21.病める魂
「気持ちが変わらない人だっているのよ。おじいちゃんはね、おばあちゃんと結婚したくて助祭になったの。幼馴染みだったのよ」
「ライルのおじいちゃんたち? 遠くから見たけど、仲良しだったよね!」
8歳の頃、教会の祀事で孤児院に出入りする大人が少ない日を見計らって、リュラを村に連れてきたことがある。
あのときは、いつか住むかもしれない村を見てほしいと思っていた。
「…おじいちゃんたちは、母さんに家を継いでほしかったんだよね。母さんはどうして修道女になったの?」
いざ母さんに話を聞こうと思っても、何からどう聞けば分からず、とりあえず話を繋げながら聞いてみた。
「そうね、妹がいれば良かったんだけど。私はずいぶん遅くに生まれた子だったから、期待されていたわよね」
ライン家が珍しいのは、女系というだけじゃない。
一番年下の女子が継ぐことになっている。
長兄継承が当たり前になっている中、この決まりを作った人は相当な天邪鬼だと思う。
「でも、どうしても神に仕えたかったの。一般信徒としてじゃなく、ちゃんと修道誓願もして」
修道誓願をしているのに僕が生まれたことは、本来なら矛盾しているはずなのだ。
「えっと…僕って、どうやって生まれたのかな」
「神に授かったのよ?」
いつも言っているでしょう? という感じで僕を見る。
「子どもはみんな、神が授けてくれたんでしょう?」
リュラも同じような顔で不思議そうにしている。リベルといい、教会の教育だけを受けて育つと妙に純粋になってしまうのか。
さすがにリュラの前で、処女受胎だったのかとは聞きづらい。
「じゃあ…母さんは、どうして僕が言葉が分かるって知ってたわけ?」
「知っていたわけじゃないけど、私もそうだったから分かったのよ」
大したことではないように答えられたが、僕と同じ人は聖者様が初めてだと思っていたのに。
まさか一番身近な人がそうだったなんて、かなりの衝撃だった。
「知っていたのは、魔法が使えるかもしれないということね。ちょうど私と同じ頃に高位の魂を持った人が生まれるはずだから、あなたが魔法を使えるなら引き合わせてもらうことになっていたの」
「それって、誰かに言われたの?」
母さんは瞬きをしてから、微笑んで柔らかい声で答えた。
「神よ」
確かに、6年間の空白を加えれば、母さんと聖者様は同じくらいの年になる。
それならその高位の魂を持った人というのは、聖者様で間違いないだろう。
そして母さんは聖者様と同じく、神の言葉を覚えている。
「母さんには、生まれる前の記憶があるんだね」
「ああ、聖者様にお聞きしたのね。そうよ。私は聖者様のように高位の魂を持っていたわけじゃないけど、覚えているわ」
聖者様は、高位の魂が地上で生きていくのに危険があるからと、それを了承したことを記憶していた。
それなら母さんはなぜ、記憶が残っているんだろう。
「生まれる前って、何があるの?」
僕が考えているうちに、リュラが興味を示した。
「天国で、転生する順番を待つのよ。それまでは自分の子どもや子孫の様子を見守っている人も多かったわ」
「私のお父さんとお母さんも見てくれてるかな?!」
リュラはリベルと違って、ハビックという姓がある。つまり、身元が分かっている。
リュラの両親は火事で亡くなったが、リュラが生きているのはその両親が逃げ遅れてでもシーツでロープを作って、我が子を3階から外の人に託したからだ。
それを聞いて育ったリュラは、記憶になくても両親に愛されていた自信を持てた。
だからなのか、僕を妬まないで接してくれる数少ない子どもの一人だった。
「きっとそうしていると思うわ。こんなに可愛い子を遺して逝ってしまったんだもの」
母さんがリュラの頬を撫でると、記憶にない両親に思いを馳せて満面の笑みを浮かべる。
リュラが1歳で孤児院に来たときにはまだ記憶があり、よちよち歩きで泣きながら両親を探し回るものだから、危なっかしくて目が離せなかった。
それも数日で落ち着いたから、普通の子どもの適応力というのはすごいななんて思っていたのだけど。
「ライラさんも見ていたの?」
「どうかしら…転生するときに前世の記憶は消されるけど、私は何か辛い思いをしたらしいのよね。“病める魂”の一人だったから」
罪も穢れもない魂は、天界に残れるほど位階が高くなければ次の転生を待ち、天使によって送り迎えされる。
だけど、病んだり傷ついたりした魂は、神の御許で癒されると教会で教わった。
「そこで神と会った記憶があるってこと?」
「ええ、お優しい方だったわ。ずっとお側にいたかったけど、魂が癒されれば転生することになるでしょう。今生では魂の位階を上げて、天界に残れるようになりたいと思っているの」
直接会った記憶があるなら、それは教会の教えより具体的になって当然だろう。
それよりも、今の話し方は…
「ライル?」
気がつくと、リュラが心配そうに僕を見ている。
母さんは黙って微笑んだままだ。
「ごめん、考えごとしてた」
「今日はずいぶんといろんなことを聞いてくるのね。聖者様にお会いしたら、いろいろ気になることがあったかしら?」
母さんは、いつか導いてくれる人が現れると言っていた。
それなら、その人と会って僕がどう影響されるのか分かっていたのかもしれない。
「うん…今まで自分のことに無関心だったなって思った」
「そうね…私も、あなたが聞いてこないなら言わなくてもいいと思っていたわ。今生では知らなくても済むことだし」
それでも聞くの? と確認するように母さんの青灰色の瞳がじっと見つめてくる。
僕は母さんとしっかり目を合わせてうなずいた。
そう、あまりにも無関心過ぎた。
疑問を持って母さんの話を聞いていたら、もっと早く気付いていただろう。
「今からライルに話すことは、リュラはもう少し大人になってから聞いてもいいのよ」
母さんがリュラに視線を移して問いかけたが、リュラは首を横に振った。
「一緒に聞きたい」
「僕も。それに大人になったら、こんな話信じてくれないよ」
ベッドに仰向けに倒れこんで、手の甲で額を押さえる。
人外規格だとか言われることにもこれで納得はいくけど、まだ混乱していた。
「あら、すっかり大人不信になっちゃって。でももう、分かっているのね」
「大人だけじゃないよ、僕も頭が固かったから。…母さんはずっと、神の話をするときと『あの方』の話をするときは同じ話し方だったのに」
僕は体を横に向けて、もう一度母さんと目を合わせる。
「僕は、神の子なんだね」
「そうよ」
こともなげに、いつもと変わらない声で返事が返ってきた。
次話「神子」、5/12(金)夕方頃に投稿予定です。
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