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「え? 南の島に行っての休暇じゃないんスか?」
いや、全くそんな予定とか考えてないぞ。まぁ、予定は未定だったから、ツィルディエンデ氏が言うようなバカンスでもいいけれど………そんな南の島なんて心当たりないぞ?
「あれ? トワっちは“南の島”は知らないんスか? 一時期、俺っちの周りでは話題になっていたッスが」
ツィルディエンデ氏の身内での話ならオレが知っている訳なくね?
「私は話を聞いた事だけならばありますねぇ。何でも、空飛ぶクジラに乗って行く“南の島”ツアーが人気だったとかで、旅人や住人問わず行っていたらしいですよ。ただ、最近は、その空飛ぶクジラ自体を見なくなって、次第に廃れていったらしいですが」
「私も話だけだね。その頃は、そういったバカンスよりも最前線攻略に重きを置いていたから………。私の周りの“攻略組”と呼ばれるヒト達は、私と同じような感じかな」
ゾンビーフ氏も例の島の件を知っていたようだ。………空飛ぶクジラ? 不味いぞ。心当たりしかない。
「そうなんスよねー。俺っちも一度は行ってみたいとは思っていたスけど、仕事が忙しくて。そういえば、リーダーに聞いたスけど、あの空飛ぶクジラって何処かの旅人の個人所有だったらしいスよ。だから、空飛ぶクジラを見なくなった理由って、その旅人がログインしなくなったからじゃないかと囁かれているらしいッス」
個人所有の空飛ぶクジラか………。いや、個人所有と言っていいのか? まぁ、空飛ぶクジラの実質的な支配者はパピ•ヨン様氏だから、個人所有と言えなくもないか。
しかし、その空飛ぶクジラこと、TYPE_Z_03はTYPE_R_03が完膚なきまでに叩き殺して、その背に乗っている住人ごと地に落とした訳だが。
パピ•ヨン様氏は、エオルファンを利用してヒトの大規模移送をしていたみたいだったな。ヒラメ氏が言っていたように海底都市付近にも行っていたみたいだし、例の“南の島”にも寄っていたとしても不思議ではないだろう。
空飛ぶクジラによる、“南の島”観光ツアーが出来なくなった原因はオレにあるのだが、流石にここで話す事でもないだろう。
それに、何処からか話が漏れてパピ•ヨン様氏に伝わる事が一番不味い。相手は高額賞金が未だに掛けられているお尋ね者だ。それ相応のヤバい事をしでかした証だが、その魔の手がオレに伸びて来ないとは限らない。TYPE機が居るから平気とか、そういう話じゃないんだ。
「ところで、その島の場所を知っている訳ではないんですか?」
「あー、俺っちも話を聞いただけスから、何処にあるのかまでは知らないんスよ。行った事がある旅人を探して場所を聞いてみるってのが一番確実じゃないスかね」
その“南の島”を訪れた事のある旅人を探す事の方が大変じゃないか? まぁ、万が一見付けられたら地図情報を買い取ればいいってのはあるが。
エオルファンの利用者を探す方が手っ取り早いか?
海底都市周辺にはエオルファンが周回していた事もあって、知っているヒトが多そうな気がするな。それに、“海の呼び声”のあの面子が“南の島”を知っているかもしれないし、話を聞きに行くのも良いかもしれない。海底都市へ行くためには、どうせ南下しなけりゃならんし。
「海底都市? 確かにあそこは南にありますが、そこには行かないんじゃありませんでしたっけ?」
確かにゾンビーフ氏には海底都市には行かないとは言ったが、目的は海底都市に居る“海の呼び声”だからな。
「なるほど。空飛ぶクジラは海底都市周辺にも行っていたとは聞いた事があります。確かに、海底都市に居る方々ならば“南の島”について知っているヒトもいらっしゃるかもしれませんね。………問題は、我々が海底に適応出来るかですが」
オレは問題ないぞ。耐性技能を持っているし、不死者故に呼吸が必要ない。
ゾンビーフ氏もツィルディエンデ氏も不死者だから、オレと同じような感じだろう。ツィルディエンデ氏に至っては水圧すら関係なさそう。
問題は、生者であるロドリック氏だ。
ロドリックは元“勇者”であり、休暇中の身ではあるが最前線クラスの高レベル旅人だ。海底都市には行った事はなさそうだが、有用な技能の一個か二個は持っているだろう。多分。
「なるほど? 海底都市へ行くためには、最低でも水圧と酸素をどうにかしなければならないと? うーん。数分間なら無呼吸でも行動出来るけど、無酸素状態がずっと続くのは、流石に少し厳しいかもしれないな」
竜………蜥蜴なんだし、肺呼吸じゃなくて鰓呼吸にでもなれませんかね。水辺に住む蜥蜴とか居るし、出来ない事は無いのでは。
「水辺に住む蜥蜴は、棲息域は地上ですし普通に肺呼吸ですよ」
そうスか。じゃあ、ロドリック氏とはここまでって事で。
後は………オレが変質魔法を掛けてみるとか? 成功するかは分からんが、水中で掛けたら鰓が生えてくるとか無い?
「あー、一応心当たりが無いって訳でもないんですが。とある魔法を掛ければもしかしたら………なんですけど、高レベルの旅人に成功するかどうかが未知数なんですよね」
「なるほど。対象に掛けるモノで成功率があるという事は、魔法というよりも呪いの方かな。何を使うのかは知らないけど、“元勇者”であった私に効くようなモノなのかな? これは、自惚れではなくね」
変質魔法のレベルが低いのもあるが、オレのレベルがロドリック氏とどれ程離れているかにもよるのだ。ロドリック氏に抵抗されるのはいいが、より悪い方に失敗してしまった場合、色々と不味い。
「まぁ、このまま海底都市に向かうとしても、トワさんの心当たりに頼り切りになるよりは、各々で対策を考えた方がいいでしょうね。………ところで、“南の島”に向かうという事でいいんですか?」
まぁ、特に行きたい場所も無かったし、そんな時にツィルディエンデ氏が目的地候補を提示してくれたのは正直有り難かった。オレの場合だと、とりあえず南極にでも行ってみるかになるからな。
という訳で、全員で“南の島”に向かう事になった。その途中で海底都市に行って、“南の島”の場所の聞き込みだ。
これは他のモノには言っていない事だが、態々海底都市に向かい、“南の島”に行った事のあるヒトを探すという迂遠な方法よりも、もっと簡単な方法がある。確実に場所を知っているであろう、パピ•ヨン様氏に話を聞く事だ。
但し、この択を取る事は無い。もう一度、あそこに戻るのが怖いってのもあるし、パピ•ヨン様氏をロドリック氏に会わせた場合、何かが起こる気がする。
オレはよく知らないが、パピ•ヨン様氏は旅人の間ではかなり有名人らしい。超高額な懸賞金から分かる通りの凶悪犯という点と、数多くの配下を支配している点だ。
ツィルディエンデ氏も中々ヤバい所に所属しているらしいが、パピ•ヨン様氏の場合は一介の一旅人が過剰な兵力を持っている事が問題視されているらしい。加えて、旧イッカクが落ちた時に、漁夫の利を得ようと街跡に押し掛け、生き残った住人を虐殺したのが拍車を掛ける。
パピ•ヨン様氏が居る場所は恐らくあの時から変わってはいないだろうが、会いに行く事は今後も無いだろう。
パピ•ヨン様氏の事はとりあえず置いておくとしよう。恐らく今後、こちらから関わりを持つような動きはしないと思うし。




