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じゃあ、これで別れようかと思ったのだが、ベンジャミン氏は途中まで付いてくるという。ベンジャミン氏達が進行しているクエストには無関係だと理解してもらったと思うのだが、監視でもするつもりなのか、疑われているのだろうか。
「そうだ。コレ、受け取って下さい」
そう言って渡してきたのは緑色の石で形造られた木の葉。何だかお高そうな感じがするが、コレは一体何なのだろうか。
「コレはここら一帯のクエストには無関係ですよって証です。各エリア担当者が、トワさん達のようなクエストの事を知らずに入ってきてしまった方々のためにお配りしているものです」
へぇ。コレを付けていれば変な奴に難癖付けられなくなるのだろうか。
「一応、コレを付けている方には過度な干渉は厳禁という紳士協定があるので、一般プレイヤーに対する抑止力にはなると思います」
つまり、知ったこっちゃねぇ!っていう害悪プレイヤーも居るという事だな。まぁ、そういう輩はアルに頑張ってもらうとして、一々職質みたいな事をされずに済むのはいいな。有り難く受け取っておこう。
ベンジャミン氏は紐でオレの肋骨に石を括り付ける。他の者が見て目立つ所に配置するってのは分かるが、何もそんな所に付けなくても。歩く度にブラブラと揺れるから微妙に気になるんだよな。
「あ、着きましたね。ここが、この山の頂上になります」
頂上付近には疎らに木々が生えているため、木々の隙間から周りの風景を見渡す事が出来る。
周囲には緑が生い茂り、中々良い眺めではなかろうか。
先程は細緻な風景画を描いていたアルはどうしているのかと見ると、身体全体でクルクルと周りながらも手先が高速で動いていた。
アルの手元を見たのか、ベンジャミン氏がギョッとしている。そうだよな、それ初めて見たら驚くよな。
「ところで、この山の名前って何ていうんですか?」
「えーと………この山の名前は、まだ決まっていない………いえ、以前の名前はベルツリー山でした」
何だか奥歯に物が挟まったような言い方だな。何だか事情があるようだが、どういうものなのだろうか。
「ん? 以前の? それにまだ決まってないとは?」
「えー、ここら辺もクエストに関わってくるんですよね。勢力争いで勝った方が命名権を得る、みたいな。それで、以前の名前なんですが、これは“角無し”のベルツに因んだ名前でして、それで、いや、ちょっとこの話語ると長くなっちゃうので察してくれると助かります」
ベンジャミン氏が遠い目をしている。まぁ、馴鹿フェイスの表情はほぼ動かないので普通ならば、よく分からないのだろうが、アルの顔で慣らされたというか何というか。
まぁ、なんだ。説明を放棄したくなるような面倒臭い話なんだろうな。山の命名権を奪い合うとか何か他にも面倒臭い事が起きているような予感。
「実は山の命名権だけではなく、ここら一帯のありとあらゆる権利を巡っての争いにいつの間にかなっていてですね。私達も、その範囲が何処まで広がっているのか把握出来ていないんですよね」
ベンジャミン氏が遠い目をしながら目頭を抑えた。この土地を縄張りとしているベンジャミン氏にとっては頭の痛くなるような話なのだろう。しかし、何でまたそんな所を縄張りとして設定してしまったのか。
「トワさんも、このクエストに興味が湧いたら参加してみて下さいね。いつでもお待ちしてますよ」
ベンジャミン氏が死んだような目で勧誘してくる。今までの話の何処に、是非とも参加したくなるような要項が入っていたのだろうか。
ベンジャミン氏はこのクエストをある程度進めてしまったから、船から降りたくても降りられない様だ。それに対する道連れが欲しいのか。こんなクエスト受けるんじゃないぞと教えてくれているのだろうか。
まぁ、一つ言えるとしたら、オレには微塵も興味が無いという事だ。そんな面倒臭い話は他のプレイヤーに押し付けるに限る。
「いや、オレはやる事あるんで………」
ベンジャミン氏の勧誘を素気なく断る。そんな死んだ目をしたくなるようなクエストはお断り致します。