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26.疑念

 サリアと幻妖精たちが、いくつかの可能性を説明する。

 そして、ルルビィさんの様子もそれが原因かもしれない、と。


「…で、メリアの魂を探せって? 魂なんて探したことねぇけど…」


 話を聞き終えたダンが、困った顔をする。


「私どもも今は、亡霊の気配を感じ取れる力はないのです」

「考え過ぎならそれでいいのよ。試してみるだけでもやってみてくれない?」


 マリスとサリアに重ねて頼まれ、ダンは考え込んだ。


「多分、相当集中しないと無理だぞ…ライル、時間稼げねぇか?」

「僕が?」


 出発の準備はもう整っていて、後は聖者様が村の人たちとの挨拶を終えるのを待っているだけの状態になっている。

 今から何ができるだろう。


「村の人に挨拶し忘れたとかさ…あ、求婚(プロポーズ)したって()はいいのか?」

「それは首都の孤児院の()だよ。この村じゃ僕って一応訳アリだから、あんまり関わりないんだけど」


 一人娘が修道院に入ったはずの助祭が、突然連れて来て孫として育て始めた子どもだ。

 腫れ物というほどでもないけど、深く立ち入ろうとする人もいなかった。


「何よ、いつの間にそんな楽しそうな話をしてたのよ」


 求婚(プロポーズ)の話をしたときには、サリアは部屋に戻っていた。

 これにも興味津々といった様子で、詳しく聞きたそうにしている。


「別に、楽しい話じゃなかったよ」

「あー、まぁガキ扱いして悪かったよ。でもそうか、それでかぁ…」


 僕が子ども扱いされるのは仕方のないことだから、そんなに気にしていない。

 それよりも、ダンが何に納得したような声を上げたのか分からなかった。


「お前って『この村』って言い方するだろ。俺なら『うちの村』って言うのになって思ってたからさ」


 それは、特に意識して使っていなかった。

 だけど言われてみれば確かに、僕は母さんとリュラに会いに行くほうが「帰る」という感覚に近い。


 それを思えば、いつかはリュラもこの村に来たらいい、という漠然とした考えが甘かったと気付けたのは良かったのかもしれない。


「ダンも大人だよね…」


 聖者様もだけど、よく人のことに気が付くと思う。

 他人どころか父親にも無関心だった僕には、到底及ばない気遣いだ。


「何か男同士で納得してない?」


 リュラの話を聞けていないことに、サリアが不満気に頬を膨らませる。


「まぁ、今は時間がないからいいわ。時間稼ぎよりもむしろ早く出発したいのよ。もしかしたら村から離れれば変化があるかもしれないし」

「歩きながら集中しろってことか?!」


 それは、かなり無茶な要望だと思う。

 僕は昨日初めて見たけど、ダンは洞窟にたどり着くまでに何度も立ち止まって集中していた。

 使徒として僕を探し出すまでの2カ月間、同じ様子を見てきたサリアはよく分かっているはずだ。


「今の状況なら、黙り込んでいても不自然じゃないと思うんだけど。それでも無理?」


 首をかしげる仕草が、挑発のようにも見える聞き方をする。


「あー…、やるよ、やってやるよ! 今のルルビィさんが正気じゃないかもしれないってなら、無理でもやるよ!」


 ダンは頭を掻きながら勢いよく立ち上がった。

 挑発に乗ったというより、ルルビィさんのためにという感じがやっぱりダンらしい。


「一応頼りにしてるから。私は村から少し離れたら、ルルビィさんに声をかけてみて様子を見るわ」


 わざわざ「一応」とつけなくてもいいのに、探し物については相変わらず信用が薄い。

 それでも頼らなくてはいけないほど、今の状況は曖昧だった。


 まず、過去の血塗れの聖女騒ぎと違って、様子がおかしくなったルルビィさんは修道女じゃない。

 そして生前のメリアの行動から考えれば、血塗れの聖女騒ぎもおかしいところがある。

 修道女を呪い殺して、清らかな乙女を神の元に送ろうとしたのかもしれない。だけど唯一、命を落とした最後の修道女は自害で魂が消滅してしまって、天に迎えられることはなかった。

 だから最後の修道女の魂からは聞き取りが出来なくて、何が起こったのか分からなかったらしい。


 だけど、ルルビィさんの状況に一番近いのは、その最後の修道女なのだ。

 取り乱すことなく、自分の立場を辞して教会を出た。


 原因が同じかもしれないなら、確認しないわけにはいかない。

 僕たちの考えすぎだったという結果になったほうが、むしろいい。


 話が終わった頃、ようやく聖者様が村の人たちとの挨拶を済ませて僕たちのところに来た。

 サリアと僕も立ち上がる。


「悪い、待たせたな。どうもこういうのは慣れなくてな」


 その後ろには、ルルビィさんがつかず離れずという距離でついて来ている。

 今、僕たちの疑念を伝えることはできない。


「聖者様って、こういうの慣れてるんじゃないんですか?」


 ダンが話さなくて済むように、受け答えはなるべくサリアと僕でしようと思っていた。

 だけど今のは、自然に出た疑問だった。


「まさか。流行り病のときは感謝の言葉なんて聞く暇もなく次の病人のところに駆けつけないといけない状態だったんだぞ。それに今の俺は存在自体が奇跡だから、一目見たいって人も多くてな。こうやって人々に関心を持たせるためにも俺を復活させたんだよ、あのクソ(ジジイ)


 存在自体が奇跡。

 その言葉に、僕の中の後ろめたい気持ちを思い出す。


「どうかしたか?」


 すぐに僕の様子に気づいた聖者様が、じっと目を見つめてくる。

 他人のことなんて気にしている場合じゃないはずなのに。


「…落ち着いたら、話します」


 今が落ち着いた状況じゃないと言ってしまったようなものだけど、朝食のときの空気を思えば不自然でもないだろう。


「そうか」


 聖者様も特に追及しないで顔を上げる。

 ダンがかなりの長身だからあまり気にならなかったけど、聖者様も僕と目を合わせるときは俯くようになるくらいには背が高いな、と場違いなことを思った。


 僕と同じ、自然の理に反した体。

 自分の意志で聖者という役目を引き受けたとはいえ、あまりに神からの扱いが違う。


 記憶にない親を慕う子どもは、リュラだけじゃない。

 そんな子どもたちを見ていると、父親に対して無関心すぎる僕はどこか感情が欠落しているようにも思っていた。


 今になって感じ始めたこの気持ちは何だろう。

 そうだ、昨夜サリアが言っていた。

 一族が隠し事をしていることが腹立たしいと。多分、それに近い。


 神の子とまでは明かさなくても、もっと早く聖者様に引き合わせてもらえていたら。

 僕も普通には暮らせなくなっていただろうけど、少なくとも聖者様を死なせずには済んだはずだ。


 結果としては、聖者様の死が人々の信仰心を高めて病が消滅したのだから、僕が手伝うよりも多くの人が救われたんだろう。

 だけどそれを「効果的」とする考え方は、地上で生まれ育った僕には受け入れ難い。


「それでは早く出発しましょう」


 待ちきれない様子でルルビィさんが笑顔を見せる。

 この笑顔だって、神を愛したメリアが何か影響を与えているのかもしれない。


 今まで僕は、自分が大事に思っている人以外への関心は薄かった。だけどルルビィさんは何度かリュラに重ね合わせてしまったせいもあって、もう悲しんだり傷ついたりしないで欲しいと、強く感じている。

 もし、僕たちの疑念通りで、メリアのせいでルルビィさんに何か起こったとしたら。


 僕もいつか言うかもしれない。

 「クソ親父」と。

次話「狂喜」、6/16(金)夕方頃に投稿予定です。



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