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32.亜神級

 幻妖精の姿に戻ったリリスとマリスは、声を上げて落胆した。


「キスだけでもしておけば良かったですわぁ!!」

「もっとしっかり、リリスの姿を見ておくべきでした…」


 やっぱり、マリスは顔が見えないほうが感情が分かりやすい気がする。


「わ…私のせいではない、ですよね…?」


 自分がメリアの魂を引き受けたのと同時だったせいか、クリスは少し怯えていた。

 そしてそれから逃げるように体の向きを変えて、聖者様と目を合わす。


「サ、サザン! 例の件、よろしくお願いしますね!」

「ああ。早いほうがいいだろうから、教皇庁に顔を出す前に確認しに行くところだ」


 聖者様は、この天使とも顔見知りらしい。


「では、私はこれで失礼します!」


 そう言うなり、一瞬姿が歪んだように見えてからクリスは姿を消した。

 転移だ。

 自分以外が使っているのを初めて見た。当然、人間ではなかったけど。


「あー! 疲れた…聖者様、分かってたんならなんで早く言ってくれなかったんスか!!」


 ダンがその場にへたり込んだ。

 ずっとメリアの魂を探すのに集中していたから、精神的な疲れだろう。


「え? あれ、天使は?!」


 ダンの後ろに隠れていたサリアは、とうとうクリスを見ないままだった。


「メリアの魂を連れて、天界に戻ったみたいだよ」

「そんなぁ…って、聖者様! いつまでルルビィさんにくっついてるんですか。婚約破棄の話は結局まだ終わってないんだから、あまりベタベタしないでください!」


 前のめりに倒れそうになったルルビィさんを受け止めたはずなのに、いつの間にかしっかりと仰向けにして膝に座らせるような姿勢で、頬を触ったりしている。

 意識があるかを確認しているんだろうけど、メリアから取り戻せた反動なのか距離が近い。


 そして今朝の言葉がメリアのものだった以上、ルルビィさんが婚約破棄に対してどんな答えを出したのかまだ分からない。

 サリアはさっきまでのやり取りで、聖者様を「女性の敵」認識してしまったような気がする。


「黙ってたのは、天界が気付いて上位天使を寄越してくるかもって期待と、中身が分からなかったからだ。対話するにも目的が分からないとどうしようもないし、ボロを出すのを待ってた。君たちはよく気付いたな」


 聖者様はルルビィさんを抱き上げて立ち上がった。


「もう、『お前ら』でいいですってば」


 今日は僕だけじゃなく、ダンやサリアに対しても何度も言っていたから、さすがに覚えているようだった。


「さっきのは勢いだ。俺だって一応、会って間もない相手には遠慮くらいするんだよ」


 そうは言っても、もう今更だと思う。

 ため息をつきながら聖者様が辺りを見回し始めると、ダンのほうが早くその目的を見つけた。


「あそこなら平らになってるし、土も草も柔らかそうっスよ」


 木陰の少し広い空間を指さす。ルルビィさんを休ませる場所を探していたらしい。


「ダン、俺のマントを外してそこに敷いてくれるか」


 両手の塞がっている聖者様が、ダンに頼む。


「俺のを敷きますよ」

「あなたのは汚れがひどいでしょう」


 サリアに指摘され、ダンは「確かに…」とつぶやいて聖者様の指示通りにした。

 聖者様がルルビィさんを横たわらせると、改めて全員が一斉に気が抜けたように、その場に座り込んだ。


「私たちは最近のルルビィさんを知ってますからね。『血塗れの聖女(ブラッディメリア)』騒ぎの修道女並みにおかしいと思ったんですよ。子どもの頃しか知らないでいろいろ決めつけていた聖者様こそ、よく気付きましたね」


 サリアの言葉が、昨夜よりとげとげしい。


「癖だよ」


 聖者様は、ルルビィさんの顔を見ながら答える。

 目は虚ろなままだけど、時々ゆっくりと瞬きをしているから、眠っているわけではなさそうだ。


「6年経てば少しは変わってるかもしれないが、ああまで違うとな。ルルビィは顔にかかった髪をかき上げるときは、すくい上げるようにするんだ。あいつは小指を立ててお上品にやっていたから向きからして違う。それに椅子から立ち上がるときな。昔、裾がめくれてるのを俺が直したことがあったんだが、あれからは真っ先に後ろを確認するようになったのが可愛かったな。それから出掛けにマントを羽織るときは――」

「もういいです! その辺で!!」


 聖者様の話が止まらなくなりそうなのを、サリアが制止した。

 だけど僕もリュラの癖はけっこう把握しているから、聖者様が細かすぎるとは言えない。


「そんなことよりダン、神託よ! あれってどんな感じだったの?!」


 いろいろありすぎて後回しになってサリアの好奇心が、神託に向いた。


「どんなって言われても…口が勝手に動いたって感じか? ああ、でも頭はちょっとボーっとしてた気はするかなぁ」

「頭の中に神の声が響くとか、そんなのはなかったの?」

「いやよく分かんねぇなぁ…」


 神託は本来なら教皇だけに下されるものだから、こうやって体験者に直接聞けるなんて、サリアにはまたとない機会だろう。


「神託よりも、相当珍しいものが見られたぞ」


 そう言って聖者様が視線を向けたのは、僕だ。


「神罰を覆すなんて、一体何をどうやったらできるんだ?」


 その言葉に、さっきまで落胆していたリリスがすごい勢いで僕の目の前に飛んできた。


「そうですわライルさん!! どうやって戻したんですの? また出来ませんの?!」


 サリアはあまり見ていなかったし、聞こえていても何が起きていたのかよく分かっていなかったらしい。自分は何を見逃したのかと、じっとこちらを見ている。

 今日もまた、視線を集めることになってしまった。


「覆すなんて大げさなことじゃないですよ。それに戻したんじゃなくて進めただけ」


 そう答えても、幻妖精たちからも反応がなかった。


「天使だから大丈夫かと思ったんだけど。100年くらいかなって時間を進めたけど、戻すのは出来ないんだよ。勝手にやっちゃって悪かったかな」


 いくら何でも永久に赦されないということはないだろう。

 そう思って、天使に戻れる日まで進めてみた。


 周囲は、これ以上ないくらいの静寂に包まれる。

 昨日、転移をしてみせたときより呆れられている気がする。


「…時間加速も、天使(クラス)?」


 僕の問いかけに誰もすぐには答えず、聖者様は無言で幻妖精たちのほうを見た。


「天使でも時間に干渉できる力を持つのは、ルシウス様だけですわ…」

「神でも時間を戻すことは出来ないはずですよ。亜神(クラス)…と言ってもいいかもしれません」


 聖者様はうなだれて額を押さえた。


「俺はそんな魔法は聞いたことすらない。そこまで高位に上り詰めてる魂が存在することもな」


 やってしまった。

 落ち着いたら話そうと思っていたけど、今打ち明けないと機会を逃してしまう気がする。


「上り詰めたわけじゃないし、そもそも僕、前世があるわけでもないみたいで…」


 訝しげな聖者様の表情に、僕は前置きをやめた。


「僕は、神の子らしいです」


 あまりの静けさが、かえって耳に痛く感じる。

 これでリュラみたいに「だからそんなに魔法が使えるのか」と納得してもらえれば良かったのに。

 当然、そうはならなかった。


「どういう意味だ…?」

「神が新しくお創りになられましたの?!」


 聖者様は何かの比喩かと思っているのか、説明を求める顔をしている。

 リリスは神がもう、新しい生命を創り出せなくなっているのを知らないらしい。

 沈黙しているマリスは、多分考え込んでいるんだろう。


「創り出したわけじゃなくて…神と母さんの間にできたんです」


 自分で説明をしようとすると、やっぱり難しい。


「神と人の間にって…そんなことあるのか?」

「私どもの常識では、考えられません」


 やっぱりリュラの反応は、慣れだけじゃない。

 天界や神についてよく知っているほどに、僕の存在はあり得ないのだ。


「僕も昨日聞いたばっかりで…」


 納得してもらえる説明は無理でも、知っていることだけでも話そう。

 僕は昨夜母さんに会って話を聞いたことと、その内容を語った。

次話「特別製」、7/28(金)夕方頃に投稿予定です。



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