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そんな訳で、ロドリック氏に変質魔法を掛ける事が決まった。ただ、水中に適応するように変質させるためには、海中に入ってからの方が良いだろう。
「うん? もういいのか? もう少しくらいは遅らせられるぞ?」
ヨシダ氏によれば、この舟の行き先は海底だと言う。海底に着くまでは何が有っても辿り着くが、乗っている乗客はその限りではないとか。つまり、この小舟にしがみついていれば、自動的に海底に辿り着ける。わざわざ泳ぐ必要もなく、しっかりとした足場が存在するという事だ。
「おう。そろそろ沈むぞ」
ヨシダ氏の言葉と共に、突如として浸水し海へと沈んでいく小舟。今迄、どれだけ風が吹き付けても、高波に晒されても一滴も内部に浸水してこなかったから、これは不思議な光景だ。………いや、不思議度合いで言ったら、何をやっても浸水しない方が不思議か。
「うわっ。トワさん、だ、大丈ゴボガボ」
ロドリック氏の言いたい事は分かる。いきなり水中に没するのは割と恐怖体験だよな。先に備えていたとしても、水中で呼吸が出来ない以上、根源的な恐怖は拭いきれないだろう。
という訳で、ロドリック氏が溺死する前にさっさとやらないとな。
オレはロドリック氏の腕を掴み、変質魔法を発動させる。対象物に触れなくても使えるが、何となくそうした方が良い気がしたので。
オレが掴んだ場所から淡い光が発され、徐々にロドリック氏の身体全体を覆っていく。その様子にロドリック氏は目を剥いたようにしているが、暴れるような真似はしなかった。こちらを見る目が若干険がある気がするが、見なかった事にしよう。
みるみる内に光が広がり、ロドリック氏の全身を包み込む。その様子を他の面子は呆然と見ている。
光が一際大きく瞬き、消失する。そこには竜人族であるロドリック氏の姿は無く………いや、何処行った? もしかして、失敗して死に戻ったとか?
『いえ、成功?ですよ。少なくとも、私は鰓呼吸出来るようになったようですし』
ロドリック氏の声が何処かから聞こえる。姿は見えないが、声の大きさ的に近くに居るのだとは思うが何処に居るのかは分からない。
と思っていたら、腕が勝手に持ち上がる。オレの意思で動かしている訳ではないので、TYPE_R_03がオレの意思を無視して動かしているのだろう。
その腕には変な木の枝のようなモノが巻き付いていた。大きさは、精々手のひら大といったところか。大分小さいな。………消えたロドリック氏、何処か近くからする声。もしかして、この変な奴がロドリック氏では?
「それはタツノオトシゴですね。とある星の龍種に似ているからその名が付いたとか言われているらしいですが、分類は魚類です。………もしかして、ロドリックさんですか?』
ゾンビーフ氏がこの奇妙な奴の解説をする。別の星の魚類の知識とか、彼は何処から手に入れたんだ?
『タツノオトシゴか。なるほど。龍になれなかった私が紛い物でも龍になれたとはね。まぁ、流石に別種族になった影響か、技能が軒並みグレーアウトしているよ。それに、この身体は竜人族よりも華奢なようだね。………ところで、これってどうすれば元に戻るんです?」
今迄通りなら、死ねば戻りますよ。ん? という事は、“南ノ島”とやらに着く前にロドリック氏が死んでしまったら変質魔法を掛け直す事になるのか?
このタツノオトシゴとやらは竜人族よりも弱いみたいだし、戦闘面では頼りない存在になってしまったのだろうか。
「うーん。よく分からないな。ただ、私が前線で戦う際に修めた武技関連の技能は使えないから、戦闘の幅的には大幅弱体と言ってもいいだろう。でも、レベルはそのままだし、能力値を見るとそこそこ硬いようだ。単に役割が変わっただけのような気もしないでもないかな」
適当に敵っぽいのを釣って来て、現在のロドリック氏のスペックチェックでもするべきだろうか? いや、万が一、その際に死んでしまったら元も子もない。当分は戦闘が発生した場合は、ゾンビーフ氏とツィルディエンデ氏に頑張ってもらおう。オレ? 非戦闘員ですよ。
このやり取りの間も、舟は海底まで一直線に沈んでおり、同船しているヨシダ氏はオレ達の会話を素知らぬ顔で無視している。
契約書の中には、案内人であるヨシダ氏は乗客の会話内容や私的な事については一切を口外しないという旨が記されていた。それが破られ乗客に不利益が生じた場合、違約金を本人もしくは“海の呼び声”が払うとも書かれていた。
そのため、オレの変質魔法やロドリック氏の能力値などについては、まるっと聞いていないフリをしているようだ。
まぁ、ヨシダ氏や“海の呼び声”の連中が、契約書での事について何処まで守るのかは不明だが、ここで開示したたしてもそこまで酷いことにはならないだろう。それに、これらの事は別に隠している訳でもないしな。
何故更新が遅いのか。それは、今後の展開を全く思い付いていないからなんですよねぇ…




