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前述の事項は少し頭に過った事だが、決して口にはしない。何を言ったとしても、どうせ同行する事になるだろうし。
「それで、何処かに行きたいんですか? オレはエレインさん以上に、この森に関して詳しくはないですよ?」
「うむ。特にない。彼が居ない時はいつも独りだったのだ。珍しく彼以外の旅人が来たとなれば、同行する方が面白い事が起きそうだろう。それに、いつかは彼の元を離れるから、それの予行といったものだ」
いつログインしてくるか分からない奴を待つのは大分不毛じゃないですかね。いくら世話になったヒトとはいえ、長らくログインして来ないのならば、書き置きでも残して別の所へ行けばいいんじゃなかろうか。
「まぁ、私もそう思わなくもないが、世話になった礼くらいは直接会って言わねばな。故郷の若いモノにも多く居るが、便利な通信技術に頼り切りというのも良くない。こういったモノは義理を通さなければなるまい」
はぁ、なるほどね。オレには特に関係のない事柄だろうな。
いや、最低限の義理は通すだろうが、この山巨人氏のような一向にログインして来ない奴を待つ事は無いだろう。
『中身が空っぽな骸骨兵らしく、薄情でありますね』
何とでも言うがいい。TYPE_R_03の言う通り、オレの中身は空っぽだから打たれても響かないぞ。
「え? 何? 出発?」
エレイン氏に拘束を解かれた小妖精は、緊張感もなく大口を開けて欠伸をしている。猿轡を噛まされているとはいえ、随分静かだなと思っていたが、どうやら寝ていたようだ。妖精らしく図太い精神をしているようだ。
しかし、猿轡+全身捕縛で適当に地面に転がされていたのに、そんな状態でよく眠れたな。オレが普人族だった頃は、こんな劣悪な状況では気絶以外で眠る事は出来ない自信があるぞ。………いや、そもそも、妖精種に睡眠って必要なんだろうか。小妖精は妖精程ではないにしても、ほぼ事象みたいな存在だろう。
「暇な時は寝ているよ! 魔力消費を抑える事にもなるしね! まぁ、殆ど寝た事なんて無いけど!!」
魔力≒体力みたいな種族だ。自身の縄張りに脅迫相手が掛からない場合は、現界のための魔力消費を抑える目的で睡眠を摂っているらしい。
やはり、オレには関係ない話だった。
一先ず、オレ達は北を目指す。特に目的なんてモノは無い。オレは単に極点とやらに行ってみたいだけだし、エレイン氏と小妖精は暇潰しだ。いや、そろそろ小妖精の方は帰った方がいいんじゃないのか?
「帰れるものなら帰ってるよ!! だけど、もうここが何処だかさっぱりだよ!! 元の場所に帰してよ!!」
知らんがな。帰り道が分からないのは、道案内役終了後も勝手に付いて来たお前のせいだろうが。
「しかし、大まかに言えば世界各地の観光が目的とはいえ、大した目的地は無いのか貴様には」
この星について詳しい訳ではないんでな。何処に何があるのか分かっていたら、ガイドブック片手にTYPE機で飛び回るのも有りかも知れない。しかし、現状は一部地域の情報しかない。それならば、自分の足で探すしかないだろう。
『観光のために、某を足代わりに使うのは拒否するでありますからね』
今迄、散々足代わりに使ったのを根に持っているらしい。急ぎの用だったから仕方ないだろう。それに、TYPE_R_03も暇だったようだし。
だらだらと喋りながら歩いていると、地響きが聞こえた。しかも、割と近い。………地響き? いや、これはもしかして?
ふと頭上に影が落ちる。目の前に振り下ろされる岩の塊。オレの護衛役である筈のTYPE_R_03が一切動いていないから、悪意や敵意のある行為ではないんだろうが、少し驚いたから一応警告なりはして欲しい。小妖精は衝撃で失神している。
「どうやら、彼が起きたようだな」
エレイン氏が後ろを振り返りながら、ぽつりと呟く。どうせなら、オレ達が出発する前に起きて来て欲しかったな。
エレイン氏に続いて、オレも後ろを振り返りながら空を見上げる。そこには青空ではなく、ゴツゴツとした岩の塊が聳え立っていた。見上げている間にも徐々に高さを増していき、岩の一部が雲を突き抜けるのが見えた。
話に聞いた通り、アレが山巨人が立ち上がった状態なのだろう。先程オレ達の眼前に振り下ろされた岩は既に山巨人によって持ち上げられ、超質量で凹んだ地面のみが見える。さっきのは、座った状態から立ち上がるために、手を着いたとかそんな感じなのだろう。少し距離が間違っていたら、オレとTYPE_R_03以外は死んでいたと思うが。
「オオオオォオオオオォ」
ビリビリと周辺の空気が震える。山巨人が何らかの声を発したのだが、大音量過ぎて何を言っているのか分からない。付き合いがオレよりも長いエレイン氏なら、何か分かるんですかね?
「いや、分からんぞ? 多分、欠伸か何かじゃないか?」
そういえば、あの山巨人の中には小鬼族とかが棲んでいるんじゃなかったか? あの山巨人氏がふいに立ち上がったら、中に居る奴等はどうなんだ?
「あぁ。良くて大怪我。悪くて圧死だろうな。だが、アイツ等は彼の行動には、ある程度慣れている。彼が立ち上がったり動いたりする際の振動を敏感に感じ取り、既に外に避難しているだろうな。そうでもなければ、山巨人の中に住もうとはしないだろう」
なるほど。奴等は安穏と山巨人の内部に住んでいる訳ではないんだな。まぁ、それはそれとして、家財道具とかは無残な事になっていそうだが。
8月からまた職場環境が変わるので戦々恐々としている。




