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出会った骸骨兵氏は、ベイカーと名乗った。あの世界でも同じ名前らしいが、記憶には無いので会った事はないな。
「ところで、トワさんはここでは何をするつもりですか? 私が言うのは何ですが、ここは変化が無い停滞した、つまらない世界ですよ?」
まぁ、不死者しか居ない故に生命のサイクルが働いていないからな。不死という事は生きるために必要な事が必要ではなくなったという事だ。生者の時に持っていた生存に関する欲がごっそりと抜けた事によって、それこそ死人のようになってしまったとしてもおかしくはない。ベイカー氏は違うようだが。
「まぁ、一応観光ですかね。オレがあの世界に行っている理由も観光目的ですし。………恥ずかしながら、オレが居る星にはそういうモノが無くてですね。見聞を広めるためにも各地の観光名所を巡っているんですよ」
「なるほど。観光名所ですか………。以前は絶景スポット等も在った筈なのですが、この世界の理が変わった影響で様々な事柄が変化しましてね。風景が真反対のようになってしまった場所もあるようです。あぁ、私の知人に風景画を描く事を趣味にしているモノがおりますので、紹介しましょうか?」
観光は別に風光明媚な所以外でも良いんですけどね。まぁ、風景画家ならば良い場所を知っているだろう。そのヒトに話を聞いてみればいいか。
ベイカー氏が騎乗する骸骨馬に同乗させてもらい、街へとやってきた。この世界の住人は思い思いに自らの趣味に勤しんでいるらしい。何しろ、この世界で自我を保持するために必要な事が、“退屈しない事”だからな。
「私の趣味ですか? 勿論、あの世界で遊ぶ事ですよ。以前は、飼っている骸骨馬の世話だったのですが………まぁ、この子も実際には世話自体が必要無いですからね」
生前やっていた事の延長として趣味にしていた所に、あの世界の誘いが有ったらしい。それって、上位存在からって事か?
「いえ、上位存在ではなく、私の知人からです。上位存在は、この世界に興味を失ったのか、永らくこちらの世界に干渉はありません。あれからずっと満天の星空が続くのも、宇宙にカーテンが掛けられているからでしょう。上位存在は、この世界の他にも幾つもの箱庭を管理しています。私達のこの箱庭は変化の無い箱として、部屋の隅にでも置かれているのかもしれません」
ベイカー氏は心無しか気落ちしているようだ。
でも、本当にこの世界に興味が無くなったのなら、破棄するんじゃないか? しかし、世界はまだ存続している。つまり、上位存在はまだこの世界をまだ見守っているという事だろう。
「いえ、悲嘆に暮れている訳ではなく、ただの事実の推察ですので」
あっ、ハイ。
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やがて、ベイカー氏の知人が住む建物へと辿り着いた。かの知人とやらは、この家で絵を描いているか、何処かへ出掛けているかの二択らしい。
ベイカー氏が扉をノックし、そのまま扉を勝手に開けて中へと入る。………相手の返事を待たずに入るのは、いくら知人といっても拙いんじゃないか?
「あぁ、ノック程度では気付かないのが常ですので。彼も勝手に入って良いと言ってますし」
ベイカー氏曰く、この世界は平和らしい。世界がこんな事になったからか、争いらしい争いは起こらないし、有ったとしても小競り合い程度だ。しかも、直ぐに沈下する。物欲というモノが薄れている影響じゃないかとの事だ。
そのため、家の扉は施錠しないし、戸締まりを気にする事すらない。まぁ、泥棒も強盗も居ないようだからな。でも、“趣味”が盗みとか殺しのヒトは居ないのか? スリルが欲しいとか言う不死者も居るんじゃないのか?
「居ませんね。いえ、昔は居たんですが、既に自己崩壊してしまいました。何しろ、それらの行為を犯したところで無意味でしたからね」
まぁ、それはそう。様々な欲求を喪失した不死者が生者だった頃を思い出して、昔のような犯罪行為に励んだとしても、その相手となるのも同じ不死者だ。
“盗み”のモノは早々に虚しさを感じ消えてしまったらしい。盗ったモノは返す事は無かったようだが。
“殺し”が趣味だとしても、骸骨兵を相手にするのは不毛だろう。
殺しの相手が動死体とかならば、肉を切り裂く感触とか何とかが有るかもしれないが、この世界に居るのは骸骨兵のみらしい。………骨を折ったり解体したりしていて楽しいのか? という具合で早々に塵になったようだ。
果たして、そのヒト達は満足して逝ったのか、絶望して消えていったのか………。
「因みに、ここの住人もあの世界で画家をしているらしいですよ」
ベイカー氏は、この世界をつまらない世界と言っていた。ここの家主もあの世界で暮らしているようだし、第二の人生を歩んでいるようなモノなのだろうか。
それならば、向こうに入り浸っていてもおかしくはないが、こうしてこちらに戻って絵を描いている感じだと、あの世界に依存している訳ではないのかな。




