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ヒラメ氏から有意義な情報を聞いたオレはそのまま湖底を目指す事にした。元々は湖底に何ぞ行かなくても向こう岸に着ければいいかと思っていたのだが、海に出られるという事を聞いてしまってはそれを目指すしかなかろう。
しかし、湖底にある洞窟か。肺呼吸が出来ない魚人からの情報という事は、彼等はそこを通った事があるのだろう。とすると、そこは全てが水没した洞窟という事だ。オレには呼吸が必要ないので、息継ぎとかの心配はないのだが………問題は視界だな。
光亡の窟と同じような洞窟を通らなきゃならんのか。しかも、今度は水流に乗りながらだ。一本道なら迷う事はなさそうだが、枝分かれしていたら最悪だな。洞窟内で迷ってしまったら、外へ出られる気がしない。
行く前から先に待つものをどうやって乗り越えようかと考えたら気分が沈んできたぞ。まぁ、アレだ。成るように成るよだろう。多分。
考え事をしながら歩いていたら足を滑らせ、急に険しくなった地面を転がり落ちた。オイオイ、深過ぎやしないか?ここ本当に湖かよ。地面を歩いていたかと思ったら、崖になってんじゃねぇか。
オレはフワフワと浮きながら湖底へと落ちていった。
暫く浮遊状態を味わった後、遂に湖底へと辿り着いた。道中、やけに歯並びの良い魚らしきモノに睨みつけられたが、特に何もせず通り過ぎて行った。
ここに着くまでは例の洞窟のように真っ暗だったらどうしよう等と考えていたが、着いてしまえばどうって事は無い。
真っ暗だ。どうしよう。
今までは割と何とかなったし、今度も湖底に何故か光る物体が自生しているだろうとかヌルい事を頭の端で考えていたけど、そんな都合の良い物はありませんでしたね。
ふと思いついて死んだふりLv1を使ってみる。………うん。相変わらず真暗闇だ。幽体状態なら周囲が明るく見えるようにならないかなって思ったけど、やっぱり駄目でしたね。
うーん………これからどうしよう。ただ、まだ諦めるのは早いよなぁ。とりあえずは手探りででもいいから周りを探ってみるか。
オレはその場で跪き、周囲に手を走らせ探ってみる。足元は砂で覆われているようだ。余り礫が無さそうだな。マップを見れば周囲の状況が分かるかと思ったが、オレの周囲は黒く塗り潰されている。やっぱり使えないか。あわよくばという気持ちがあったのは否めないが、少々これ無理ゲーでは。
幸いな事にマップを見ればどちらの方角に進んでいるのかは把握出来る。
幾つか洞窟が空いているらしいが、その取っ掛かりでも掴めればなぁ。
その姿勢のまま手探りで一方向に進んで行く。
ん?何か手に当たったぞ? 何かが触れた場所を探ってみる。ゴツゴツとしていて、何となく壁っぽい。もしかして、この湖底って凹型になってるのか?凹型だと仮定して、このまま手探りで周って行けば件の洞窟に辿り着けるかもしれない。
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あれから、どれだけ経っただろうか。ステータス画面で時間を確認しようかと思ったが、時間表示が消えていた。ステータスタグと一緒に消えたのかも知れない。まぁ、オレ自身には時間の概念は曖昧だったから割とどうでもいいんだが。
とりあえず言いたい事としては、どれだけ周囲を探っただろうかという事。これまでに得た手掛かりは皆無。マップを見ながらグルグル回りながら上下に動いていたりするのだが、まるで手掛かりが掴めない。
これって、本当に洞窟なんてあるのか?ヒラメ氏がつい話してしまった感じで発した情報はブラフだった?でも、あそこでそんな嘘を吐く必要性は無かったし、嘘を吐くような性格にも見えなかった。まず他人を疑うよりも自分の力不足を嘆くべきだろうが、どうしても考えてしまう。もしかして、オレを嵌めようとしていたのか?と。
「そんな所でさっきから何やってるんだギョ?」
うわっ。急に声を掛けられたから心核が飛び出るかと思った。
この声………というか語尾はヒラメ氏だな?もしかして、オレの行動を見られていたのか?
「どうも、さっきぶりですね。ヒラメさんは何故ここに?」
「ボクはこっちだギョ。もしかして、トワさんは夜目スキルに類する物を持っていないギョ?」
オレが向いていた方向とは違う場所に居るらしい。水中だから声の方向がよく分からないんだよ。
「残念ながら持っていません」
「持っていないのに何でこんな所に………。あぁ、去り際に言った事を真に受けちゃった感じかギョ」
真に受けた?嘘だったのか?この魚人どうしてくれようか。
「あ、嘘ではないギョ。湖底にあるのも嘘じゃないギョ。ただ、ここはその洞窟がある湖底じゃないギョ」
「なん………だと………?」
「実はこの湖の底って結構難しいギョ。ボクの所属してるクランが色々調べてるんだけど、まだ全容が解明出来ていない程には複雑なんだギョ」
ヒラメ氏曰く、ヒラメ氏が所属している魚人クランは、とある海域の洞窟からこの湖に抜ける道を見付けたんだそうだ。だから、去り際に残したヒラメ氏の言葉は間違ってはいない。
だが、今オレが居る場所は湖底という訳ではなく、湖底に幾つか空いている穴の中なんだそうだ。崖から転がり落ちた際に運悪く入ってしまったのだろう。オレが居る穴の中には特筆する物は何もなく、何も無いが故に魚人達の休憩スペースになっているようだ。但し、オレが降って来た時には誰も居らず、その後休憩スペースに戻ってきたヒラメ氏が怪しい動きをしている見覚えのある骸骨を見付けたという次第だ。
「トワさんはもしかしなくても海に行きたいんだギョ?でも、あの洞窟は少なくとも夜目が無いと真暗闇過ぎて絶対に迷うギョ」
「仰る通り海に行こうかと思って来たんですよ。………そういうスキルが無くても何とかなるかと思って」
「確かにアンデッドなら食事も睡眠も酸素も必要ないから多少の無茶も通せるだギョうけど、流石にそれは無謀ってもんギョ………」
確かに無謀だったのかもしれん。ヒラメ氏の口振りから察するに、洞窟の中は一直線という訳ではないようだし、最低限真暗闇を見通せる目が必要のようだな。やはりここは出直すべきだな。オレがここに来るのはまだ早い。何処かで夜目を生やしたらまたここに来よう。
「ボクの言葉でトワさんをその気に乗せちゃった負い目もあるし、今回はボクが海まで案内して上げるギョ」
なん………だと………?どうやって帰ろうかなと考えていたら、目の前の魚人から救いの鰭が。
「え?いいんですか?でも、何か用事があったのでは?」
「どうせボクもこれから帰る所だったギョ。そんなに手間じゃないから、ついでに連れて行ってあげるギョ」
ヒラメ氏の言葉と共にオレの身体が宙に浮く感覚。どうやら、ヒラメ氏に持ち上げられたらしい。真暗闇でオレからは何も見えないがそんな気がする。
「スケルトンって骨だけだからか結構軽いんギョねぇ。ヴィセルとは比べものにならないギョ」
ヒラメ氏が何か呟いているが、肉有りと肉無しの重さを比べない方がいいと思うぞ。相手に失礼だからな。
「ここがさっき言った海に通じてる洞窟なんだギョ。と言っても、トワさんは見えてないと思うギョが」
ええ。何も見えていません。目隠しをしたかのように視界が黒で塗り潰されているようで、マジで何も見えない。これは、夜目を首尾よく手に入れたとしても、またここに来れるかは微妙だな。
「この洞窟の中は幾つも枝分かれしてるギョ。正しい道程を知らなきゃ夜目があっても絶対に迷うギョ。夜目が無い奴なんて論外だギョ」
何となくヒラメ氏から呆れた感じの視線を感じる。すみませんね、夜目とか持ってなくて。
「迷った奴で運良く脱出出来た奴はボクは知らないギョ。大抵の奴は途中で諦めて自害して帰ってくるギョ。一応マップは完成してるけど、クラン外に出す事は出来ないギョ。これはボク達の力であり宝なんだギョ」
ヒラメ氏が道中色々と語ってくる。洞窟内の様子が見えていたら様々な質問をしていたのだろうが、今は何もせずに引き摺られる形だ。
「もし、何かが見えていたとしてもボクは何も言う事は無いギョ。そういうのは、自分で確かめるものだと思うギョ。こうして連れて行くのも今回だけのサービスなんだギョ」
その言葉を境にヒラメ氏は口を噤み、オレを引っ張る事に集中する。
暫く無言状態で洞窟内を進み、何やら明るい場所に着いた。
「着いたギョ。もうここは海なんだギョ。お疲れ様なんだギョ」
「………ここが海の中だって?」
洞窟を抜けた先は、頭上から燦々と日の光が差し込み、色とりどりの花が咲き乱れる楽園のような場所だった。




