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008「一般少年、ダンス練習をする」

「ワンツースリーフォー、ファイブシックスセブンエイト」


 桜庭の掛け声と手拍子に合わせて踊る俺と宮川。

 練習は十秒分くらいに動きの振り付けを区切りながら、少しずつ覚えるような形で進んでいった。今回はテーマも曲もステレオタイプなアイドルとはかけ離れた雰囲気なこともあってか派手な動きがある訳ではないが、振り付けを覚えながら踊るといった経験は今まで全くなくこれがとにかく難しい。


「うん、これでとりあえず通しでやったことになるね。二人ともできない動きはなさそうだし、あとは振りを覚えて完成度を高めていくだけの作業だね」


 言うは(やす)く行うは(かた)しというのはまさにこのことだなと心の底から思った。まあ振りを完成させた時点で完璧に踊れていた桜庭にとっては行うも易いのだろうが。


「一回休憩しようか。二時間近く頭と体動かしっぱなしだろうからさ」


 休憩という言葉を聞いた途端に視界の端で宮川が崩れ落ちる。


「はへぇ~……」

「あはは、ちょっと根詰めて一気にやりすぎたかな」

「あ、いえ! 私の体力がないのと振り付け覚えるのが苦手なだけです!!」


 焦ったように全身を使って桜庭の言葉を否定する宮川。


「宮川さんはまだアイドルになったばかりなんだっけ?」

「アイドルとして活動し始めたのは去年の四月なので……一年半くらいになりますかね」

「そっか。じゃあやっと勝手が分かってきたって感じかな」

「そうですね。それでもまだ分からないことだらけですけど」


 用意してきたスポーツドリンクを飲みながら二人のそんな会話を聞いていた。


「修斗君はどうかな。振り付け覚えられそう?」

「時間はかかりそうだな」

「お、無理だとは言わないんだ」


 意外そうに目を見開いて言う桜庭。


「別に無理だと思わないからそう言ってるだけだが。それに俺一人の問題じゃないんだからそんな簡単にできないでは済まされないだろ」

「そういう責任感が強いタイプだとは思わなかったから意外。やっぱりチームスポーツやってたからなのかな」

「さあな」


 たぶん本人は悪気なく本心で言ったであろう嫌味に俺は適当に返事を返して再びスポーツドリンクに口をつけた。


「修斗さんってスポーツやってたんですか?」


 話を聞いていた宮川が俺にそう問いかけてくる。


「前の学校でバスケ部に入ってたってだけだがな」

「そうだったんですね。練習の感じ見てて何かやってたのかなとは思ってたんですけど」


 確かにダンスっていうのは想像以上に体力を使う。今回は特に時間がなくて根を詰めてやってるからというのもある程度はあるだろうが、俺がもし運動を全くしてないような人間だったら絶対に付いていけなかっただろうことは想像に難くない。

 バスケ部をやめてから一切運動らしい運動はしてなかったから体が鈍ってるのは最初から分かってはいたが、想像を遥かに超える鈍り具合に気づいたときには血の気が引いた。その時に学園祭が終わっても適度に運動は続けようと心の中で静かに誓ったのだった。


「つっても体が想像以上に鈍ってて付いていくのでやっとだよ」

「鈍っててこれだけ動ける体力あるなら十分すぎますよ! 私なんか一年半やっててもうヘロヘロですから……単独ライブが出来るくらい有名になったらもっと体力がないとやっていけませんし」


 そう言われて先週見たBORDERLESSのライブが二時間インターバルなしでステージを行っていたことを思い出す。一応メンバーのソロパートがあったり途中でMCがあったりで全員が二時間動きっぱなしという訳ではなかったが休憩らしい休憩は存在しなかった。当時の俺は意図も簡単に彼らの世界に飲み込まれた――会場の雰囲気も手伝ってということもあっただろうが――ため、時間の経過を感じることはほとんどなかったのだが冷静になって考えるとイカれている。比べるのはナンセンスだとも思うが、体力という点だけ考えてもバスケをやめる前の俺ですらあれだけのことを出来るかと言われると怪しい。


「アイドルってのは化け物の集まりだな……」

「学園祭ではその化け物たちと勝負するわけだけどね」

「気が滅入るようなことを言うな」


 化け物の日本代表に向かってそう(こぼ)す。


「私たちに勝算なんて本当にあるんでしょうか……?」


 釣られて気が滅入ったような表情で呟く宮川。


「別に高くないと言うだけでないことなんて絶対にないよ。それに学園祭は(いち)ステージの勝負だから体力はその分だけあればそれ以上は必要ない。あとはどれだけそのステージのクオリティを上げられるかだ」

「正論パンチの連打はやめろ」


 表情を変えずに淡々とロボットのように要素を羅列してくる桜庭に制止を促す。


「あと君たちは何故か自己評価が低いみたいだけど、僕はさっきまでの練習を見て最優秀賞取れるなと思ったよ」


 相も変わらず最優秀賞を狙う姿勢を崩さない桜庭に俺と宮川は顔を見合わせる。


「あの、本当に私たちでそんなことができるんですか?」

「うん」

「根拠を提示しろ」

「楽しそうだったから」


 理解しようと少しでも思った俺が完全に馬鹿だったかもしれない。


「楽しそうだったから、ですか?」

「そうだよ。僕がアイドルにとって一番重要だと思う要素。『ステージを演じるアイドル自身が楽しそうにやっている』こと。自分が楽しんでないのにお客さんを楽しませるなんて出来るわけないんだ」


 言ってることの理解自体はできる。だが―――


「俺はさっきの練習中そんなことは思ってなかったが」

「んー……そうかな? 本人が言うならそうなのかもしれないけど僕は楽しそうに見えたよ。少しだけだけどね」


 別に桜庭に言われたから反発したということではなく本当にそう感じてはいなかった。しかし俺たちと向かい合うように立ち指導を行っていた桜庭が俺の様子を見てそう感じたということは、単純に「桜庭がそう勘違いした」と一蹴しない方がいいような気がした。


「でも宮川さんが楽しそうだったのは間違いないよ。練習なのに『踊れてるのが幸せ!』って気持ちが伝わってきたもの」

「そ、そうですか……!? ダンスの練習は楽しいと思ってはいますけど」

「アイドルは宮川さんにとって天職かもしれないね。きっととてもいいアイドルになるよ」

「で、でもっ! どんくさいですし、振り付け覚えるのも遅いですし、他の皆さんと比べると顔も可愛くないですし!!」


 褒められたことを過剰なまでに謙遜する宮川。その様子を見ている最中に桜庭は一瞬だけ見たことないほど真剣な表情をした後またすぐにいつもの表情へ戻る。宮川はその桜庭の表情に気づいてはいないようだった。


「うーんそっか。まあいいや、そろそろ休憩終わってもいいかな?」

「はい! 大丈夫です!」

「ああ」


 そう言って俺たちは立ち上がり、先ほどの練習と同じように鏡の壁を向いて宮川と並び、正面には桜庭がこちらを向いて立つ。


「あ、ダンスの練習はあと一時間くらいで終わりね。昼食を摂ったら午後からはちょっと外に出よう」

「俺たちには時間がないんじゃなかったのか?」

「いくら時間がなくても無理しすぎて体壊しちゃったら本末転倒でしょ? 心配しなくてもこの調子ならダンスのクオリティは問題ないはずだよ」


 さっき見せた表情といい、突然午後から外に出ると言い出したことといい何かしでかそうとしてることは明らかだった。ただ何をするつもりなのかは見当もつかない。ヤバイことはしでかさないだろうがいざとなったら止めるくらいの心持ちでは居とくか。


「じゃあワンコーラスずつ通しで練習していこうか。最初の部分だし忘れちゃってる振りもあるだろうからそこの確認も含めてね」


 そう言う桜庭に返答する代わりに振り付けの最初のポーズを取る。桜庭も同様のポーズを左右逆に取り、Ephemeral Waltzの前奏を口ずさむ。その鼻歌に合わせて先程練習した振りを思い出しながら踊っていく。目の前で当たり前のようにミラーリングしながら手本のように踊る桜庭には一瞬ギョッとしたものの最早ツッコむ気力すら湧かなかった。

 ダンスの経験もない上に記憶力にも特別自信のない俺は前奏が終わって歌が入るところまで来たあたりで振り付けがあやふやになる。それに気づくと桜庭は一度止めて振りを確認してその続きから練習を続ける。それから俺と宮川はほとんど交互に止めて振りを確認していく。ワンコーラス分が終わったら再び最初から通す。それを繰り返して止める回数がなくなるまで続ける。


「うん。ミスなく完走できたね」


 数十回と繰り返してようやく一度も止めることなくワンコーラス分踊り切り、大きく息を吐いた俺の目の前で桜庭は笑いながら拍手をした。宮川は先ほどと同じく形を維持できなくなったスライムのようにへなへなと崩れ落ちて、女の子座りになったと思ったらそのまま上半身が前に倒れた。


「時間も大体一時間くらい経ってキリもいいし、少し休憩して息整えたら着替えて昼食を食べに行こう」

「わかりましたぁ~……」


 床に突っ伏したまま宮川が返事をすると、桜庭は「受付で退室手続きしてくるから休んでていいよ」と言い残してスタジオから出て行った。

 俺は壁際に行き座って壁に寄りかかる。手元にあった自分の半分ほど残ったスポーツドリンクを手に取って一気に飲み干した。

 ふと宮川に目をやると突っ伏した体勢になってから全く動いていなかった。死んでないよなあれ。


「すみません修斗さん。飲み物を取ってもらえませんか……。転がしてもらえれば大丈夫です」


 相変わらずピクリとも動かなかったがそう死にそうな声が聞こえて、俺は近くに置いてあった宮川の水筒を横に倒してゆっくりと宮川に向けて転がした。水筒が転がっていき宮川の膝に軽く当たると、まるで餌を捕食する獣のような速さで宮川の手が水筒を掴んだ。そして機敏に上半身を起こし、水筒を開け口を付けてほとんど垂直に立てて水分補給を行う。少しして恐らく飲み干したと思われる水筒の口を締めて、今度はそのまま後ろに倒れ込んだ。

 忙しい奴だ。

 俺は鞄を持って立ち上がりスタジオの扉へと向かう。


「着替えてくるわ。桜庭が来たらそう言っといてくれ」

「あ、私も着替えます!」


 死んだように動かなかった宮川が再び機敏に動き出し鞄を持って駆け寄ってくる。


「いやあんたまで着替えに言ったら桜庭が戻ってきた時……まあいいか」


 別に先に帰るわけでもないし、もし先に桜庭が戻ったとしても着替えた後にまたスタジオに戻れば入れ違いになるってことはないだろう。

 俺と宮川はスタジオを後にし更衣室へと向かった。更衣室に入った俺はタオルで手早く汗の処理をしてジャージから私服に着替える。

 バスケ部だった頃は校内の完全下校時刻ギリギリまで練習をしたいと部員全員が考えていたため終了後の片づけと着替えは高速で終わらせられる技術が自然と身に付いた。そのおかげというかせいというか今でも着替えは無意識に無駄なくできるだけ最速で終わらせるように体が動いてしまう。

 着替えた後は更衣室を後にして廊下へと出る。すると使っていたスタジオの方から鞄を持って桜庭が歩いてくるのと出会う。


「あ、やっぱり着替えてたんだ。宮川さんもかな?」

「ああ」

「そっか。退室手続きは終わったから忘れ物とかがなければスタジオに戻る必要はないよ」

「じゃあここで待ってればいいんだな」

「うん。僕もはやく着替えてくるね」


 そう言って更衣室の中へと入っていった。俺は更衣室の扉の正面にある長椅子に腰掛けて二人が出てくるのを待った。しかし俺が座ってから一分も経たないうちに着替え終えた桜庭が出てくる。


「はや……」

「ライブとかで早着替え要求されることがしょっちゅうだし、ライブじゃなくても次の現場に向かわなきゃならなくて時間なかったりするから人気アイドルには必須技能だよ」


 あまりの速さに俺が思わず声に出してしまったのを聞いて桜庭が答える。

 返答で出てきた「ライブでの早着替え」というワードで先日のBORDERLESSのライブでもコロコロと衣装が変わっていたことを思い出す。曲の終わり際に一度ステージから()けて、次の曲が始まった時には別の衣装で現れる。そもそも中に着込んで居たり専用のスタッフが居たりするんだろうが、それでも素人目にはほぼ手品レベルの早着替えが行われていた。

 桜庭も俺と同じようにほぼ無意識で早着替えを行っているのかもしれないが、今回は特に急ぐ必要が全くなかったのだから意識的に早着替えを行っている普段のライブ等ではもっと早い可能性すらある。


「アイドルってのは化け物の集まりだな……」

「早着替えだけで大袈裟だなあ、修斗君は」


 そう苦笑して言いながら桜庭は俺の隣に座る。すると桜庭は「あ、そういえば」と呟き俺に問いかける。


「修斗君がアイドル学園に来て二週間くらい経ったわけだけど、一般人の君にとってアイドル学園はどうかな?」

「どうもこうも心労が絶えないな」

「やっぱりアイドルばっかりだと普通の学校とは雰囲気が違うのかな」


 人差し指を顎に当てて思案するようにしながら桜庭は言う。


「それも全くないとは言わないがな。主な理由はあんた含めて妙に絡まれるからだな」

「宮川さんにってこと?」

「いいや。ほぼ軽森優と藤田唯だな」

「へぇ。これまた有名人だ」

「アイドル学園のアイドルにとって一般人がそんなに珍しいかね……」


 ここ二週間のことを思い出してため息をつく。

 アイドル学園に入ってからため息ばっかついてんな本当。


「まあ珍しいのも少しはあるかもしれないね。でもそれ以上に君という人間に人を引き付ける何かがあるんじゃないかな?」

「俺が? なんでだよ」

「それは僕にも分からないよ。僕は君のプレイに魅了されたというちゃんとした理由があるからね」


 それはちゃんとした理由なのか……?


「修斗君は自分が一般人だと思ってるんだろうし、僕や軽森君、藤田さんに比べたら相対的には一般人にカテゴライズされるかもしれない。けどね、本当の一般人から見たら君だって一流バスケットボールプレイヤーなんだ。そこには必ず『格』が存在しているはずでそれに無意識にでも魅かれたり興味を持つ人はいるよ」


 桜庭の纏う鋭く体を貫くような雰囲気が「何が格だよ馬鹿馬鹿しい」と茶化そうとした俺の口を抑えつける。

 そんなわけはないことは分かりきっているがそう思わされてしまうほどの圧。


「……覚えとくよ」


 それが本能が口に出すことを許可した言葉だった。

 すると緊迫した空気を破るようにして更衣室から宮川が出て来て、俺は我に返る。


「あれ!? 桜庭さんも着替えてたんですね。ごめんなさい! お待たせしました」

「全然待ってないから大丈夫!」


 桜庭は直前の雰囲気を一切感じさせないいつもの雰囲気でそう言いながら立ち上がった。


「じゃあお昼ご飯食べに行こう! 美味しいお蕎麦屋さんを知ってるんだ。あ、宮川さんはお蕎麦って大丈夫?」

「あ、はい! 大丈夫です!」


 そう話しながら桜庭と宮川は出口の方へ歩いて行く。俺は座ったまま一度全身で脱力する。


「どぅあはぁー……。勘弁してくれマジでぇ……」


 心労の一番の原因は軽森でも藤田でもなく、間違いなく桜庭だな……。

 俺はもう一度深く息を吐いてから立ち上がり桜庭と宮川の後を追った。

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