73
暫くすると、先程と同じようにスポンとカーサ博士が装置の中から飛び出て来た。
『待たせたね。君が言う処の蜘蛛怪人の認識機能をちょいと弄ってきたよ。これで、君達を敵視しなくなる筈だ』
「あぁ、感謝する。ところで、ここってリスポーン登録とか出来たりしないか?」
ダンジョン扱いとはいえ、蜘蛛怪人氏に敵視されないのならば、最下層は安全地帯みたいなモンだろう。ちょっと空気が猛毒なだけで。
『リスポーン登録?………あぁ、旅人がこの世界に接続するための重石の事か。出来ない事は無いが、君、またここへ来るつもりなのかい?』
「気が向いた時に来るかもな。それに、アルの里帰り?もここだろうし」
どうやらリスポーン登録が出来るようだし、適当な理由をでっち上げる。本当に来るかどうかは置いておいて、リスポーン地点が増える事に意味があるのだ。
『まぁ、いいか。ただ、この場所自体に設定出来る訳じゃないんだ。その登録設定は僕に紐付く。まぁ、僕はここから動くつもりはないし、それでいいかい?』
「あぁ、それでいい。来るかどうかは分からんけどな」
やったぁ。これで、ふと気が向いた時にTYPE_Sの面を拝みに来れるぞ。実際、そんな気分にはならないだろうけど。
「じゃあ、オレ達はこれで」
『あぁ、もう二度と来ないでくれると嬉しいな』
カーサ博士にガン付けているアルの手を引きながら多脚戦車に乗り込む。いつも通りアルを膝の上に乗せ、カーサ博士の元を後にした。
さて、本当に蜘蛛怪人氏の敵意が無くなっていれば何事もなく戻れるだろうが、どうなんだろうな。
まぁ、実際、あの場面で嘘を吐く必要性は無い。蜘蛛怪人氏も多脚戦車も高が知れているし、嘘が知れた途端に蜻蛉返りしてもいい。アルに唯一勝てると思われるTYPE_S_02だが、アレの統制管ではないカーサ博士はアルを止める手立てを持たないだろう。
まぁ、少なくともこの軍事施設を出るまでは安全なんじゃないですかね。再度ここに飛んで来た場合は知らない。
軽い緊張感を懐きつつ、蜘蛛怪人氏達の群れの脇を抜ける。蜘蛛怪人氏は微動だにせず、オレ達が通り過ぎるのを待っているようだ。
『あの骸獣モドキの認識機能を弄ったというのは本当のようですね。今の処は』
「まぁ、ここでオレ達を襲わせるメリットはほぼ無いしなぁ。警戒はするけど、ピリ付く必要は無いんじゃないか?」
アルはカーサ博士に会ってから、何故か知らないがピリピリしている。アルが言っていたように、上層部からの命令を無視しているカーサ博士の事が気に入らないのか。
巨大ゲートを潜り抜け、エレベーターシャフトに入る。行きでバラバラに壊した戦車達はいつの間にか綺麗に片付けられている。蜘蛛怪人氏やらが片付けたんだろうか。
この多脚戦車は浮く事は出来るが、飛ぶ事は出来ない。ワイヤーを引っ掛けて上へ行こうにも、目的地が高すぎる。よって、いつかのようにアルに下から支えて貰いながら上まで飛んでいく事になった。
アルが元の大きさに戻れたら、さっさと上まで着くんだけどな。
『お父様はこれからどうなさるのですか?』
「どう、と言われてもなぁ。適当にその辺をぶらついていたら、ここに辿り着いたってのは本当だし、特に目的も無いんだよ。何しようかな」
『それでしたら、私に提案があります。この基地を出たら、元の姿に戻るので基地毎奴を焼き払いましょう。それで、今後の憂いはなくなります』
「却下」
やはり、精神性が幼い影響なのか、兵器という特性のせいなのか、アルの提案は大体が物騒だ。何故そこまで、カーサ博士を嫌悪しているのか、それが分からない。
『簡単ですよ。カーサ博士と名乗るアレは骸獣です。何をどうしてあの形になっているのかはわかりませんが、臭いは誤魔化せません。………ただ、彼女は嘘は吐いていませんでした』
嘘を吐いていないって事は、少なくとも星冥獣を討滅するための研究も、蜘蛛怪人氏製造の止め方を研究しているのも嘘ではないのだろう。まぁ、オレ的にはどうでもいいんだが。
『私は兵器であり、その兵器の至上命令は骸獣の殲滅です。でも、骸獣の臭いのする不審者や骸獣モドキを前にしてどうすれば良かったのか分かりません』
アル的にはさっさと不審な奴等を滅したかったんだろうが、オレがそれを良しとはしなかったから混乱しているようだ。
アルはただの兵器であるため、力の方向性を自身で決められる立場ではなく、あくまでも統制管の指示に従うしかない。なまじ理性や自我がある分、自身の至上命令とオレの命令に板挟み二なってどうしようもなかったのだろう。
まぁ、過負荷を起こして暴走しなくてよかった。そこらへんは褒めておくか。
「オレは平和主義なんだ。余り暴力で解決するのは良くないと思っている」
ただ単に、オレ自身が暴力で解決出来る程の力を持っている訳ではないだけなんだが。全ては、このスケルトンボディが悪いのだ。種族特性で勝手に付いてくる打撃弱体さえ無ければ………。
*******
カーサ博士が言った事は本当だったようで、道中、全く邪魔される事なく地下十七階へと辿り着いた。蜘蛛怪人氏の動向を気にしなくて良いというのは、とても大きかった。さて、後はあの下半身がキモい事になっている蜘蛛怪人氏の脇をすり抜けて上に登るだけだな。
『お父様? あの骸獣モドキ、こっちを睨んでませんか?』
例の蜘蛛怪人氏が警備している部屋に入った際、気配に気付いたのか、こちら振り返る蜘蛛怪人氏。
おかしいな? 今までの奴等はオレ達が近付いても視線すら寄越さなかったのに。
『■■■■■■■──ッ!!』
単眼を血走らせた蜘蛛怪人氏が襲い掛かって来る。ここまで来てあの言葉を反故にするとかあるのか? それとも、コイツは例外? 脚が生っぽいし、カーサ博士が施したという認識機能が上手く作動していないのかもしれない。
「アル、やっておしまいなさい」
『了解です!』
アルは勇んで一歩を踏み出し、蜘蛛怪人氏の元へ駆ける。いつか見たように蜘蛛怪人氏の手前で止まりアッパーカット。それを受ける直前に蜘蛛怪人氏は文字通り爆散した。
「は?」
超至近距離で爆風を喰らったアルがオレの方へと飛ばされてくる。オレにはそれを避けるような素早さはなく、そのままアルがオレに直撃。ついでに爆風がオレを包み込みオレは死んだ。




