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ヒルデ氏の話が本当ならば、コイツ等は生きて島周辺から出る事が物理的に不可能なため、まだ無害な連中なのかもしれない。シルクスス氏みたいに他の街を襲うなんて事も出来そうにないしな。………ここに他の厄ネタが無い限りは、だが。
「オレ達の前に旅人が来たらしいですけど、そいつってまだ居るんです?」
サギハン氏は二日続けて旅人が来たと言っていた。その旅人は何者で、何を目的にここへ来たのか気になるな。この島の吸血鬼が骸獣関連の種族だと知っていたとしたら余計にヤバい奴だろう。
「あぁ、“勇者様”の事ね。先日“勇者”を解任されたらしいけど………。そのせいかは私には分からないけど、自身を見詰め直す旅をしているらしいね。この街の様子を見て回りたいそうで、今は若い娘達が案内している筈。私も寝坊さえしなければ………ゴホン。ところで、このタイミングで来たという事は、アナタ達は勇者様の従者? それとも信奉者?」
いえ、全く無関係の他人です。
しかし、この島に来たのは“勇者”か。“勇者”と聞いて思い出されるのはイッカク防衛戦の自称勇者サン達だが、あの内のどれかなのか、それとも本物の勇者なのか。………本物勇者の名前何だっけ? まぁ、今は思い出せなくてもいいか。
オレ的には勇者よりもこの島の状況を知りたい。例えば、この島周辺は何故年中極夜なのかについてとか。ついでに、何処かにログアウトしても良い場所は無いだろうか。
「極夜? あぁ、この島の状態を極夜って言うのね? 私が知ってる訳ないでしょ。でも、島には私よりも歳上の吸血種が居るから、それに聞いてみたらいいんじゃない? 泊まる場所? 何処にも行き場が無いなら、部屋貸すよ? 不死者と歩く岩と妖精に睡眠が必要かは知らないけど」
ヒルデ氏の家に泊めてくれるらしい。まぁ、確かにオレ達に睡眠は必要無い。ただし、ログアウト出来る場所は必要だ。オレには“死んだふり”があるので、何処でもログアウト出来るんだが、ラクガン氏は違うだろう。………ただ、本体から切り離された端末とはいえ結構な重量を誇るラクガン氏の抜け殻をどうにか出来る奴は早々居ないとは思うが。
もしかしたら、別の所をログアウト場所にするかもしれないが、ヒルデ氏の一室を貸して貰う事になった。後でエレイン氏も連れて来なくてはな。
ヒルデ氏から島の観光許可を取ったので、あちこちを巡ってみようという事になった。ついでに、件の勇者は街の中心付近に居るだろうとの事だ。ヒルデ氏曰く、“あの”勇者は比較的若い世代の女子に人気であり、サービス精神も旺盛なため、街の中心区域に居るだろうとの事だ。
『ところで、“勇者”とは何なのでしょうか? 旅人の職業ですか?』
長らく喋っていなかったラクガン氏が口を開く。ラクガン氏が喋れない体をとっている理由は不明だが、もしかしたら吸血鬼との窓口をオレに絞るつもりなのかもしれない。
「何処かの国の王様が設定した称号らしいですよ。“勇者”の称号を得ると能力値が大幅に上昇するみたいで、それを巡って自称勇者達が骨肉の争いを日夜繰り広げているとか。………まぁ、“勇者”に就任するためには幾つかの制約があるみたいですが」
戦闘時の視聴者に対する強制的な配信とかな。何でも、人々の応援を糧に“勇者”は強化される云々。こんな僻地でも勇者の顔と名前が知られているようだし、それを観る事が出来る地域は割と多いのかもしれない。
そうこうしている内に、街の中心部らしい所まで来た。その一角に何だか人集りが出来ている。時折黄色い歓声が聞こえてくるから、恐らくアレがそうなんだろう。
「どうやら、アレが例の“勇者”みたいですが………。どうします? 声でも掛けます?」
『住民への対応に忙しそうですし、止めておきますか』
「モガー」
何だか面倒臭そうだし、とりあえず勇者は後回しにする事にした。
「おっと。ボクのファンかい? 最果ての地の方々に留まらず、こんな所まで来てくれるヒトも居るとはね」
しかし、“勇者”からは逃げられなかった。
「すまない。どうやら、ボクの仲間からの遣いが来たようでね。続きはまた後でにしようか」
竜人族の勇者は自身を取り囲むヒト達に言い、早々に抜け出して来た。引き止める声もあったが華麗に躱していく。
「さて、お互い色々と言いたい事があると思うけど、一先ずヒルデさんの家に行かないかい? そこでなら、ある程度融通は利くし内緒話も比較的しやすいしね」
勇者はオレの腕を掴むと強引に引っ張っていく。
おい、ちゃんと着いていくから無理矢理引っ張っるな。腕がもげる。
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「いやぁ、すまないね。こんな僻地でも“勇者”人気は高いようでね。ボクもあんな歓迎を受けるとは思ってもいなかったから、キミ達が来てくれて丁度良かったよ。いや、彼等が“元”勇者のボクを歓迎してくれるのは勿論嬉しい事なんだけど、前線のいざこざから離れてゆっくりしようと来たのに、何処へ行ってもファンに囲まれるのは、ね」
今“元勇者”って言ったか? 名前は未だに思い出せないが、確かコイツは三代目勇者とかだった気がする。旅人が“勇者”の称号を得たという話を聞いたのは、そんなに前の事ではない。それが代替わりしたという事か。………そういえば、“勇者”の代替わりの条件って何なんだ?
「あー、ところで、アンタは誰なんだ?
すまないが、オレ達は時勢に疎くてな。そもそも、勇者ってのが何なのかも知らないし、それで“元”勇者? その“元”勇者のアンタは何だってこんな所に?」
オレは勇者とは会っていないという事になっている。まぁ、オレが一方的に知っているだけだからな。まさか、イッカク防衛戦の時に上から覗いていましたとは絶対に言えない。
ラクガン氏は森の奥地で長らくログアウトしていたようだし、コイツの事を知っているとは思えない。
「おっと。これは失礼。何処へ行っても『勇者様』と言われるから、自分が世界的有名人だと勘違いするところだったよ。住民達への認知度は比較的高いけど、旅人の認知度は微妙なんだった。では、改めて自己紹介しよう。私の名前はロドリック。竜人族のロドリックだ。エウリパヌスの現国王の命において、“三代目勇者”の称号を戴いた“元”勇者だ」
あー、そういえば、そういう名前だったな。ところで、一人称崩れてるけど大丈夫か。
「“勇者”は視聴者から求められる役割を演じる必要があるからね。まぁ、私の場合はゲームの最前線を押し進めるという役割に相応しいRPってのもあって、あの口調だったんだ。今の私は勇者ではないが、やはり支援者の期待を裏切れないしね」
なるほど。イッカク防衛戦の時も思ったが、勇者にも色々あるようだな。視聴者の人気を集めなければならないようだし、規範から外れた行動は軽々に取れないとか何とか。
『三代目との事ですが、貴女の前と後の勇者の事を聞いても?』
「ん? 今のは何処から………あぁ、キミか。てっきりまだ喋る機能を獲得していないのかと思っていたよ。それで、歴代勇者の事だけど、大雑把に役割を話す事にするよ。まず、初代は“正統派勇者”、二代目は“近所の頼れるお兄さん的勇者”、三代目はボクの“爽やか王子様系勇者”、四代目は“俺様系ツンデレ勇者”といったところかな。四代目のツンデレも私と同じく旅人だけど、初代と二代目は住民だよ」
歴代勇者の性質は、世間の需要にある程度合わせて与えられるらしいが、初代はいいとしても二代目からの訳分からんのは何なんだ。
視聴者からの期待に合わせて演じなければならない“勇者”も大概大変だな。
ロドリック氏が何故“勇者”という役から降ろされたのかは分からないが、何か重大なミスでもやらかしたのだろう。例えば、イッカク防衛戦の時に思うような戦果を得られなかったとか。………もしかして、オレのせいか?
「因みに、四代目のツンデレは演技じゃなくて、素だよ。可愛いよね」
よく分からんけど、素でやっている事が固定されて、今後もそれを求められ続けるってのも中々の地獄なのではなかろうか。
四代目勇者は、363で三代目に助けられた自称勇者。




