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006「一般少年、巻き込まれる」

 時が止まっていた。そんな訳がないとは分かっていても体はそう錯覚してしまっていた。


「な、何だと……?」


 運営担当の教師が絞り出すように言った。すると桜庭は不敵に笑う。


「僕が宮川さんのグループの補充要因になります」

「ば、馬鹿なことを言うな! そもそもお前は学園祭は出演禁止だろう!」


 そういえば先ほどそんなことを話したなと思い出す。


「そうですね。でもそれでいいんでしょうか? 本来ならば参加出来ていたはずの生徒が参加出来なくなってしまうこの事態は学園として不本意なのではないですか?」

「それは……」

「もちろん。僕が出禁になった理由は理解しています。だからあくまで宮川さんをセンターに置きそのサポートに徹します。それと……」


 桜庭がチラリと一度こちらを見る。これ以上こいつに好き放題話させるのは不味いと本能が警告を鳴らす。


「待―――」

「彼、木崎 修斗君を三人目のメンバーとして迎え入れます」


 遅かった。


「え……ええええええぇぇぇ!?」


 宮川の一際大きな叫び声が職員室中に響き渡る。

 こいつは恐らく最初にちぃちゃんの電話を聞いた時点でこうなることまで予測して行動していた。そうでなければさっきからおかしい行動と言動が多すぎる。


「おい、桜庭。馬鹿も休み休み言え。なんで俺がこんなことに首を突っ込まなきゃならない」

「別に君に義務はないよ。僕は一つの提案をしているに過ぎないんだ。学園祭を出禁の僕が宮川さんのグループに入る条件としてアイドル未経験の君を入れる。バランスが取れているのかと言われるとそんなことはないかもしれないけど、アイドルを入れるよりは幾分(いくぶん)か外から見た時の印象は変わると思うよ。第一、現状況ではフリーのアイドルを見つけるのが難しいのは話していた通りだしね」

「だからってその一般人枠が俺である必要はないだろ」

「そうだね。君がここに居たから君の名前を出した、というところは少なからずある。けど少し考えてみて欲しい。残り一週間の練習期間でアイドルの経験がない生徒に学園祭に参加してくれと頼んで首を縦に振ってくれる生徒が見つかる可能性はどのくらいだろう?」

「ほぼゼロだろうな」

「僕もそう思うよ。だからこそ現実的に考えても君以外に三人目の選択肢がないんだ」

「……」


 こいつ、本当に性格が悪い。世の中はもうちょっとこいつがどういう人間なのかを考えた方がいいぞ。


「お察しの通り僕は君に首を縦に振って欲しいと思って追い詰めるような形を取ってまで言っている。でも横に振られても仕方ないと思っているよ。宮川さんが君にとって力になりたいと思えるほどの関係かどうかは僕の(あずか)り知るところではないからね」


 俺は最大値を更新した特大ため息をつく。


「……どうなっても知らないからな」

「了承と受け取ったよ」


 まるで俺の返答が分かっていたと言わんばかりに微笑んだ桜庭は宮川の方を見る。


「ということで宮川さん」

「は、はい!?」

「僕と修斗君を補充のメンバーとして迎え入れてくれるかな?」

「わ、私からお願いしたいくらいです……!」

「じゃあ決まりだね。あとは……」


 そう言いながら桜庭は今度は教師の方に向き直る。


「先生方の許可をいただくだけです」

「……許可は出せん」

「どうしてですか!?」


 運営教師に真っ先に反論したのは意外にもちぃちゃんだった。


「桜庭が学園祭を出演禁止になったのは三年前、彼が中学生の頃だ。それでも当時の学園祭は桜庭の話題一色だった。それから存在感を増し続けている彼が出たらどうなるのか。私にはとても想像できない……どうなるかの責任が取れないんだ」

「そんな……じゃあ宮川さんは……」


 ちぃちゃんはがっくりと肩を落としてしまう。

 初対面のときから思ってるけど、この人あんまり先生っぽくないんだよな。良い意味でも悪い意味でも。


「だから条件がある。先程桜庭が出した条件に加えてだ」

「どんな条件でしょう?」

「ステージに桜庭 蒼空が居ると誰にも知られないようにすること、出演順を一番最後に固定すること、もし桜庭 蒼空が出ていると知られた場合は審査の対象外とする。この三点だ」

「わかりました」


 めちゃくちゃな条件を出されたことに周りが驚く暇すら与えず即答する桜庭。

 本当にちゃんと理解して答えてんのか……?


「……メンバー変更を許可する。事故に遭った二人への連絡は―――」

「私が行きます」

「では伊東先生に頼みます」


 教師たちがそう話していると宮川がピクリと反応する。


「あ! 私もお二人のお見舞いに行きたいです……!」

「じゃあ宮川さんも行きましょう。私は病院へ行く準備をしてきますね」


 そう言い残してちぃちゃんは自分のデスクへと歩いて行った。それを見て運営の教師もデスクに戻っていく。


「あの……すみません、勝手にお見舞い行くなんて言ってしまって……。本番まで時間もないのに……」

「別に気にしなくていいよ。お見舞いに行くのは大切なことだもん。そもそも今後のことを考えるのにも少し時間が欲しいからね」

「今後のこと……ですか?」


 何のことかわからないと言った様子で首を傾げる宮川。


「出された条件に僕だと知られないとあったよね。あれを満たす方法を何か考えないとそもそもスタートラインにすら立てない訳だから」

「仮面で顔を隠すとかか?」

「それが一番楽だね。僕だけ仮面だと見るからに怪しいからバレないとは限らないけど。あと仮面をつけてステージに立つなら使用曲が仮面を付けてても違和感がないものかどうかも重要かな」


 ただ出るだけでいいなら考慮しなくてもいいが、見せ物であることと審査まであることから考えても(ないがし)ろにしていい部分じゃないってことか。


「練習してた曲は……女の子のアイドルがよくやるような可愛い感じの曲でした」

「まあ合わないね。そもそも男の僕たちが合ってないのもありそうだけど」

「選曲のし直しからですね……!」


 前途多難だな……と思わずにはいられなかった。


「まあこういうことだからすぐに妙案を思いつかないだろうし、今日はとりあえず練習しようがないからそういう意味で時間が欲しいんだ」

「わかりました。私も少し考えてみます」

「じゃあ明日、僕が普段使ってるスタジオに集まって今後の方針を決めて出来るなら練習も始めちゃおう」


 そう言って桜庭はスマホを取り出す。


「明日は土曜日だが……」

「何言ってるのさ。僕らは一週間のハンデがあるんだよ? 甘えたこと言ってちゃ最優秀賞は取れないよ。分かったら連絡先教えてくれない?」


 当たり前だと言わんばかりにケロリとそう言ってのける桜庭に思わず顔が引き()る。

 こいつこの状況とメンバーで最優秀賞を目指すつもりなのか……。


「『おいおい勘弁してくれよ……』みたいな顔してるね。先に言っておくけど僕は負けず嫌いなんだ。出るなら勝つ。それ以外にないよ」

「そういうことは俺が決断する前に言っておいて欲しかったよ……」

「それは悪いことをしたね。でも今回は諦めてくれ」


 こいつ、本っっっ当に性格が悪い。

 仕方なく俺と宮川は桜庭に言われるまま連絡先を交換する。連絡先交換が終わるとちぃちゃんが準備が出来たと伝えに来て宮川と病院へ向かっていった。俺と桜庭も今日のところは解散ということになった。

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