【コミカライズ】悪役令嬢自爆テロ 婚約破棄されたので国ごと道連れにします
新作の短編小説になります。
どうぞよろしくお願いいたします。
「ローゼリッタ・スーサイドボム! お前との婚約を破棄させてもらう!」
王家主催の夜会の真っ最中。
歓談する貴族らの会話を遮って、そんな宣言が放たれた。
高々と言い放ったのはこの国の王太子であるクラウン・マスタード。
クラウンは傍らにいる小柄な女性の身体を片腕に抱いて、目の前にいる令嬢にビシリと指を突きつけた。
「は……?」
予想外の言葉を受けて言葉を失ったのは、艶やかな赤髪を伸ばしたスタイルの良い女性。
嫌味にならない程度に装飾の施された紫のドレスを着て、スリットから長い脚を伸ばした美貌の女性――ローゼリッタ・スーサイドボムである。
ローゼリッタは婚約者であるクラウンからの唐突な婚約破棄宣言を受けて、瞳をパチクリとさせながら口を開く。
「クラウン殿下……突然、どうされたというのですか?」
「黙れ! 貴様がここにいるマリンを虐げているのは知っている! 神から選ばれた聖女であるマリンを苛めた罪は重い! いかに枢機卿の娘であるからといって、許されることだと思うなよ!?」
「ローゼリッタ様……どうか大人しく罪を認めてください。ちゃんと謝っていただけるのなら、私はそれで構いませんから……」
クラウンの腕に縋りつき、怯えたように声を震わせているのはマリン・ロータス。
男爵令嬢でありながら1年前に聖女として選定され、世界を生み出した創造主から加護を授かった特別な少女である。
聖女として教会に保護されているはずのマリンが何故か夜会に参加しており、ローゼリッタの婚約者であるクラウンと親密に身体を寄せ合っている……何から何まで予想外の光景だった。
「マリン様……どうして貴女が夜会に参加しておられるのですか? 貴女は聖女としての教育が終わるまで教会に預けられていたはずですけど?」
「くっ……そうやってマリンを外部から切り離された教会に監禁して、虐げ続けていたのだな! 教会の責任者である枢機卿、ならびにその娘である貴様の悪行は明らかだ。この場を借りて、腐敗した教会の悪事を裁いてくれる!」
我こそは正義とばかりに堂々と言い放つクラウン。
マリンが「きゃあっ!」と華やいだ声を上げてその腕にギュウッとしがみついた。
「酷いんですよう。ローゼリッタさんってば私に朝は早く起きろとか、勉強をちゃんとしろとか、男の人に抱き着いちゃダメとか叱ってくるんです。私は聖女なのにー、私に仕えなくちゃいけない神官のローゼリッタさんが偉ぶって命令してくるんですー」
「……それは命令ではなくて躾。たんに常識を説いただけの気がしますけど」
「黙れ黙れ! マリンは神に選ばれた聖女。この世で何よりも尊ばれる存在だ! 枢機卿の娘とはいえ、1人の神官でしかない貴様に命令する権限などない!」
ローゼリッタの反論に、噛みつくようにクラウンが怒鳴りつけてくる。
クラウンが言ったように、ローゼリッタは教会に勤める神官だった。
そして、父親が枢機卿という教会の責任者ということもあって、ローゼリッタは新しく選定された聖女の教育係を任されていた。
だが……マリンはこれまでの会話からわかる通りに奔放な性格をしており、教育は遅々として進んでいない。
(おまけにとんでもないレベルの男好き。放っておくと男性の神官を誘惑したり、街に男を引っかけに行ってしまうから教会の奥から出さないようにしていたのだけど……いったい、いつクラウン殿下と知り合ったのかしら?)
「もう一度言ってやる……貴様との婚約を今日限りで破棄する! そして……私は新たに聖女であるマリンと婚約を結ぶ! これは次期・国王としての決定事項である!」
「きゃあ、嬉しい! 私、クラウン様のお嫁さんになれるんですねー!」
「…………」
黄色い声を上げてクラウンに抱き着くマリン。クラウンもまたデレデレと鼻の下を伸ばしており、まんざらでもない顔になっていた。
2人の姿を冷めた瞳で見つめ……ローゼリッタは深々と溜息を吐く。
(まさか婚約者である殿下が、面倒を見ていたはずの聖女と浮気をしていただなんて……2匹の飼い犬が両手を同時に噛んできたような気分ね。犬なら可愛いから許すのだけど、この状況はどうすればいいのかしら?)
軽く見回すが……先ほどまで歓談していた貴族らは、あからさまにローゼリッタと距離を取っている。どうやら、王太子の怒りを買った女とは関わりたくないと見捨てられてしまったらしい。
会場に自分を守ってくれる父親――枢機卿の姿はなかった。察するに、クラウンが裏で手を回して夜会に参加できないようにしているのだろう。
(となると……頼みの綱は、あの方達しかいらっしゃいませんね)
ローゼリッタはイチャついているバカップルから目を背け、会場の奥に視線を向けた。
パーティー会場の奥に設置された豪奢な椅子。そこに並んで座っているのは、この国の最高権力者。
クラウンの実の両親――国王と王妃である。
どうか息子の不始末の尻拭いをしてくれ……そんな願いを込めて視線を送ると、国王夫妻がゆっくりと立ち上がった。
「……話は聞かせてもらった。我が息子、王太子クラウンよ」
「父上……!」
クラウンが国王の方を振り返り、頭を下げた。
パーティーの参加者らが臣下の礼を取って国王の言葉を待つ。もちろん、ローゼリッタもスカートの端をつまんでお辞儀をしている。
「楽にしても良い……それで、我が息子の宣言した婚約破棄、並びに聖女との婚約について沙汰を降す。王太子クラウンの宣言を認めて、ローゼリッタ・スーサイドボムとの婚約を破棄。聖女マリン・ロータスとの婚約を認めるものとする!」
「…………は?」
国王の言葉に、ローゼリッタは驚いて顔を上げた。
聞き間違いではないか。国王は……クラウンの父親は、今なんて言ったのだろう?
「ローゼリッタよ……お前の聖女に対する迫害行為、および枢機卿の越権行為には後日、相応の罰を与える。教会の自治権を剥奪して今後は王家の管理下に置くものとする」
「ッ……!」
淡々と語る国王の言葉に、ローゼリッタは瞳を見開いた。
国王の表情は固い為政者の顔。隣に立っている王妃はわずかに罪悪感を滲ませた表情をしている。
そんな2人の顔を見て……ローゼリッタは国王夫妻の意図を悟った。
(そういうこと……! 我が家から教会に関する権限を取り上げ、神の権威を奪うつもりなのね……!)
ローゼリッタの生家――スーサイドボム一族は代々、枢機卿を務めている。
この国において創造主に仕える教会は自治的な権限を有しており、王家であっても手を出せる存在ではなかった。
(おそらく、国王は息子と聖女が恋仲になったことを利用して、教会を王家の下に置くつもりなのでしょう……! 嵌められた、罠にかけられた……!)
ローゼリッタは悔しさのあまり唇を噛む。
婚約破棄されたことは構わない。聖女を奪われたことはどうでもいい。
だが……このままでは、教会の権威を王家が奪い取り、神の名のもとに好き勝手振る舞うようになってしまう。
それだけは許せることではない。権力者に『神』が利用される事態を避けるために、ローゼリッタの家は枢機卿としての地位を守り続けていたのだから。
(このままでは全てを奪われてしまう。それならば、いっそのこと……!)
「マリンを苛めた罪については、改めて裁かせてもらおうか。そうだな……素直に罪を認め、床に頭を擦りつけて謝罪するのであれば死罪だけは許してやろう」
クラウンが鬼の首を取ったような得意げな顔で言ってくる。
婚約者であった女性を貶め、マウントを取って喜んでいるのだろう。
「ッ……!」
ニタニタと相手を不快にさせる笑みを浮かべたクラウンをキッと睨みつけ……ローゼリッタは意を決したように口を開く。
「申し訳ありませんでしたあああああアアアアアアアアアッ!」
「は……?」
「私が全てやりました! 聖女様を苛めました!」
ローゼリッタがジャンピング土下座を決めて、クラウンに命じられたように額を床に叩きつけた。
そのあまりにも小気味よい謝罪っぷりに……謝るように迫っていたはずのクラウンの方が呆気にとられる。
「私が聖女であるマリン様を苛めました! 教会に閉じ込めて勉強するように強要して、男性と関われないように隔離し、ことあるごとに鞭で尻を叩き、食事を抜き、冷や水を身体にかけ、ベッドに針を仕込み、アクセサリーを盗み、髪の毛を変な形に切って笑い者にして、毎晩のようにゴキブリをスープに入れて食べさせたりしました! ごめんなさい! 本当に申し訳ございません!」
「え……えええっ!? 本当に苛めてたのか!?」
「わ、私そんなことされてないけど!? ゴキブリなんて食べてないわよっ!?」
突然、やってもいない罪まで認めだしたローゼリッタ。
クラウンもマリンも驚愕のあまり余計なことを口走り、周囲の貴族は「ゴキブリを……」とドン引きした目をマリンに向けている。
「お前……ローゼリッタ! 貴様に恥というものはないのか!? 貴族令嬢がそんな簡単に土下座をして、恥ずかしいと思わないのか!?」
土下座を要求したのは自分であることも忘れて、クラウンが意味不明な抗議をする。
ローゼリッタが謝罪を拒むようなら騎士に押さえつけさせ、無理やり頭を下げさせようとしていた。にもかかわらず、簡単に土下座をしてきた元・婚約者を見て、もはや自分が何を言っているのかわからないほどテンパっていた。
「プライドを捨てるほど助かりたいのか!? 恥を知れ!」
「全てすべて、私が悪いんです! 私が罰を与えられるべき人間なのです!」
「ろ、ローゼリッタ……?」
一心不乱に謝罪を繰り返すローゼリッタに、クラウンは違和感を覚えて眉をひそめる。
ローゼリッタはクラウンとマリンに謝罪しているように見えるのだが……彼女が頭を下げているのは見当違いの方向。まるで虚空にいる何者かに向かって謝罪をしているように見えたのだ。
「ローゼリッタ、貴様いったい何を……」
「どうか私に罰を与えてくださいませ! 創造主に遣わされた聖女を貶めた罪人に裁きを!」
『いいだろう。懺悔の言葉、確かに受け取った!』
「なっ……!?」
突如として、何もない空間から声が響いてくる。
どこから発されているのかわからない低く厳かな声は、パーティー会場にいる全員の耳にするりと沁み込んでくる。
同時に、姿は見えないが強烈な気配が出現した。まるで太陽が眼前に落ちてきたような圧倒的な威圧感に、その場にいた全員の背筋にブワリと汗が流れる。
『聖女を管理し、守る立場にありながら彼女を虐げた罪人よ。ローゼリッタ、お前には期待していたのだが……こんなことになってしまって残念だ』
「……期待に沿えられず申し訳ございません。創造主様」
「そ、創造主だって!?」
ローゼリッタの言葉に、クラウンは正体不明の声の主を悟った。
創造主。文字通りに世界を創り出した神。聖女をこの世に遣わした絶対者。
「まさか……ローゼリッタは神と対話ができるのか!?」
「そんな……どうしてローゼリッタさんが!? 聖女である私にだってそんなことはできないのに!」
クラウンとマリンがそろって叫ぶ。
土下座をした体勢のまま無様に困惑した2人をチラリと見て、ローゼリッタは内心でほくそ笑んだ。
(やっぱり知らなかったのね。私が創造主と対話できるのは周知の事実のはずなのだけど)
そもそも、スーサイドボム家が王家の管理すら跳ね除けて枢機卿の地位を守り続けているのは、創造主と話をする異能を代々持っているからだった。
スーサイドボム家の祖先が創造主から地上の監視と監督を任されており、この異能を与えられたのである。
(国王夫妻は……話は聞いていたけれど、そもそも信じていなかったのでしょうね。我が一族の力も、あるいは、神の存在も)
少し離れた場所では、国王が言葉を無くしてパクパクと口を開閉している。その隣では真っ青になった王妃が椅子に崩れ落ちていた。
「私は裁かれるべき罪人です。ゆえに、創造主より罰を賜りたく思います。どうかこの愚かな小娘に神罰をお与えください」
『……いいだろう。その願いをかなえてやる。これまでの神官としての忠勤に免じて一撃で葬ってやろう』
この場にいる全員を置き去りにして、ローゼリッタは創造主と話を進めた。
1人の娘が聖女を虐げた罪を認め、神より罰を与えられようとしている……そんな場面の目撃者となった者達は、息を呑んで目の前の光景を見守った。
『それでは……ローゼリッタ・スーサイドボムよ、これよりお前に罰を与える! 天上より神の火を降らせて、国もろとも消し去ってやろう!』
「はい、どうぞ! 丸ごと全部ふきとばしてください!」
「「「「「えええええええええええええええええええっ!?」」」」」
予想外の事態に、この場にいる全員が叫んだ。
てっきりローゼリッタが神罰を受けるものだとばかり思っていたが……いつの間にか、その渦中に自分たちまで巻き込まれていた。
「ま、待て待て待て待て! どうしてそうなる!? 何故、国ごと消し去られなくてはならないのだ!?」
この場にいる全員を代表して、クラウンが抗議の声を上げた。
「死ぬならローゼリッタだけでいいだろう!? 私達まで巻き込むな!」
『む……「巻き込むな」とは我に言ったのか? 人間ごときが、創造主である我に命令をしたのか?』
「い……いえいえいえっ! 違います、申し訳ございません!」
不機嫌になった創造主の言葉に、クラウンが慌てて謝罪した。
「け、けれど……裁かれるべき罪人はそこにいるローゼリッタただ1人でございます。国ごと焼き払う必要はございません!」
『フム? そんなことを言われてもな……我には誰か1人だけを標的として神罰を与えることなど出来ぬのだが?』
「は……?」
『限界まで範囲を絞り、最小単位で神罰を下したとしても都の1つや2つ、容易に吹き飛んでしまう。創造主である我の力ならば仕方がないことだが』
「そ、そんな……!?」
(驚くのも無理はないわよね。我が家が……いえ、世界中の教会が秘匿している事実だもの)
土下座から顔を上げたローゼリッタは、混乱している元・婚約者を眺めながら苦笑する。
これは一部の聖職者だけが知っている事実なのだが……この世界を創りたもうた創造主は非常に大雑把で繊細さから縁遠い性格だった。
決して悪神というわけではない。むしろ、優しいし正義感も強い。
だが……力の扱い方がとても雑であり、そのせいで有史以来たびたび騒動を巻き起こしているのだ。
例えば……ある国で日照りが起きた。
その国の神官が創造主に「雨を降らして欲しい」と願ったところ……七日七晩、滝のような豪雨が降りそそぎ、町も人も全てが洗い流されてしまった。
例えば……ある国で戦争が起こった。
その国の王族が創造主に「争いを止めて欲しい」と願ったところ……空から巨大な隕石が落ちてきて両国の兵士を吹き飛ばし。何十万という死者が出た。
例えば……ある国で砂漠が広がった。
その国の民が創造主に「緑の大地を与えて欲しい」と願ったところ……その国全土が足の踏み場もない密林に変わり、全ての国民が木々の中に呑み込まれた。
そんなことを何度となく繰り返した結果、世界にはいくつかの不文律が生まれることになる。
創造主に対話を申し込むことができるのは一部の神官のみ。それ以外の人間の願いは聞かないよう、創造主と契約が結ばれた。
神官の一族は創造主が迂闊に力を使わないように祈り、宥めすかし、悲劇が繰り返されないように努めたのである。
どうしても神の力が必要な場合に備えて、国ごとに創造主の力の一部……髪の毛ほどの力を与えられた聖女を生み出してもらい、いざとなればその者に頼ることになったのだ。
ローゼリッタの家が教会の権限を独占していたのも、創造主が失敗を繰り返さないようにするためである。
王家などの一部の権力者が教会の権力を得て、創造主に余計なことを願い、国が滅亡するような事態を防ぐことが目的だった。
「こ、ここには貴方の寵愛を受けた聖女もいるのですよ!? 王都が滅んだら、聖女まで死んでしまいます!」
『聖女……? ああ、我がクシャミでこぼした力の一部を継いだ娘のことか。古の契約によって生み出しはしたが、そんな娘のことなどどうでも良いし寵愛などしておらぬ。貴様は自分の抜け落ちた髪の毛1本をいちいち気にするのか?』
「そんな……」
そんな事情は露知らず、クラウンは創造主と話して顔を蒼白にしている。「髪の毛」呼ばわりされたマリンもまた、顔を引きつらせていた。
(聖女システムができてから創造主のやらかしは随分と減ったけど……それでも、被害がゼロというわけにはいかないのよね。そもそも、マリンは私と間違えて力を与えられたわけだし)
聖女は創造主の力の一部を与えられた存在で、創造主に代理して地上の問題を片付ける役目を負っている。
しかし……この国の聖女は本来、マリンではなくローゼリッタがなるはずだったのだ。
(私と同じ日に生まれた別の女性に間違って力を与えてしまうなんて、本当に大雑把ですこと。まあ、神である御方にとっては、人間の区別などつかないのかもしれませんが)
人間に同種の虫や鳥を個別認識するのが難しいように、創造主には人間の区別などほとんどつかないのだろう。せいぜい男か女か、大人か子供かくらいの認識に違いない。
最初からローゼリッタが聖女になっていれば問題など起こらなかったのだが……本当に呆れてしまうものである。
「そろそろよろしいですか? 創造主様」
『む……? そうだな、それでは望み通りにローゼリッタに罰を与えるとしよう。火を降らせるのが望ましくないのであれば、国全体を氷に閉ざすのはどうだろう? 地の底に落としたり、全てを塩の塊に変えたりもできるが……』
「そうですわねえ、選り取り見取りの神罰に迷ってしまいますわ……」
「ま、待て! 待たれよ!」
創造主と会話を再開させたローゼリッタに、それまで黙っていた国王が声を上げる。
「ローゼリッタへの罰は我々で与えましょう。創造主様の手を煩わせるようなことはいたしません!」
『む……ローゼリッタよ、そこの見知らぬ人間がそう言っているが?』
「いいえ、私は神官。私を裁くことができるのは創造主様だけです。どうか貴方様の手で罰をお与えくださいませ……ついでに言っておきますと、そこにいるのはこの国の国王陛下ですわ」
『うむ、そうか。ローゼリッタがそう言うのであれば、そうしよう。神官一族の願いだけを聞くのが古の契約ゆえ』
「はい、どうぞ容赦なくやっちゃってくださいませ」
「お、お待ちくださいいいいいいいいいっ!」
国王がローゼリッタの前に走り込んできて、ジャンピング土下座を決めた。
枢機卿の娘に続いて、今度は国の頂点に立っているはずの人物が床に頭を擦りつける。
「申し訳ございませんでした! ローゼリッタに罪は一切ありません! 全ては愚息の間違いでした!」
「なあっ!? ち、父上! 何を仰るのですか!?」
「貴様も早く謝罪しろ! 創造主様に……ローゼリッタ様に土下座をするのだ!」
国王がクラウンの頭を押さえつけ、無理やり床に押さえ込んで土下座させる。
「息子はそこにいる聖女を愛し、邪魔になったローゼリッタ様を排除するために苛めをでっち上げたのです! ローゼリッタ様には罪はありません。どうか神罰を与えるのはおやめください!」
「くうううううううっ、ち、父上~~~~~~!」
無理やり頭を下げさせられ、クラウンが顔を真っ赤にさせて表情を歪める。
そう……全てはクラウンがついた嘘。冤罪だったのだ。
クラウンは聖女であるマリンに恋をして、彼女と結ばれるためにローゼリッタを罪人に仕立て上げたのである。
「息子は廃嫡いたします。罪人として幽閉します! ですから、どうかローゼリッタをお許しくださいませ!」
「なあっ!? 父上だって私の計画に賛同したではありませんか! 教会の土地と財産を奪い取るチャンスだと笑っていたではありませんか!?」
「うるさい、うるさい! 私は無関係だ! 創造主様、どうかお許しくださいませ! 全ては息子の罪だったのです!」
「くっ……この卑怯者が! それでも父親か、それでも国王か!」
国王と王太子がみっともなく喚き散らし、口論を始める。
マリンは呆然と表情を失って棒立ちになっており、王妃は椅子に座ったまま失神していた。
「…………ふう」
しばし王族2人の醜態を眺めていたローゼリッタであったが、それも見飽きたのか床から立ち上がる。
ドレスの裾を払ってさりげなく汚れを落とし、先ほどまで土下座をしていたとは思えないような優雅な微笑を浮かべた。
「なるほど……つまり、王太子殿下は私に冤罪を被せようとした。その罪によって廃嫡して幽閉するということでよろしいですわね」
「ウム……仕方があるまい」
「この……愚王が! 私を斬り捨てるつもりか!?」
「衛兵、この罪人を捕らえよ!」
国王の命により、クラウンが拘束された。
藻掻いて喚き散らしていたクラウンであったが、衛兵から2,3発殴られると大人しくなる。
「次はそちらの聖女様ですが……今後も教会の預かりでよろしいですよね?」
「ふえっ!?」
蚊帳の外に置かれていたマリンは、急に槍玉にあげられて声を裏返らせた。
「今回のことで私の教育が甘すぎたことがわかりました。今後はビシバシと厳しく躾けていきますが……もちろん、よろしいですよね?」
「ウム……元より聖女は教会の預かり。好きにするがいい」
「ええっ!? ちょっ……」
「教育が終わるまで、教会の外に出られるとは思わないことです。逆らったら……本当にゴキブリを食べさせますよ?」
「そんなあ……」
マリンがへなへなと座り込み、泣き崩れた。
これで主犯の2人は裁かれた。残すところは共犯である。
「さて……最後に国王陛下と王妃様ですね。どうやら2人は疲れているようですし、隠居されては如何ですか?」
「い、隠居だと!? 私がか!?」
国王が目を剥いて驚きの声を上げる。
ここまでやっておいて自分はお咎めなしだと思っていたのだろうか。愚かなことだ。
「第2王子はまだ幼いですし、王弟殿下に後を継いでいただきましょう。王弟殿下は聡明で信心深い方ですし……きっと良い国王になられるのでは?」
「う、ぐっ……」
「私は良いのですよ? 創造主様に気に入らない人間を排除するようにお願いなど、とてもできません。しかし……いつでも未熟な自分を裁くようにだったらお願いできるのですから」
「…………」
ニッコリと笑顔で言ってくるローゼリッタに、国王は言い返す言葉もなく脱力する。
自分の命を犠牲にしてまで脅しかけてくる貴族令嬢。それに逆らう度胸は国王にはなかった。
「……弟に王位を譲って隠居する。それでいいな?」
「結構ですわ。とても賢明な判断でございます」
ローゼリッタは大輪の花が開くように喜色の表情を浮かべて、頭上を仰ぐ。
「そういうことで問題が片付きました。わざわざ創造主様をお呼びしたというのに、お手数をおかけいたしました」
『構わぬ。冤罪で片付いたのならば何よりだ。神官である其方が願わぬのであれば、我は地上には干渉せぬ。それが契約ゆえに』
「はい、いつも見守っていただきありがとうございます。我が主に心からの敬愛を……」
ローゼリッタが姿なき創造主に頭を下げると、強烈な気配が消失した。
どうやら、創造主が去っていったようである。王族、貴族、使用人……立場を問わず、その場にいた全員が安堵から肩を落としたのであった。
◇ ◇ ◇
その後、取り決めの通りに国王の廃位と王太子の幽閉が決定された。
新しく即位した王弟はこれまで通り教会に不干渉を誓い、ローゼリッタに対して多額の慰謝料を支払った。
慰謝料の財源は前・国王と王太子の個人的な財産である。秘かに溜め込んだ貯蓄を奪われたことで前・国王の隠居生活はかなり侘しいものになってしまった。
幽閉された王太子は1年と経たずに命を落としてしまう。
過酷な幽閉生活に耐え切れずに病死してしまったというのが公の見解だが、一部の人間の間では教会を妄信する狂信者によって毒を盛られたのではないかと噂されている。
聖女のマリンはというと、再び教会に預けられてかなり厳しく再教育が行われることになった。
数ヵ月後、公務によって表に出てきた彼女はすっかりやつれており、以前の天真爛漫な笑顔は失われて人形のような顔になっていたらしい。
聖女は生涯を国のために費やし、二度と男を誑かしたりすることはなかったそうだ。
「……どうなることかと思いきや、全て丸く収まりましたね」
『フム、我にはわからぬが……国が安定しているのであれば良きことだ』
教会で祈りを捧げるローゼリッタに、頭上から降ってきた創造主の声が応える。
知っている人間は多くはないが、ローゼリッタは日頃から創造主と対話をして国の現状について報告をしているのだ。
それは「国は平和だから、手を出さなくて大丈夫ですよ」と報告して、トラブルメーカーな創造主が余計なちょっかいをかけてこないようにするために必要な処置だった。
『それにしても……貴殿が自分を裁けと言ってきたときには、どうなるかと思ったぞ。ローゼリッタよ』
「あら? おかしなことを言いますわね。私が死んだところで貴方様は痛くも痒くもないではありませんか」
まるで気遣っているような創造主の言葉に、ローゼリッタは意外そうに目を瞬かせた。
創造主は決して悪意のある存在ではないが……基本的に人間に対して無頓着だ。特定の人間を気にかけることはないはずである。
『そうだな、あのまま天罰を与えて殺しても良かった。そのほうが……お前を早く天界に呼び寄せることができるからな』
「は……? それはどういうことでしょう?」
『ローゼリッタよ、お前は誤解をしているようだが……我は人間に情がないわけではない。人間だって特定の虫や小動物を愛することがあるように、神である我とて特定の人間を気に入ることはある。少なくとも、ローゼリッタの祈りはここ千年の神官の中でもっとも心地良く、離れがたいものだ。創造主である我が執着を抱くほどに』
「…………」
思いもよらぬ評価にローゼリッタは言葉を失う。
まさか絶対的な上位者である創造主が、自分のことをこうまで気にかけてくれていたとは……完全に予想外のことである。
『お前があのクズと結婚していたら、我は生まれて初めて私情で破壊をもたらしていたやもしれん。結果的に見たら、これで良かったのかもしれぬな』
「そう、ですわね……大多数の国民にとっては、婚約破棄されて良かったかもしれません……」
ローゼリッタは絞り出すように言葉を紡ぐ。
枢機卿である父は、ローゼリッタのために新しい婚約者を探してくれているそうだが……これでは迂闊に結婚することもできない。
まさか、自分が創造主から偏執的な寵愛を受けているとは思わなかった。
(一生独身。文字通りに神と信仰に身を捧げなくてはなりませんね……不思議と悪い気はしませんけど)
『どうかしたか、ローゼリッタよ?』
「……いえ、何でもありませんわ。我が創造主」
ローゼリッタは溜息を吐きつつ、いつものように敬愛する創造主への祈りと報告を続ける。
ローゼリッタ・スーサイドボム。
もっとも創造主から寵愛を受け、後世において『大聖女』として語られる彼女が天寿を全うしたのはそれから80年後のこと。
当然のように天界へと導かれた彼女が、初めて言葉だけでなく創造主と顔を合わせ、どれほど甘い扱いを受けることになったのか。
それはまさに神のみぞ知ることである。
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