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未だにゴゴゴとかズズズとかの地響きが聞こえる。ところで何故、あの山巨人氏は立ち上がったのだろうか。ログイン後に周囲の安全を確かめるだけならば、立たずとも済む筈だ。何故なら、座った状態で山かと見紛う程の大きさだからな。
「ちょっと彼と話してくる」
エレイン氏はそう言い残し、山巨人氏の方へと跳んでいく。脚で跳んだというよりは空を飛んでいる気がするが気の所為だろうか。
エレイン氏の移動速度はかなりのもので、瞬く間に山巨人氏の元に辿り着くと、上………山巨人氏の頭付近を目指してカサカサとよじ登り始めた。
ログインしてきた山巨人氏と話すために、わざわざ頭部まで行くとはな。山巨人氏は、その大きさに見合わず声が小さいとか?
『そもそも声帯が無いのでは?』
肉体がある巨人種なら声帯くらいは有るだろうが、あの山巨人氏は物質系の種族っぽいんだよなぁ。まぁ、骸骨兵であるオレが喋る事が出来るので、声帯の有無は関係ないと思うが。
『もしくは、普通に話すと大音量過ぎて意思疎通が出来ないとかであります? 通信が使えない奴等は不便でありますねぇ』
TYPE機は基本的に通信技術を使えるからな。そうでもなければ、世界中を襲撃していた世界獣や骸獣を殲滅なんぞ出来なかっただろう。
暫く待っていると、地響きを立てながら山巨人氏がこちらへ向かって来る。あの質量がこちらへ猛然と向かって来るとか恐怖しかないんだが。エレイン氏は山巨人氏に何を言ったのだろうか。それと、いざという時はTYPE_R_03の力でもって山巨人氏を止めるつもりだ。
「彼が言うには、自分も一緒に付いて行って良いか?だそうだ」
地面に降り立ったエレイン氏は、開口一番にそんな事を言ってくる。なるほど。山巨人氏もオレの旅に同行したいのか………。あー、自分のサイズ感を考えてからモノ言ってくれないか?
文字通り、山のようにデカい奴を引き連れて歩くとかどういう事だよ。それはもう観光のための旅ではなく、ただ目的地に到達するためだけの移動だ。
いや、それよりも何でエレイン氏からの口伝てなんだよ。本体は喋れないのか?
「彼は丁度良い音量で話す事が不得手でな。小声で喋り、それを伝言形式で伝えるという方法が一番被害が少ないのだ。山巨人という種族はあの大きさだろう? 彼等の基準で普通に話すと、ここらに居るモノにとっては彼の声は大音量過ぎる故に鼓膜を通り越して脳が破裂しかねん。よって、彼が他のモノと言葉での意思疎通を図る時は、私が彼の側まで行って伝言役となっているのだ。………まぁ、貴様に鼓膜は無いから、結局は他人事だと思っているだろうが」
なるほど。身体が大きすぎる事による弊害ね。山巨人同士で行う会話を、そこらに居る小人との会話に当て嵌めるとどうなるかという話だな。まぁ、確かに小人目線に立つと声を発するだけで暴風が吹き荒れ、大音量で吹き飛ばされかねないだろう。知らんけど。
「それで、どうするんだ? 嫌なら伝えてくるが? まぁ、嫌と言っても勝手に付いて来そうな気がするが」
それってオレに伺いを立てる必要あります?
断っても勝手に付いて来るのならば、やりたいようにやれば?という話で終わりではなかろうか。
「彼曰く、こんな僻地に旅人が集まるとは思ってもいなかった事で、興味を引かれたようだ」
集まると言ったって、旅人は三体だけだぞ。それに山巨人氏がログアウトした後で、新しく来たのはオレだけだ。
そもそも、山巨人氏がこんな所に居るのは、その巨体のせいで他の旅人の邪魔になるのが嫌だったからじゃないのか?
オレが目指す所や道中に旅人や現地民が居るのかは定かではないが、山巨人氏の影響は多大にあるだろう。なんたって、彼自身が動く山のようなモノだ。彼が歩くだけで災害級の被害が出るだろう。
悪い事言わないから、もっと小さな別の種族に変わるまでは僻地に籠もっている方がお互いのためだぞ。
まぁ、それはそれとして。
「まぁ………。別にいいですよ。勝手に付いて来られるのも困りますし。それなら、一緒に行った方がお互いにとって色々と便利かもしれません」
『流石、自分の利益目的のために街を一つ潰させた骸骨野郎であります。ヒトの心が無い』
イッカクが潰れたのは、元はといえばTYPE_R_03のせいだろうが。いや、それとも、エオルファンの方? どちらにしろ、TYPE機の甘言に乗せられただけのオレは悪くない。いいね?
『これから起こるであろう被害が容易く予測出来るのに一切手を打たないばかりか、自身の損得を優先させる姿勢は流石だと思っているでありますよ? まぁ、ある程度態度を改めないと、そのうち身を滅ぼしそうでありますが。………それで、このただ大きいだけの木偶の坊を同行させる意図は何なのであります? 某が護ってやるかーと思わないでもないのは、流石にトワ殿だけでありますよ?』
いや、何処に行っても山巨人氏に登れば見晴らしが良いかと思って。………いや、それだけではないけどね?
TYPE_R_03からイラッと殺気が漏れた気がしたので、山巨人氏を帯同させるメリットらしき言い訳を論う。
あの大きさは、それだけで脅威だ。行く先々で暴力的な何かに出会した場合、彼が存在するだけで争い事を回避出来るだろう。
『そんなモノ、非常に面倒臭いでありますが某が蹴散らせば良いだけでは?』
それはそう。だが、TYPE_R_03が出張るという事は、問題を暴力で解決するという最終手段だ。山巨人氏の存在感があれば、最終手段なんぞ取らずに済むだろう。………TYPE_R_03は、まぁ………見た目だけだと余り強そうには見えないからな。
「ところで、山巨人さんの名前って何ていうんですか? 流石に、一緒に旅をするって以上、彼呼びは失礼だし迂遠だと思うんですが」
「あぁ。彼の名前は“ラクガン”というらしい。何でも、彼の世界にある菓子の名前だとか」
名前の由来は菓子の名前か………。多分、山のように大きな菓子なんだろうな。
山巨人氏改め、ラクガン氏と共に北を目指す。今迄通り徒歩で向かう訳だが、当たり前な話ではあるが、オレ達とラクガン氏の一歩の差は大分違う。
そんな訳で、オレ達はラクガン氏に乗せて貰う事になった。ラクガン氏には、“とりあえず北に真っ直ぐ”とだけ伝えてある。正確な方角を示すのは、便利なTYPE_R_03だ。
ズシンズシンと地響きを立てながらラクガン氏は歩く。彼が一歩進むだけで、オレの足での移動数時間分かの距離を進む事が出来る。
但し、彼が歩く事で地上には相応の被害が出ている。一歩踏み込むだけで、木々が粉砕され、地面が陥没しめくり上げられ、原生物達が山巨人という災害から逃げ惑う。
まぁ、オレ達は下も後ろも観ていないので、これはただの想像なんだが。だが、当たらずとも遠からずといった所だろう。大きさは正義だが、使い所を間違えれば悲劇は容易く作られる。地上に棲む奴等には悪いが、オレ達の移動を優先させて貰おう。
「そういえば、ラクガンさんの身体に棲んでいた奴等ってどうなったんですか?」
もしかして、置いてきたのだろうか。ラクガン氏が身動ぎするだけで、内部に棲む奴等は死にかける程の事らしいからな。歩いているラクガン氏の内部に居たら、グチャグチャに潰され肉の塊になっているかもしれない。
「アイツ等なら、そこに居るぞ」
エレイン氏が指差す先に、小鬼達と戯れる小妖精の姿がある。
現在のオレ達は、ラクガン氏の肩付近に乗せて貰っている。そもそも、ラクガン氏の歩行は揺れや振動が半端ではなく、各々の方法で落ちないように肩に留まっている。
ラクガン氏の肩部はそんなに狭い訳ではないが、奴等は落ちないのだろうか。特に小鬼達。
よくよく見ると、彼等の身体は微妙に浮いている。ラクガン氏の身体に接地していなければ揺れとは関係ないからな。………彼等を浮遊させているのは、小妖精か。
奴が何の見返りも無しに小鬼達に浮遊魔法を掛ける筈が無い。恐らくだが、浮かせる代わりに魔力でも頂くという取引でもあったのだろう。
「ところで、貴様のそれは狡くないか?」
オレに何か? 今のオレは、いつも通りTYPE_R_03を装備し、幾つも突き出た触手をラクガン氏の身体に張り付かせて、身体を固定している。ちょっとした振動もTYPE_R_03が吸収してくれるので、とても快適だ。
これはオレの装備の力であって、ひいてはオレの力であると言っても過言。何も問題は無いですね。
因みに、エレイン氏は立体的な蜘蛛の巣を張ってラクガン氏にしがみついている。伸縮性のある糸のお陰で、振動も何とかなっているようだ。
お盆休みは休みなので休みという訳ですので休みます。(更新は出来るだけします)




