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「あら? 二日続けて旅人のお客様なんて珍しい事もあったものね?」
そうオレ達に声を掛けてきたのは、陸に魚の尾で直立する人魚だった。
突然声を掛けてきた相手に対して、ざわりと殺気が増した気がする。オレやラクガン氏ではなく、これはエレイン氏か。
まぁ、陸に居る人魚という違和感満載な奴だから不信感が増すのも分かるが、エレイン氏的には同種族じゃないか。あまり剣呑にする必要は無いんじゃなかろうか。
「散歩に行こうかと思っていたけれど、お客様が来たのなら話は別だわ。貴方達、街に案内するから着いて来て貰っていいかしら?」
現地民らしき人魚に案内して貰えるようだ。それは面倒が無くて良い。まぁ、それは兎も角。
「その前に、その街はどういう街なんだ? 見ての通りオレは不死者だし、こっちもヒト族じゃないが大丈夫か?」
普段ならこんな事は言わないが、少しでも良いので情報が欲しい。人魚が受け入れられているのならば、種族的に寛容なんだとは思うが。
「来る者拒まず去る者追わず、の精神でやっているらしいからきっと大丈夫よ。………あぁでも、生物兵器は対象外とか言っていたような………。まぁ、こんな幻想的な世界でそんな種族居る訳無いのにねぇ」
生物兵器は出禁………。随分とピンポイントな指定だな………。これは、つまりそういう事なんだろうな。
人魚は踵を返し、ピョンピョンと跳ねながら逆方向へと進んでいく。今更な話だが、あの魚の尾では陸地で直立して跳ねる事が出来るとは思えないんだが、どうなって………。いや、これは無粋か。
道すがら人魚から色々と話をする。………向こうが一方的に話し掛けてくるから相手をせざるを得ないだけだが。
人魚の話相手をするのは専らオレだ。ラクガン氏は会話機能が死んだのかと思うほど黙りを決め込んでいるし、小妖精は喋れないようにしている。
この人魚の名前は、サギハン。旅人であり、“海の呼び声”というクランに加入しているらしい。
「“海の呼び声”って事は、カイエンさんやヒラメさんが居る所ですよね? 彼等の本拠地はもっと南の筈ですが、どうしてこんな所に?」
「カイエン? あー、久しぶりに聞いたわ、その名前。まさかこんな所でそれを知っている人が居るとはね。ヒラメという人は知らないけど。それと、知っているとは思うけど、海の呼び声ってかなり緩い組織なのよ。だから、アタシみたいなのがこんな所に居ても問題ないのよね。彼等と別行動する理由? そうね。音楽性の違い………って奴かしらね」
音楽性の違い? どういう意味だ?
サギハン氏はこれについてはそれ以上何も言うつもりは無いように口を閉ざした。
「ところで、アナタ達はどうしてここへ来たのかしら? 陸路は反対側だし、海路で来たんでしょう? 海路でここへ来る事は結構中々大変よ?」
どうして? そんなモン、観光目的以外に無いが? 強いて言えば、北極ってどんな感じになっているのか気になっただけで、全く他意は無い。
ところで、その言い方だと海路以外の道があるようだが、そんなものあったのか。てっきり孤島とばかり思っていたが、他の大陸と繋がっていたとはな。
「殆ど海に沈んでいるけど、僅かに他の大陸と繋がっているわ。潮の満ち引きが微妙だから干潮でもほんの少ししか道が出ないけれど。………しかし、観光ねぇ。ちょっと前に来たヒトは自分探しの旅とか言ってたけど。まぁ、確かに何か明確な目的が有って、こんな所に来るヒトの方が稀よね」
その言い方だと、サギハン氏は何らかの目的が有って“こんな所”まで来たようだな。その目的についてを尋ねていいのだろうか。
「私の目的? それは勿論、ヒ・ミ・ツよ?」
まぁ、その回答は知っていたけど。散々匂わせておいて、結局話さないってのは定番だからな。
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程なくして、サギハン氏が案内する街へと辿り着いた。オレの時間感覚は微妙なので本当は結構時間が経っていたかもしれないが、TYPE_R_03が居ないので何とも言えない。
「ここが大体、この島の中心地の街よ。街というか国というか。まぁ、そこら辺はよく分からないけど。とりあえず、外から来たヒトはこの街の偉いヒトに面通ししないといけないから、もう少し着いて来て?」
街に着いたから解散という訳ではないようだ。アレだな。サギハン氏は街への案内役兼余所者の監視役といったところなんだろう。
そうなると、あの道で出会ったのは偶然では無い可能性が高いのか?
まぁ、今そんな事を考えていても仕方ない。その纏め役………国王?とやらに会ってみないとな。
そんな訳で、サギハン氏に案内された場所はただの家だった。周辺に建っている他の住居より少し大きいかな?というだけで、何の変哲も無い普通の家だ。
え? 本当にこんな所にこの街で一番偉い奴が住んでいるのか? 街の権力者といえば、大抵の奴が己の力を示すかのように巨大だったりド派手な建物に住んでいるのだと思っていたが、ここはそういう訳でもないんだな。
「邪魔するわよー」
サギハン氏はドアベルを鳴らすでもなく、普通に入って行った。一応、権力者の家だろうが。鳴らさずに入ってもいいのかよ、不用心過ぎるぞ。
「こんな所、誰も来ないわよ。アナタ達みたいなヒト以外は身内だしね。………それと、返事が無いから、家主は多分まだ寝てるわね。本人的には種族的に朝が弱いという主張らしいけど、他のヒトはそうでもないから言い訳ね」
この島の支配者層は吸血鬼だったか。余り朝に弱いというイメージは無いんだが、本人が言うのならばそうなのかもしれない。オレの脳裏ではゾンビーフ氏が笑顔で手を振っている。
「面倒臭いからこのまま寝室に行くわよ。大丈夫。何も無いから」
そう言いながら、適当な様子で部屋に入っていく。その後の様子は、世俗に疎いオレでも大体予想出来る通りだった。詳しく説明する気は特に無いが、サギハン氏が一度死に戻った………とだけ言っておこう。
******
「アナタ達は何も見なかった。いいね?」
「アッハイ」
ここの家主であり、この街の長であり、吸血鬼の王族最後の一体である雌型の吸血鬼から凄まれる。
本人的には剣呑な顔で睨めつけているらしいが、当人の背丈が少し………いや、かなり低く上目遣いでオレを見上げているようにしか見えない。しかし、その威圧感は本物だ。普通のヒトだったら威圧感に押され平伏してしまうかも分からんね。まぁ、こちらの二体と一匹は普通では無いのでそんな事はしないが。
この小さい吸血鬼はヒルデと名乗り、真祖の吸血種という種族らしい。竜種みたいに種族名に“王”ってのは付かないんだな。
その真祖の最後の一体だ。他の血縁?親戚? まぁ、そこら辺の奴等は既に亡くなっているらしい。少なくともヒルデ氏が知っている限りでは、たが。
ヒルデ氏曰く、真祖は自然発生する種族であり、そこらに居る木っ端吸血鬼達は真祖によって吸血鬼に成った、謂わば紛い物なんだとか。その理論でいくと、現在吸血鬼の旅人達は種族変更する際にヒルデ氏に会ったという事なのだろうか。………いや、旅人関連は違いそうな気がする。旅人の場合は、存在強度を上げると種族進化に繋がりやすいとゾンビーフ氏に聞いた気がする。つまりは、ヒルデ氏が言っているのは、住民の吸血鬼の事なんだろうな。
「言っておくけど、小さくなんてないから」
「アッハイ」
ヒルデ氏曰く、真祖の吸血種の背丈はこれが大体標準のようだ。外に居る吸血鬼達は他の種族から吸血鬼に成ったために背丈が高いが、真祖はこれが標準であり自身の背丈は決して小さくはないという。尚、真祖の吸血種という種族は現在ヒルデ氏しか居ない。
「それで、ここへ来た目的は観光だっけ? それはいいけど、他の国でやったら駄目な事はここでも犯罪扱いだから、注意するように。例えば、窃盗、恐喝、暴行、殺人辺りは重い罪になるから」
「分かった。ところで、ここに居る奴等は吸血鬼が多いようだが、奴等が血を吸うのはどうなんだ? 食事が他者からの吸血なら、暴行罪とかにならないのか?」
オレ達には血を吸われる要素が一切無いが一応聞いておく。吸血鬼は対象外だ。とか言われたら、さっさと帰る事も吝かではない。
「相手の同意を得ないでの吸血行動なら、暴行罪に当たる。ただ、この街に居る吸血種は私含め、他者からの吸血は行わない。何故ならば、以前からこの島では眷属を造る事を法で禁止されているんだ。それにも関わらず、やってしまう様な馬鹿は極少数居るけれど………。それと、私達は普通に食事を摂るぞ。他者の血液は私達にとっては一種の興奮剤のようなモノで、特殊な時にしか摂取しない。………それと、勘違いしているようだから言っておくけど、私達は不死者ではないから」
何だと? 吸血鬼は不死者ではない? いや、そうか。物質系の傀儡と不死系の傀儡が居るように、生者枠の吸血鬼も居るという事か。
吸血行動が生命維持のためって訳ではないのならば、吸血鬼と名乗らなくても良いのでは?と思わなくもないが。
この島の吸血鬼達にとっては、他者の血液というモノは生命維持に必須なモノではなく、娯楽………一種の麻薬に近いモノらしい。そのため、過去には他者の合意の有無に関わらず、吸血行為自体が禁止されていた時期もあるそうだ。今は規制は緩和され、相手の同意が有れば問題無いとされている。
しかし、血液を摂取すると精製される脳内麻薬によって吸血行為に依存的になり、吸血依存症になるモノも少なからず出てくるようだ。そういったモノは生来の凶暴さが増し、他者の血液を強引に吸血しようとする傾向が高まる。その結果、“他者の同意を得ない吸血行為”という暴行罪に発展する訳だ。
ところで、そのやらかしてしまった吸血鬼に対してはどういった処置をしてるんですかね。
「一番重い刑罰を負ったモノは、この島からの追放になる。それ以外は程度の問題で、島での奉仕活動、もしくは領域内での奉仕活動だな」
危険生物を他の地域に放流するのは止めて貰っていいかな。
「追放と言ったが、これはほぼ死刑と同義だ。私達はこの島周辺から出ると全身から発火して死に至るからな。他の種族は発火しなかったから、これは私達の種族特有の現象なのだろう」
この島周辺は年中極夜だ。つまり、太陽………TYPE_Oの怪電波が常時当たらない訳で。
恐らく、極夜地帯を抜けるとTYPE_Oの怪電波による影響で発火するんだろうな。やはり、吸血鬼は骸獣関連の種族だったようだ。
年末多忙につき。尚、年始の方がヤバい模様。




