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誰かが倒れている? 行き倒れか? おかしいな。海の面倒事から逃げて来た筈なのに、また面倒事の予感がするぞ。
アルが指差す先はちょっとした崖。落ちたら死ぬ訳ではないが、骨折はするだろうねっていう高さだ。そこに何やらヒトっぽいモノが倒れている。
『微弱ですが、生命反応があります。生命符牒から察するに“旅人”かと思われます』
なるほど。“旅人”か。
………よし。無視しよう。いやぁ、足を滑らせて転落してやるせなくなってログアウトしたとかそんな感じなんだろう。多分。オレもそんな感じな事に陥った事があったような気がするから、気持ちは分かるよ。うん。
「見なかった事にしよう」
『了解しました、お父様』
アルはオレの心中を察したのかは知らないが、オレの非情とも思われる発言には特に反対意見もなく頷いた。
あの倒れているモノがNPCだったなら、助けるかもしれないけど、“旅人”ならどうでもいいな。生命反応がある? オレの知った事では無い。それに、動かないのならログアウトしてる率が高いし、身動気が取れないのだとしてもそのうち死に戻りするだろう。つまり、アレは放っておいても大丈夫。そういう事にした。
「まぁ、アレは放っておいて、何処か休憩出来る場所を探そう」
標高がいくつあるのかは知らないが、雪が積もっているのを見ると、それなりの高さがあるのだろう。
何処かに標高が書かれた標識でもあれば分かるんだが、そもそも、こういう山の高さを調べたプレイヤーなりNPCなりが存在するのか怪しい。
ダーマ氏が山小屋を運営している事や、整備された登山道がある事から、登山者はそれなりに居るのだろうが、果たしてモノ好きな類の奴は居るのだろうか。
そうこうしている内に、アルがちょうど良さげな場所を見つけてくれた。大きめな岩場の陰になっており、強い風が通らない場所だ。
エンデス山の山頂はそれなりに高い標高で岩場が多いため、強い風が吹き抜ける場所であり、ふと気を抜くと体重の軽い骸骨兵では吹き飛ばされる可能性がある。
まぁ、岩場の陰という事でスペースは余り広くはないのだが、落ち着いて座れるだけマシとしよう。
いつもの如くアルを膝の上に載せ、マップを開く。ここまでの道と、ここからの道を確認するためだ。登っている最中に適宜マップに書き込みをしていたが、それを纏める作業だ。時間把握は出来ていないので、どれだけの時間が掛かったかは記入出来ないが、概ねの情報は記載出来たように思う。………流石にこれはダーマ氏には売れないな。ダーマ氏の方が詳細なマップ情報を持っているだろうしな。
さて、エンデス山頂からエンデス山脈を縦走するためには、どのルートを取ればいいのだろうか。まぁ、尾根に沿って行けばいいのだろうが、生憎ここからのマップ情報は無い。
まぁ、行けば分かるか。今までもそうしてきたし。
そういえば、エンデス山脈は北東へと伸びているらしい。つまり、このエンデス山脈を縦走していけば、もしかしたら例のピラミッドやヒルトロール廃村へと繋がる道があるかもしれない。まぁ、もしあったとしても行くかどうかはその時の気分次第だが。
「今後の方針だが、このエンデス山脈の先へと縦走していく予定だ。が、道がさっぱり分からんので、適当に進む。はっきりとした目的も特には無いので、アルは自分で目標を決めるように」
アルはオレに付いて来るしか選択肢が無いので、アル自身の楽しみは本人に見出してもらう感じで。投げっぱなしとも言うが、まぁ、ホントに予定とか無いので。
『了解しました、お父様』
「ところで、それ何やってるんだ?」
アルは手元で何かゴソゴソとしている。オレの視界からはアルの後頭部しか見えなかったので、オレの膝の上に載ってから何をしているか気になってたんだよね。
アルは手に持っていた物をオレに見えるように掲げてくる。それは、半透明な………写真?
『先程見た景色を忘れないように描き止めていました』
アルが手にしていたのは、景色をそのまま映し出したかのような精巧な絵だった。
手先が器用というか何というか。アルにはこういう才能? 機能? が有ったようだな。
半透明な物体はアルの鱗を変容させた物らしい。それを引っ掻き、線だけで緻密な風景を描いたようだ。
アルは大丈夫かな? つまんなくないかな? と思っていたが、これを見るに大丈夫そうだな。
少し休憩したら先へと進む事にしよう。