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01.プロローグ

挿絵(By みてみん)


 聖者が、死んだ。


 世界で大流行した伝染病により、多くの命が失われた。

 聖教会に認められた聖者サザンは、人々を助けるため各地を渡り歩いて治癒魔法を使い、自らもその病にかかってしまったのだ。

 それでも人々の治癒を優先し、力を使い果たしたときには、聖者以外の治癒魔法では治せないほど病が進行してしまって手遅れだったそうだ。


 それが6年前のこと。


 まだ病が流行中であり、葬儀は聖教会本部である教皇庁で、聖教会幹部と聖者のただ一人の身内のみでひっそりと行われることになっていた。

 しかし教皇庁には、聖者を慕い、感謝する大勢の国民が押し寄せた。


 その最中に、教皇に神託が下されたのだ。


「聖者の功績を称え、この病を地上から消滅させる。聖者は6年間天界で位階を高め、再び地上に帰すことを約束する」


 そして実際、この瞬間に病は消えた。


 死の淵にあった病人たちの突然の回復という奇跡に、聖教会にはさらに多くの人々が集まった。そして教皇への神託を知り、葬儀は大々的に復活を祈る場へと変わった。

 人々は涙を流して神に感謝したのである。



 ***



 公にはされていないが、教皇にはもう一つの神託が下されていた。

 聖者が復活するまでに、聖者の使徒となる3人の人物を見つけ、復活の際には使徒たちで聖者を迎えるようにと。


 その使徒の一人に選ばれたのが、なぜかまだ12歳で孤児院育ちの僕、ライルだ。

 なぜかと言っても、実は心当たりがないわけではない。

 理由は分からないが、僕は普通の人と違う。


 僕は生まれた時から言葉を理解していた。


 ただ、赤ん坊だったので、自分で言葉を話すどころか手足をどう動かしていいのかも最初は分からなかった。

 僕は自分の要望を、泣き声ではなく言葉で伝えたいと思ったが、そんな僕に気付いた母さんは口元に指をあてて微笑んだ。


「周りの子たちを見て真似をしていてね。みんなはまだ言葉が分からないのよ」


 そう、孤児院育ちだが僕には母さんが側にいた。

 母さんは孤児院で子どもたちの世話をする修道女だ。


 そして孤児院には同じ年頃の子どもたちがたくさんいたので、母さんの言うとおり真似をするためのお手本には困らなかった。

 やがて、体の使い方を覚え、両足で立ち、歩くことが出来るようになるのと同じように、僕は自然に“力”も使えるようになった。


 聖者や高位聖職者が使えるという治癒魔法や、母さんも聞いたことがないという不思議な力だ。

 母さん自身は魔法も使えない普通の人だったが、僕が普通でないことは理解していた。

 その理由を教えてくれたことはなかったけれど、僕も特に聞きはしなかった。僕にとっては当たり前のことで、「どうして僕は歩けるの」と聞くようなものだったからだ。


 ただ母さんは、

「いつかあなたを導いてくれる人が現れるから、それまでは人前で力を使わないようにね」

 と、いつものように微笑んでいた。


 僕は優しい母さんが大好きだったが、孤児院に実子の僕がいることは快く思われていなかったようだ。「みんなのお母さん」と慕っている他の子どもたちが、僕が特別扱いされているように感じて不満を訴え出したのだ。


 そして流行り病が消滅し、世間が落ち着いた頃に、僕はおじいちゃんたちに引き取られることになった。



 ***



 こうして辺境の地で暮らしていた僕を、神託に従って見つけ出したのが、聖者のただ一人の弟子であり、婚約者でもあるルルビィさんだ。


 彼女はたった一人で聖者の身内として葬儀に参列し、神託を信じて6年間僕たち使徒を探し続けていた。


 半年前になってようやく最後の一人である僕を見つけ出したときの、彼女の表情は忘れられない。これでようやく役目を果たし、心置きなく聖者様の復活を待てることになったという安堵した顔。


 そんな顔が、あんなに悲しみに満ち溢れることになるなんて思いもしなかった。


 復活した聖者様は、6年間の天界修行ですっかり捻くれていた。

神をクソジジィ呼ばわりした上に、「神の言いなりになる気はない」と宣言するほどに。


 その上、ルルビィさんとの婚約破棄を言い出したのだ。



***



「そんな…婚約者さん、かわいそう…」


 聖者様と初対面した日の夜、僕はとんでもない今日一日の出来事を母さんと幼馴染のリュラに話していた。


 6歳で母さんから引き離されはしたが、僕は転移魔法も使える。

 ほとんど毎晩、こっそりと母さんの部屋を訪れていた。


 おじいちゃんたちは当初、僕がいなくなったことに気付くと慌てたが、いつもひょっこり帰って来ては何事もなかったように振る舞う僕を見て、今ではすっかり放っておいても大丈夫だと慣れてしまっている。


「聖者様にも事情があったんじゃないかしら」


 母さんが、悲しそうにしているリュラの頭を慰めるように撫でる。


「それはそうみたいだけど…あと、僕さ、『愚者』だって。他の2人は『予言者』と『賢者』なのに、僕は称号なしで、あえて呼ぶなら『愚者』だって神に言われたって」

「『愚者』…占いだと、自由人って意味もあったんじゃない?」


 そう言われると返す言葉がない。

 確かにおじいちゃんたちには自由人だと思われているし、母さんの言うことを守ろうとは思うけど、わりと好き勝手にやってしまっている。


 リュラがケガをしたときに治癒魔法を使ったので、彼女は僕の秘密を知っているが、母さんは別に怒ったりしなかった。

 “力”を隠した方がいいというのも、助言程度の言葉で、いつだって母さんは僕に何かを強制したりしない。

 僕が帰って来るときに、リュラを部屋に招き入れることも協力してくれた。


 だって、リュラは僕の大事な婚約者だから。


 聖者様たちのように、教会で正式に誓いを交わしたわけではない。大人から見れば、子どもの無邪気な口約束でしかないだろう。

 だけど僕は本当にリュラが大好きだ。孤児院で一緒に育った、同い年のリュラ。

 小さい頃は母さんから離されたのが嫌でこうして毎晩帰って来ていたけど、今はリュラに会いたい気持ちの方が強い。


 ルルビィさんの悲しそうな顔を思い出し、僕は改めて心に誓った。


 僕は聖者様のようにはならない、絶対にリュラを悲しませるようなことはしないと。


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