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27.狂喜

 村の人たちに見送られ、僕たちはようやく街道へ出た。

 一緒に見送りに来たおじいちゃんとおばあちゃんが小さく手を振る後ろで、リベルが「ライラさんによろしく!」と大声を出して2人を驚かせていた。

 多分、留守番を言いつけられていたのに来ていたんだろう。


 こうして村から出てみると、僕の生きていた世界は本当に狭い。

 大きな移動は首都の孤児院からこの村に来たときだけで、他に知っているのは月に一度来る司祭がいる西側の隣村だけだ。


 今から聖者様が向かう北側の村には行ったことがない。

 迷うような道じゃないけど、自然と聖者様が先頭を歩き、その後ろに少し距離を保ってルルビィさんが続く。

 僕とサリアがそれと同じくらい離れた後ろに並んで、時々立ち止まりそうになるダンを気にしながら歩みを進めた。


 しばらくは誰もが口を閉ざしたままだった。

 考えてみればルルビィさんも、今朝から婚約破棄のこと以外はほとんど話していない。

 むしろ、他の話題を避けていたとも思えてくる。


「ルルビィさん」


 1時間ほど歩いて、ようやくサリアが声をかけた。

 足を止めないまま、ルルビィさんが少し振り向く。

 その表情は、村を出たときと同じ笑顔だった。


「ルルビィさんは…その、婚約破棄した後どうするおつもりです?」


 表情に変化がないのは確認できたけど、サリアは少し踏み込んで話を続けた。

 すると意外にも、サリアの言葉で表情が変わった。


「そうですね。手続きが終わってからお話ししようと思っていたんですけど…」


 嬉しくてたまらないのを、堪えているように。


「私、修道女になろうと思います」


 前を歩く聖者様の足が止まる。


「で…でも、未成年者は正式には修道女になれませんよ?」


 サリアの言葉に、ルルビィさんは体ごと振り返って大きく手を広げた。

 もう、感情を抑えきれないとでもいうようだった。


「私、聖者様を復活させてくださった神にとても感謝しているんです。だからどうしても神にお仕えしたい。それに、婚約破棄した相手と旅を続けるなんで変でしょう?」


 今度は、聖者様に向かって声をかける。


「聖者様、後見人になってくださるんでしょう。それなら今からでも下働きとして修道院で務められます。もちろん認めてくださいますよね」


 聖者様は返事をしなかった。

 それなのに、かまわずルルビィさんは話し続ける。陶酔したような表情で、まるで独白のようだった。


「まだ正式に修道女になれないのですから、修道院ではなくても、教会の下働きでも構いません。神に仕えられるならどこでもいいのです」


 神に仕えられるならどこでもいい。母さんからも同じ言葉を聞いてきた。

 それが、他人の口から聞くとこんなにも狂気じみて聞こえるなんて。

 そして、この狂気を知っている人がもう一人いる。


「サリア」


 僕が声をかけると、サリアは青い顔をして頷いた。

 だけど指先が小刻みに震えていて、声を出せそうにない。


「…ルルビィさん、知ってましたっけ? 僕の母も修道女なんですよ。今も東部教会にいますから紹介しましょうか」


 もしメリアの亡霊がルルビィさんの異変に関わっていた場合のことは、主に2つ推測していた。

 

 サリアが考えたのは呪い。

 実際には、修道女を死に向かわせる暗示のようなもの。

 幻妖精たちが懸念したことは憑依。

 メリア自身が何らかの目的を持って、ルルビィさんの体を動かしている。


 憑依のほうが厄介だとマリスは言っていた。1つの体に2つの魂が入れば、肉体への負担になる。

 だからダンに、メリアの魂が地上にいるのか、いるならどこにいるのか探してもらおうとした。


 だけどこれはもう、多分間違いない。

 マリスによれば、体の持ち主の記憶を読み取るのは難しいらしい。

 出来たとしても、部分的にしか無理だろうと。


「…それは良くありませんね。きちんと罪を告白して赦しを請うべきでしょう」


 ルルビィさんは氷のように冷たい表情になったあと、すぐにもとの笑顔を取り繕って言う。

 それと同時に、ダンの大きな声が響いた。


ここ(・・)だ! ここ(・・)にいる!!」


 緊張していたところに背後から発せられた大声で、サリアの肩が跳ね上がった。

 だけどダンの響く声は、気付けにもなるらしい。


「本当に残念ね! 今分かったところよ!」


 サリアは勢いを取り戻してダンに文句を言ったけど、これで確定した。


「ライル、浄化できるんでしょう?!」

「あれは…」


 浄化が効く類いのものじゃない。

 理屈は分からないけど、感覚でそう思う。


「無駄だ」


 ずっと振り返りもしなかった聖者様が、やっと声を出した。

 意外なほどに冷静な口調で。


「ルルビィの神具がちゃんと着いているだろう。そいつはその辺を彷徨っているような低位霊じゃない」


 そう言われてみれば、確かにルルビィさんの左手首には変わらず称号の証である神具が嵌められている。

 神具には加護があるはずなのに。


「教皇の加護を上回る位階の魂だ。だから対話で納得させるか、そいつを引き剥がせるくらいの上位天使が来るのを待つしかないんだよ」


 振り返った聖者様の表情は、口調とは裏腹に怒りを抑えているようだった。


「サザン様、気付いておられたんですの?!」


 幻妖精たちが、聖者様の目前に姿を現す。


「情けないことに、教会を出る頃になってやっとな。何なのかは分からなかったが、お前たちは見当がついていたみたいだな…その様子だと、“魂攫(たまさら)い”は誤認だったのか」


 マリスが、リリスをかばうように前に出た。


「申し訳ありません、100年前に見つけられなかった私どもの失態です」


 そうは言っても、仕方のない状況だっただろう。

 多分メリアが潜んでいたのは、天使が捜索できる範囲外だったはずだから。


「転生待ちで家族や子孫を見守っている人たちに紛れて、地上を見ていたんだと思います。聖峰の歪みを利用して」


 僕の言葉に、ルルビィさんの姿をしたそれは表情を消した。


「…あそこは魂が多いからな。それに地上から消えた魂を深追いするなと通達したのはクソ(ジジイ)だ、お前らの落ち度じゃない」


 そう言って、聖者様は悔しそうに髪をかき上げた。


「メリアだったなら、むしろ俺のせいだ。憑依が目的なら今までは失敗だったんだろう。俺がルルビィの心を弱らせたから、成功したんじゃないのか」


 聖者様が怒っているように見えたのは、自分自身への感情のせいだったらしい。

 だけど、そんな聖者様に向けて顔を上げたルルビィさん――その姿をしたメリアは、クスクスと声を上げながら今までと違う笑顔を見せた。


「傲慢な人ですね。失敗したのではありません。あんな修道女たちはわたくしにふさわしくないから要らなかったのです」


 そしてゆっくりと、聖者様に歩み寄って行く。


「むしろ迷惑でしたよ。婚約破棄なんて言い出すから、この娘の心が乱れて記憶が読みにくかったではありませんか。せっかく円満に別れさせてあげようと思ったのに」


 ルルビィさんの姿で、口が裂けるかと思うようなゾッとする笑い顔を浮かべて、メリアはそう言った。

次話「禁句」、6/23(金)夕方頃に投稿予定です。



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