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確かアルが探査した時点では、この山には竜種は居ない筈だった。だが、現実には目の前には竜種が居る。アンデッド化しているものの、その身体は紛れもなく竜種だ。
さて、この竜種は理性が有る奴か、それとも無い奴だろうか。それによってアルの対応が違うため、オレとしては理性が有るタイプのアンデッドである事を望む。
『オウ、こんな何も無い所に骸骨が来るとはな。何しに来たんだテメェ等は。それに、そっちの小せえのは何モンだ? 骸骨のガワを被ってるようだが、儂の眼は誤魔化せねぇぞ?』
突如として響いた重低音が効いた重々しい声は、眼の前の竜種が発したものだろうか。怪しい骸骨に対して攻撃せずに誰何してくるという事は、このアンデッドドラゴンは理性が有るタイプなのだろう。それに、アルが見た目だけスケルトンである事も見破っている様子だ。腐っても竜種という事なのか、この竜種が聡明なのかは定かではないが。
「怪しい者じゃない。オレの名前は、トワ。ここへ来たのは、ただの偶然の成り行きだ」
偶然の成り行きって最近もこんな言い回し使った気がする。しかし、そうとしか言いようが無いのだ。まさか、竜種が居るとは思ってもみなかった訳で。オレとしては、火口を観てから次へ行こうとか考えていただけだからな。
『初めまして、アルと申します。確かに私は骸骨兵ではありませんが、これは無用な諍いを起こさないためにしている事ですので余り詮索しない方が身のためですよ?』
アルがオレに倣って自己紹介をしていたと思ったら相手を脅していた。何故脅しに発展したのかは分からないが、既に口から発せられたモノは取り消せない。
あの言を受けて、竜種がキレないかどうかが心配だ。竜種は総じて自尊心が高いらしいからな。『何だこの生意気なスケルトンは!』とか思って手を出して来たらまた面倒な事になる。
いや、アルが負けるとは微塵も考えていないが。
『カッ! ナルホドな? あぁ、まずは挨拶が先だったな。儂の銘は“ルルーナル”という。本当の銘はもっと長いが、知らない奴等に教える訳にはいかねぇんでな。ヨロシクだぜ』
ルルーナルと名乗った竜種。思ったより理性的な奴だな。このオレの考えも大分相手に失礼だと思うが、オレの経験上、竜種ってちょっと挑発すると直ぐキレる、チョロ………扱い易………直情的な奴等ばかりだったからな。腹の中では“殺すぞ”位は思っているのかもしれないが、それをおくびにも出さないのは警戒した方が良い相手なのだろう。
まぁ、実力行使で来られてもアルが捻り潰すだけなんですけどね。
『それで? ここに来たのは、観光だったか? 全くモノ好きな奴等だぜ。ここには特に見るべきものは無いぜ?』
まぁ、そうだろうな。この山、ここに来るまで枯れかけの草木がヒョロヒョロと生えているだけで何も無かったしな。敢えて見るならば、噴火してる様子位だと思って、ここまで来ただけだからな。そして、この竜種と会ったのは全くの偶然。コイツが出てくる気にならなかったら、そのまま立ち去っていただろう。
「一つ聞きたいんだが、一定の標高まで上がると不自然な霧が辺りを覆ったんだが、アレってルルーナルさんがやったのか?」
『………ルルーナル“さん”か。まぁ、いいか。………確かに儂はこの山を霧で覆っとる。日光が苦手なもんでな。寧ろ、スケルトンであるお前等は日光は平気なのか?』
ん? スケルトンは日光が苦手なのか? 初めて知ったなその情報。とりあえず、オレはお天道様の下を大手を振って歩けるので、オレには適用されないとしてだ。ルルーナル氏は日光下だと弱体効果を得るのだろうか。
『もしかしたら、この骸骨竜は死んだ竜種から自然発生したモノではなく、死霊術師によって作られたモノなのかもしれませんね』
アルがコソッとオレに耳打ちする。
アルの口振りから察するに、“旅人”であるオレは自然発生したアンデッド扱いらしい。そして、自然発生したアンデッドは日光は全く問題がなく、対して何者かに作成されたアンデッドは日光弱体を持つという事か。
そして、目の前の竜種は日光弱体を持つ故に、この山ごと霧で覆って日光が直接届かないようにしているという事なのか。………というか、コイツ、溶岩の中に沈んでいたんだし、日光関係なくね?
『儂も一ついいか? そっちの嬢ちゃんは一体何なんだ? さっきから威圧感が半端ねぇんだが?』
アルが何か随分と静かだと思っていたら、竜種を威圧していたらしい。その威圧感に押されて相手はビビってしまっている、と。なるほど?
「アル、擬態解除だ。大きさもな」
『了解しました、お父様』
アルの全身が強く光り輝き、光の塊と化したアルは徐々に大きくなっていく。オレが最初に見た時と同じような大きさになると光が収まっていく。
そこに現れたのは、見た目は巨大な竜種。威圧感をバチバチに放ちルルーナル氏に睨みを効かせている。改めて見ると、確かに見た目は恐ろしいが、中身がアレだしなぁ………とオレは案外平気でいる事が出来た。
『ゲェッ!? 竜王種!?』
アルの真の姿に驚愕したのか、眼窩の火が消え溶岩にズブズブと沈んでいくルルーナル氏。確かにアルは、“見た目は”ヤバい奴だからな。小さいスケルトンの正体を暴いたと思ったら、想定外な奴が出てきた!と思って失神でもしたのかもしれない。
『ちょっと。何勝手に帰ろうとしてるんですか』
一時は沈みかけていたルルーナル氏が、逆再生でもするかのように溶岩上に引き摺り出されていく。
何をしたのかは分からないが、この状態のアルは、いつもの小さい時のような機能制限が無いとか何とか。ルルーナル氏程度なら、わざわざ手を使わなくても意思のみで引き摺り出す事は可能とか恐ろし過ぎる。
「ところで、竜王種って何なんだ? ルルーナル氏が気を失う位ヤバい奴等なのか?」
『私を竜王種程度と勘違いしたのは誠に遺憾ですが。まぁ、そうですね。どの種族でも言える事なのですが、王種というのは、普通の一般種族とは一線を画した存在と言われています。この一般不死竜種が気絶する程度にはヤバいと思われます』
はぁ、なるほど。でも、アルは竜王種に間違えられた事が遺憾と言っていたし、竜王種と生物兵器との実力差は相当隔絶しているんだろうな。
『因みに、私を竜種で換算するとなると、最低でも竜王種数万体分です。星冥竜は、私が百体程度でしょうか?』
へー………。え? 星冥獣ってそんなに強いの? オレの見立てでは、最終的には星冥獣と戦う事になるんだろうなと思っていたけど、その戦力差………無理ゲーでは?




