるから、早く村を出ようや」
「急かさなくても、ルルビィに休んでいてもらったほうがいいんじゃない?」
サリアに反論されたダンが、難しい顔で首を伸ばすようにしてルルビィを見た。
「けどルルビィさん、今も気ぃ張ってますよね?」
ルルビィは少し驚いてダンを見たあと、俯いてわずかに唇を噛みながら、素直に頷いた。
今は村の人たちはみんな聖者様に集まっていて距離もある。視線もルルビィには向いていない。
それでも気が休まっていないのか。
「…知らない男の人が視界に入るだけでダメなのね」
ダンが気付いて自分は気付けなったことに、サリアは少し悔しそうな溜息をついた。
だけど、ダンはよく人を見ている。
生きてきた環境のせいか、予知能力者特有の感性の鋭さなのかは分からないけど、それはなかなか敵わないと思う。
「一度そこにいると思うと、もう目を閉じていても怖くなってしまって…」
申し訳なさそうなルルビィの手を取って、サリアは教会のほうへ引いた。
「荷物を取りに行って、先に村を出ていましょう。ダンは残って、さっき言ってたとおりにして。ライルは何かあったときにすぐに聖者様に知らせに行けるよう、こっちについて来て」
状況が理解できれば、サリアの判断は早い。
村の人たちの関心は聖者様に集まっているから、案外あっさりと荷物だけを取って離れることが出来た。
聖者様は村の人たちの相手をしている間も、しきりにルルビィの様子を気にしていた。すぐにこちらのことも気が付いたようだけど、多分状況を察したんだろう。
むしろ僕たちに関心がいかないように、昨日よりも積極的に会話をしているように見える。
そうして僕とルルビィとサリアは、先に村を出て人目のない街道の端で聖者様とダンを待つ。
ダンの言葉を改めて思い出してルルビィの様子を見ていると、確かに村の中にいたときより落ち着いた表情をしているように感じた。
***
「ルルビィ、今は平気か?」
ダンに詳しく聞いたんだろう。
聖者様は合流するなり、ルルビィを気遣う。
「はい、今は何ともありません」
周囲に他の男性がいないだけのときよりも、聖者様が近くにいるほうが、ルルビィの表情は和らぐ。
やっぱり一緒に旅を続けて、メリアの記憶が薄れるか、見知らぬ男性が近くにいることにも慣れるのが一番なんだろうけど。
昨日のことを思うと、ルルビィの心が壊れてしまうほうが早いかもしれない。
「ゆっくり行こう」
そう言ってルルビィの頭を撫でた聖者様は、その言葉通り頻繁に休憩をとりながら道を進んだ。
多分、次の村に滞在する時間を出来る限り短くするつもりなんだろう。
そうしながらも、たまに街道ですれ違う人たちに出会えば「困っていることはありませんか」なんて声をかける。
さすがにそんな少人数相手のときは聖者様だけで対応できるから、僕たちはただの従者のように後ろに控えている。
それでも女性だけの旅人なんて今のところ出会わなかったから、その度にルルビィが身を固くするのが心苦しくはあったけど。少ない人数だからと、聖者様がルルビィを優先して誰にも声をかけなかったりしたら、それもまたルルビィは自責してしまうだろう。
もどかしい思いをしながら、ゆっくりと、散歩でもするように足を進めた。
***
そうやって、人々に接する機会は減らさず、時間だけをなるべく短くするようにと行動して、僕たちは樹海の手前にある村に滞在していた。
そう、あれからもう2日経った。
ルルビィの状態は良くも悪くもなっていない。ただ精神は確実にすり減らしている。
今日、聖者様はこのまま旅を続けるか、ルルビィをすぐに修道院で保護してもらうか、決めなければいけなかった。
次話「別れの朝」、12/1(金)夕方頃に投稿予定です。




