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41.神の姿

 母さんの部屋に転移すると、本を開いていた母さんがいつものようにすぐ微笑んだ。


「いらっしゃいライル。ねぇ、図書室で借りて来たの。見てみて」


 リュラは「おかえり」と言うけど、母さんは「いらっしゃい」と言う。

 僕がおじいちゃんたちに引き取られた時点で、ここはもう家ではないと一線を引かれているんだろう。

 僕も多分、リュラがいなければこんなに毎日は戻って来なかったと思う。


「『愚者』ってやっぱりだと占いだと、自由とか先が分からないみたいな意味が多いの。あなたが生まれる前に願ったことと、心配だったことそのものだわ」


 いつものようだと思ったけど、なんだかいつもより声が弾んでいる気がする。


「でもあの方って、一つの言葉にいくつも意味を持たせたりしようとするから、これだけだと簡単すぎるわよね」

「いや十分解りにくいけど?!」


 悩むようにしながらもどこか楽しげな母さんは、やっぱりいつもと少し違う。


「…もしかして母さん、ずっと神の話がしたくてしょうがなかった…?」


 母さんはそれには直接答えず、微笑んでいると分かり切っている口元を手に持った本で隠した。


「ライルはリュラのこと、人に話したいって思わない?」

「思うけど、どうせ子どもの口約束だって言われるだろうし、会ってることも言えないし…」


 だから今日は、聖者様に「大事にしろよ」と肯定的なことを言ってもらえたのは結構嬉しかった。


「まだ起きていると思うわよ。連れてこないの?」

「うん、今日は…」


 そう言って僕は、空中を見上げる。


「リリス、出てきていいよ」


 幻妖精の気配というものは、その名の通りとても儚い感じで分かりにくい。

 だけど一度天使の姿になったときの強い気配を覚えてから、見えていないときでもなんとなく居場所は分かるようになっていた。


「初めましてですわ! 今は幻妖精という姿になっておりますけど、第51位天使でしたリリスと申します!」


 部屋に来ると同時に遮音と気配隠蔽の魔法は使ったけど、それでも気になってしまうくらいリリスの声は響き渡る。


 結局、温泉のときに多少はそれぞれ性自認があるらしいと自覚したリリスが、女性の部屋に行くならわたくしが、と申し出た。

 ただリリスの場合、僕がルシウスであると疑っているというより、マリスの心配を解消したいというのが理由のような気がする。


 昨日の母さんたちとの話では聖者様の婚約破棄のことが中心で、幻妖精たちのことまでは触れていなかったから、改めてその存在について説明する。

 そして僕の使った魔法で、ルシウスかもしれないと思われていることも。


「あら、結婚した天使ってあなた方だったのね。はじめまして、ライルの母のライラと申します」


 軽く頭を下げて、空中に浮かぶ薄紅色の発光体を特に驚くこともなく見つめる。


「でも私にもこの子のことを証明することは出来ないわ。多分、ライルが今生を終えたら神も明言なさると思うのだけど…」

「そうですわね、わたくしたちも神から何も聞いておりませんもの! 神が黙されていることですから仕方ありませんけど、どうしても気になってしまいましたの!」


 母さんは少し困ったように首を傾げて頬に手を当てるけど、顔はにこやかだった。

 こんな内容でも、神について語れるのが嬉しいらしい。

 僕だって、おじいちゃんたちにもリュラのことを言えなかったから、なんとなく気持ちは分かる。


「だけどただ聖者様に引き合わせてくださるだけではなくて、使徒になされたでしょう。もしかしたら、神の子として疑いようのない魂の持ち主だと実績を作らせるおつもりかもしれないわ」


 本を机に置いてベッドに腰掛ける母さんの隣に、僕も座る。


「でも強制するわけではないと思うの。だからあえて称号は与えられなかったのではないかしら」

「…全部『思う』とか『かもしれない』なんだね。神って言葉が足りないと思ったよ、僕は」


 正直に感じたことを言うと、母さんは少しだけ寂しげに微笑んだ。


「神の言葉は、重いのよ」


 そして何かを思い出すように、天を見上げて言う。


「最古の文明の頃は、地上の人間にももっと語り掛けていたそうよ。だけどそれが処刑のきっかけになったり、処刑を咎めたら今度は預言者が自害してしまったり…そして最初に創られた天使にも離反されて、十大天使ともあまり言葉を交わさなくなってしまったのですって」


 創世記にある最初に創られた天使というのは、ルシウスのことだ。

 リリスは一応黙って聞いている。

 神が隠していることを暴くのは難しいだろうし、今日は僕と母さんが話している様子だけを見ておくように、聖者様とマリスに言われていた。


「重いなら、なおさら…」


 僕はメリアのことを話した。

 もうあの教会で呪いは起きない。そのことを一番に伝えて安心させたかったけど、つい「狂信者」なんてきつい言葉を使ったことに対しての疑問を投げかけてしまう。


「…神も少し感情的になられたのかもしれないわね。魂の消滅を何より憂いているお方だから」


 寂しげな笑みはそのままだけど、少し懐かしそうな表情も浮かべる。


「病める魂には、よく話しかけてくださるのよ。それが病める魂(私たち)にとっての癒しになるからでもあるけど、癒されれば記憶を消して転生するでしょう。記憶を消す相手にだけ話せるというのは、寂しいわよね」


 神は孤独だと言っていたのは、こういうことなんだろう。

 だけど母さんは記憶を消されていない。神にも母さんとの記憶は無くしたくないという思いはあったんだろうか。

 そんな僕の感情を読み取ったかのように、母さんは僕の髪を撫でた。


「あなたも愛されているわよ。この髪だって、出来れば本物の銀糸のようにしたいとおっしゃっていたのだから。ご自分に似せたかったのね」


 クスッと笑みをこぼすけど、本当にそんな髪だったら目立ちすぎる。

 だからそうはしなかったんだろうなと思ったとき、リリスが声を上げた。


「神の御姿をご覧になりましたの?!」


 あまりに驚いた様子に、僕のほうが呆気にとられる。


「聖者様も会ってるんだよね?」


 僕たちの様子に、母さんはさらにクスクスと笑いだす。


「普通はね、人間にははっきり姿を認識できないようになさっているの。声も何重かに響いて分かりにくいわね。神は偶像化されるのを嫌がられているのだけど、稀に天界の記憶が断片的に残る人もいるから病める魂の前でもそうなのよ。…だけど、そのね。私は、ふたりきりになることもあったから…」


 また母さんが照れたような仕草をする。

 どうにも親の惚気話というのは、こっちまで恥ずかしい気分になる。


「病める魂、だったのですわよね…そういえば、神が病める魂の転生後についても管理なさるようになったのはライラさんが生まれた頃からですわね…」

「え?」


 神について語るとき、いつもは何か確信を持っているように話す母さんが、初めてきょとんとした表情を見せた。

 僕もそんな話は知らなかったけど、特別扱いされているのは母さんだけじゃなかったのか。


 母さんはしばらく、首を傾げて考え込む。

 神は母さんにも何か隠しているのか。そう考えるとマリスの懸念が頭をよぎってしまい、少し気持ちがざわつくような不安を覚えた。

次話「血と魂」、9/29(金)夕方頃に投稿予定です。

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