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「何してるんスかアンタ」
確かに何かが聞こえた気がした。しかし、周囲には誰も居ない。上体を引き起こし周囲を見渡しても誰か居るようには見えない。
幻聴か?転落した時に頭でも打ってでもしたのか、今更になって幻聴が聞こえたようだ。
「アレ?おーい?」
また聞こえた。一体何処から聞こえてくるんだ?声質的に聞き覚えがないし幻聴でないとしたら、一体誰なんだ?少なくともゾンビーフ氏ではない事は確かだ。
「あ!透明化してたんだわ。ゴメンゴメン」
という声と共に何かが現れた。
どうやら、オレの正面に居たが透明化とやらをしていたため、物理的に見えなかったようだ。
「これでいいかな?…あ!オレの名前は“ツィルディエンデ”といいまス。気軽に親しみを込めてツィルって呼んで欲しいスね」
“ツィルディエンデ”と名乗ったのは、えーと?幽霊か?透明化を解除して見えるようにはなったらしいが、なんつーか存在感が希薄だ。ついでに何か見にくい。
でも何か見覚えあるんだよなこの幽霊のプレイヤー。
「それで、トワっちは何でこんな所で寝そべってるんスか?そういうプレイ?」
「トワっち………あぁ、いや、実は崖から転がり落ちてな。それで足を潰されたらしくてこの様だ。でも、死に戻りするのも癪だから行ける所まで行ってみようかと思ってたけど、心が折れかけている所だ」
「なるほど?つまり、歩けない、と」
ツィル氏は腕を組んでいるようなポーズで考え込んでいるようだ。何となく見え難いから、ジェスチャーされても今一よく分からんのよな。
「そうだ。歩けないならオレが『憑依Lv1』して歩いてあげるスよ。行きまスよ!」
その声と共に、目の前のツィル氏からオレに向かって怪光線が照射される。
憑依とか言ってたし、乗り移るられるのでは?ゴーストにはそんなスキルがあるのか。と思っていたら、オレの骨表面から怪光線が弾かれる演出が入った。
「………あれ?」
「えーと?弾いた………のか?」
「あれ?ちょい、ちょっと待って下さいスね?えーと?」
ツィル氏の指がステータス画面を開いているような動きをする。『憑依Lv1』とやらの仕様を確認しているのかもしれない。
「あ!どうやら、スケルトンには効果が無いみたいスね。これでオレが憑依して歩いてやろうと思ったのに、中々うまくいかないスね」
「いや、そもそも足が無いから歩けないだろ」
「あ!そうだった。ゴーストは足が無くても移動出来るからそういうモノかと思ってたスよ」
うーん、何だこの駄目な奴感。
しかし、憑依はスケルトン対象外なのか。つまり、ゴーストが敵モンスターとして出てきても取り憑かれる心配はない訳だな。
「ところで、そういうツィルさんは何してんだ?こんな所?で」
「オレは山方面の散策スよ。あのイッカクには行ってみたんスけど、門前払い…と言うか突然攻撃されたから、イッカクとは反対方向に行ってみようかと思って、ここまで来たんス」
なるほど。オレと同じようにイッカク行きを諦めてこちらへ来たという事か。
まぁ、オレと違う点は、ツィル氏はイッカクに到達しているらしい事なんだが。
「ゾンビがそこかしこに居るし、ヤバげなゾンビ獣が徘徊してるしで、これは何かあるなと思ったら、会ったのは死にそうなスケルトンってのは何の冗談なんスかね」
知らんがな。しかし、この言だと例のユニークボスにも遭っているという事か。よく生きてるな。もしかしたら、ツィル氏も死んだふりを持っているのかもしれない。
「つかぬことを聞くけど、オレ達一度何処かで会ってないか?」
「うん?あれ?覚えてないんスか?オレの事?」
「何か見覚えがあるような無いような…ゴーストのプレイヤーには会った事ない筈なんだがな」
「あぁ、あの時はお互い名前も知らなかったスからね」
ツィル氏の言葉は、やはり何処かで会ったかのような口ぶりだ。しかし、何処で?オレが会ったプレイヤーなんて、ゾンビーフ氏とダーマ氏だけだぞ?
「まぁ、トワっちの名前聞いたのもゾンっちからスからね。仕方ないとはいえ………あのPKクソ野郎覚えてるスか?」
「あっ、あー」
思い………出した。そういえば、あのゴミカスPK野郎にキルされた時のゴーストか。そりゃあ、覚えてないわ。
しかし、ツィル氏もアレの被害者か。とすると、装備も金もロストしてるのか、オレと同じように。
「災難だったな。ツィルさんも全ロスだったんだろ?オレも装備が無くてさ…敵との戦闘でも殆ど一撃死で話にならないんだよな」
「あー………ゴーストだと物理無効スキルあるから、装備の有無は関係ないみたいでオレはあんまり死んではいないスね」
なん………だと………?いや、そういえば、ゴーストには物理無効あるからゾンビの攻撃効かねーじゃん。ヌルゲーかよ。
「でも、生命力半減と属性倍化があるから何とも言えないんスよね…」
なるほど。スケルトンと同じく生命力半減があるのか。それに、物理が効かない代わりに、属性攻撃が効果抜群という訳なんだな。それでも、ゾンビ相手には無双出来るんだろうなゾンビーフ氏みたいに。
「んで?これからトワっちはどうするんスか?死に戻りするつもりなら介錯してあげるスよ?」
「えぇ…?いや、やっぱり行ける所まではこのままで行ってみるつもりだが?ツィルさんは山に行くんだろ?」
「あー。そう思っていたんスけど。トワっちの護衛してあげるスよ。暇だし」
暇なんかい。死にかけの骨の匍匐前進を見てるだけとか、他にもっとやる事ないのか。
本当にこのゴーストは憑いてくるだけのようで、ちょくちょくと話掛けてくる他は一応周りを警戒したりして、護衛しているつもりのようだ。
「そういえば、トワっちはどんな戦闘スタイルなんスか?オレはゴーストの特性を活かしての暗殺プレイでスよ」
「戦闘スタイル………?オレは死んでばかりだからそんなモノは無いぞ?」
「アッ、そうッスか」
アンデッドは呼吸しないから、こうして匍匐前進途中でも特に息を荒げる事なく会話出来ていいな。そもそも、どうやって声を出しているのか不明だが。
和やかに会話しつつ、共同墓地を目指していると、何やら前方が騒がしい。
茂みがガサガサと音を立て、いきなり何かが飛び出してきた。
飛び出して来たのは、ソンビ。頭上に名前が表記されているから、ゾンビーフ氏だ。
「ファッ!?何でこんな所に!?いや、お二人友、逃げて下さ」
言葉の途中でゾンビーフ氏が消し飛んだ。フワっとその場に半透明なゾンビーフ氏が浮き上がる。
「え?」
目の前で起こった事に気を取られたツィル氏は、茫然とその場で棒立ち状態になり、黒い影の体当たりで霧散し、ゾンビーフ氏と同じように幽体状態になる。
ゾンビーフ氏とツィル氏がこちらを見てくる。何だか言葉を発しているようだが、何を言っているのか分からない。どうやら、幽体状態では会話は出来ないみたいだな。
黒い影…“黒疫”のキールは、オレに見向きもせず駆け抜けて行った。
オレは勿論死んだふりで幽体済だ。ゾンビーフ氏が飛び出してきた件で、驚いてつい死んだふりをしてしまったのは内緒だ。
ゾンビーフ氏とツィル氏は何とかコミュニケーションを取ろうと画策したようだが、諦めログアウトしていった。
一人残されたオレは死んだふりを解除する。
………何だったんだ。アレは。