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004「一般少年、学校行事を知る」

 一夜明けて月曜日。けたたましく鳴り響く目覚ましを止め、再び鳴らないように目覚ましのスイッチを切り、静かになった部屋で布団をかぶり直し寝返りをうつ。そのまままどろみの中へと落ちていき、今度はスマホのアラームで叩き起こされる。片目だけを開けてスマホのアラーム設定も切った後、一度布団の中で大きく息をついてから伸びをする。五秒ほどの伸びの後全身の力を抜いてそのまま動きが停止する。三度目の眠りにつこうとしたその時、部屋の扉が騒音レベルで連打される。


「おにーちゃーん! 朝だよー! 起きてるー!?」


 設定していないはずの三つ目の目覚ましが鳴りだす。


「ああ……」


 自分の意思かもよく分からない返事を返す。


「……おにーちゃーん!」

「ああ……」

「……起きてるー!?」

「ああ……」

「……寝てるのー!?」

「ああ……」


 部屋の扉が開けられた音がして足音が近づいてくる。そして胸の辺りを叩かれたと思うとめちゃくちゃに体を揺らされる。


「おーにーいーちゃーんー!!」

「起きてるっての……」

「あ、やっと喋った」

「ずっと喋ってたろうが……」

「いーや違うね。さっきまでは声に反応して『ああ……』って言うだけのオモチャだったもん」


 なんだそのどこの層に向けたものかわからないオモチャは。

 俺は布団から起き上がり窓から入ってくる眩しい日光に目を細める。


「はやくしないと学校に遅刻しちゃうよ」

「わかったわかった。着替えるから部屋から出てけ」

「え、私は気にしないよ?」

「俺が気にするってんだわ」


 不満そうな顔をしながら「ちょっとくらいいいじゃんケチ」などと意味不明なことを(のたま)未来(みらい)を部屋から叩き出し制服へと着替える。リビングへ行くとテーブルには朝食が用意されており、未来と親父が既に朝食を食べていた。俺は家族と挨拶を交わし席に着く。


「未来に起こされるほど寝起きが悪いなんて珍しいわね」


 母さんがそう言いながら俺の前にコップを置く。


「昨日夜遊びしてたからだよ!」

「どこが夜遊びだよ。別に日が変わるまで帰らなかった訳でもない」


 鬼の首を取ったように騒ぎ立てる未来に反論する。


「でもあんなに遅くまで帰って来なかったのは初めてじゃない?」

「ほらー!」

「うっせぇ。母さんにならまだしもお前にまであーだこーだ言われる筋合いはない」


 その後も「お兄ちゃんがいじめるー」だの騒ぐ未来を尻目に朝食を食べる。すると、「ごちそうさま」と朝食を食べ終えた親父が席を立つ。


「お父さんもお兄ちゃんに何か言ってよ!」

「楽しくやってるなら何でもいいぞ、未来もな。いってきます」

「いってらっしゃい、庄矢くん!」


 こちらを向くことなく手をぷらぷらと振りながらそう言って親父は出て行った。


「また適当なこと言ってる。あんなんでいいの? お母さん」

「庄矢くんはあれでいいの。それに修斗のこと一番心配してたのは庄矢くんだもの」

「ふーん……」


 母さんの返答にいまいち納得しないような反応をする未来。俺は食パンの最後の一切れを口に放り込み水で流し込む。


「ごちそうさま。んじゃいってきます」

「はい、いってらっしゃい!」

「あ、待って! 私も一緒に行く! いってきます!」

「いってらっしゃい!」


 家を後にし未来と共に学園へと向かう。


「そういえばお兄ちゃん。結局昨日は何してたの?」

「ライブ行ってた」

「何の?」

「BORDERLESSの」

「は?」


 隣で歩いていた未来の動きが止まる。俺は構わず置いて歩き続ける。五秒ほどして慌てて未来が駆け寄ってくる。


「ちょ、え、BOREDERLESSってあのBORDERLESS……?」

「BORDERLESSのライブと言われて二つ以上の選択肢が思い浮かぶのか?」

「いや、だってあり得ないよ! あのBORDERLESSのライブだよ!? なんでお兄ちゃんがチケット持ってるのさ」

「譲ってもらった」

「誰にさ?」

「藤……L'AILE(レル)のリーダーとか言ったかな」


 藤田では伝わらないだろうと思い、そういえば先週聞いた藤田のグループ名を出す。すると再び隣で歩いていた未来の動きが止まる。俺は構わず置いて歩き続ける。今度は十秒ほどして息を切らしながら未来が駆け寄ってくる。


「L'AILEってあのL'AILE……?」

「さあな。L'AILEってグループは一杯あるのか?」

「……頭痛くなってきた。やっぱ今日休もうかな……」


 俺に未来くらいのアイドルに関する知識があれば先週こうなっていたんだろうな。


「お兄ちゃんは一週間一体どういう学園生活を送ってるの……?」

「別に普通に登校して授業を受ける真っ当な高校生生活を送ってるが」

「あり得ない……どれだけイカれた生活を送っているのか理解出来ていないのがよりあり得ない……」


 まあ先週の宮川の反応から考えてもそういうものなんだろう。一応昨日のライブを見て軽森 優がどれほどの男なのか肌で多少なりとも理解はしたつもりだ。多少は。

 頭を抱えながら歩く未来を見て、転入初日に桜庭に絡まれたことは話さないでおいた方がいいだろうなと考えながら歩く。

 電車に乗り様々な制服の学生を見ながら、少し前までの何もかもが普通だった高校生活に思いを()せる。アイドル学園という超特殊環境に置かれ周りと俺自身が乖離している状況は、アイドルに関しての知識がないとはいえ流石に居心地の悪さは感じる。だがそんなことは百も承知で転入を決意している。むしろその環境を望んでここに来たと言ってもさして間違いはない。だがそれでも……それでも少しだけ、前までの生活に未練を感じてしまうことはある。この生活に慣れていないだけなのか、本当に戻りたいと思っているのか、まだそれは分からない。

 電車から降り改札を抜けた先から既に見えるいつ見ても馬鹿みたいにデカイ校舎に向かって歩く。


「よーっす! おはよう修斗」


 学園へ向かっていると後ろから声を掛けられる。


「おう、おはよう」

「っ……!」


 隣で未来が絶句しているのが見なくても分かる。いつも通りの感じで挨拶を交わした軽森は俺の隣に居る未来を見て目を見開く。


「おお! 生の木崎 未来ちゃん! 初めまして、俺は軽森 優! よろしく!」

「え、えぇ……? よ、よろしくお願いします……?」


 そんな助けを求めるような目で見られても困るんだが。


「あれ……どしたの?」

「藤田に貰ったチケットでBORDERLESSのライブに行ったって言ったら、どういう生活してんだって言われたところ。そこにお前が来てバグってる」


 なんとなく理解してもらえたようで軽森は苦笑いする。


「な、なるほど……。まあ確かに外から見たらやばいことかもな」

「あ、あの、なんでお兄ちゃんとお知り合いに……?」

「アイドルじゃない転入生なんて珍しいから話をしてみたいなーってのと、アイドル好きを増やしたいなーって思って」

「そ、そうなんですね……」


 今にも朝食を吐き出すんじゃないかというくらい顔色の悪い未来。


「おはよう~、優くん、修くん」


 そこにとどめを刺しに来たと言わんばかりに藤田が未来の隣から現れる。


「おはよう! 唯ちゃん」

「おはよう」

「ひぇっ……」


 藤田を視認した未来は大きくフラつき、藤田にキャッチされる。


「あら~大丈夫~?」

「大丈夫じゃないぞ」


 喋り方のせいで本当に心配してるのかよく分からん藤田に手遅れであることを伝える。

 今まで通学中に会うことなんて一度もなかったのに今日に限って両方に会うんだから、噂をすれば影が()すなんて言葉を作った人は本当に偉人だなと思う。


「う~ん……ハッ! ここは……!?」

「歩道のど真ん中だ。迷惑だからさっさと起きろ」

「ダメよ~修くん。女の子にそんな言い方しちゃ」

「妹だよ」


 そう告げると藤田は一瞬驚いた表情を見せた後にこやかに笑う。


「この子がそうなのね~。私は藤田 唯よ~、よろしくね~」

「めちゃくちゃ大変存じております。木崎 未来と申します。よろしくお願いいたします」


 ぶっ壊れてる。どこからどう見てもそうにしか見えなかった。

 未来は数歩前に出てこちらに向き直ると、


「フラついてご迷惑をおかけしました。では、お先に失礼します」


 そう言ってお辞儀をし歪な走り方で学園へと走っていった。


「可愛い子だったわね~」

「でもなんか悪いことしちゃった気分だわ」

「いいよ気にしなくて。すぐ立ち直る」


 俺たちも学園へと向かって歩き出した。教室へと入ると既に宮川が登校しており挨拶を交わし今朝の出来事を四人で話す。


「あはは……でも妹さんの気持ち凄く分かります。実際に先週は私もそんな気分に近かったですし」

「俺はアイドルの追っかけをするにも有名すぎるとああいうことになるんだなって悩みの種が増えたわ……」

「えぇ~優くんBORDERLESSやめちゃうの~?」

「そこまでは言ってないだろ!?」


 そんな雑談をしているとちぃちゃんが教室に入ってくる。


「はーい、ホームルーム始めますよー」


 それを聞いて生徒たちが各々(おのおの)席へと戻っていく。全員が着席したのを確認したちぃちゃんは今日の連絡事項を話していく。


「あと、察してる人も多いとは思いますが今週から学園祭の準備期間です。参加する生徒は今週中に忘れずに申請するようにしてくださいね。では、ホームルームを終わります」


 学園祭……? アイドル学園にも行事とかあるのか。それに『参加する生徒』という言い回し……。

 いろいろと想像を巡らせてみるが未だにアイドル学園に適応しきっているとは言い難い思考力では答えが思い浮かぶことはなかった。


「ヘイ! 恐らく聞きたいことがあるだろうから説明に来ーたよ」

「ああ。理解できたことが行事があることくらいしかないな」


 笑いながら「だよなー」と言う軽森が一枚の紙を取り出す。『アイドル学園ライブステージ祭り』と一番上にでかでかと書いてあるのが目を引いた。


「簡単に言うと、出演者は希望を出したアイドル学園の生徒それぞれが一曲ずつライブをしてーってのが一日中続くイベント」

「……へぇ」


 見る側に取っては地獄のようなイベントだな。


「開催は来週の金曜日。つまり練習期間は二週間弱だな!」

「近いな。一曲とはいえ授業も普通にあって、アイドル自体の活動もあるんだろ。忙しいとかそういうレベルじゃなくないか」

「確かに授業は当日以外普通にある。でもアイドルの活動はしない生徒が多いんじゃないかな」

「どういうことだ?」


 当然の疑問をぶつける。

 軽森は紙の下の方、イベントの詳細が記述してある部分を指さす。


「ここにある通り、当日は一年で唯一学園が外部に門戸を開いて観客を入れるんだ。限られた人たちだけだけど」


 軽森が指した部分には「当日はテレビ局、企業等多数の方が来場される予定です」という記述があった。


「……自分を売るために参加するってことか?」

「いえす! テレビ局ってあるようにこのイベントはテレビ中継もされるんだ。通常のライブイベントでは考えられない機会と言える。あと単純にメディアへのアピールもあるけど。加えて企業にも直接アピールできることも見逃せない。CMやイメージキャラクターに起用されることもあるし」

「だから普段のアイドル活動を休止してでもこのイベントに打ち込む価値があるってことか」

「そゆこと」


 どうやら想像の千倍はガチでマジなイベントらしい。


「あと重要なのはー……参加するのに条件があることかな」

「条件?」

「三人以上のグループを組むこと」

「三人以上って……普段一人や二人で活動してるアイドルは不利じゃないのか?」

「そうなんよねー。でも一人で一曲ずつやってると一日じゃ収まりつかないって理由みたい。この部分はじゃあ二日開催にしろとか普段の活動と同じメンバーでは参加不可にしろとかいろいろあったりすんのよね」


 こういうところはアイドル学園がいくら現実離れしたところであってもちゃんと現実なんだなと思う。


「ただこれも一概に悪いことかと言われるとそうじゃないっていう事例もあってな。条件にある通り三人以上であればオッケーだから普段は別グループのアイドルが一緒にライブしたりするのよ。そういう一夜限りの幻みたいな部分のウケがめちゃくちゃいいところもある」

「なるほどな」

「でもこの形式が変わらない一番の理由は、L'AILEがこのイベントから生まれたことだと思います!!」


 隣で話を聞いていた宮川が突然身を乗り出してそう言ったのにビクッとなる。

 というかL'AILEが生まれた?


「三年前、当時中学二年生だった唯ちゃんと同い年のアイドル二人が組んで学園祭に出たんです。三人とも当時の知名度はそこまでだったんですけど、そのステージが凄く話題になったんです。余りの人気にそれぞれの事務所が話し合いまでして一つの事務所に移籍で集める事態にまで発展しました。そこでできたのがL'AILEなんです!」


 昨日のBORDERLESS蘊蓄(うんちく)を語っていたときを思い出すようなイキイキとした表情で話す宮川。


「じゃあ藤田はその時までは一人で活動してたのか?」

「そ。それが今じゃ超絶人気グループなんだから世の中分からんよなあ」


 そう言いながら軽森は学園祭のチラシを折りたたんでポケットにしまう。


「とまあこんなイベントよ。あ、一応グループ毎に審査があって最終的に最優秀賞とか優秀賞とかが決まったりするけど、修斗にはあんまり関係ないかな?」

「出ないからな」

「んじゃあとは一番大事なこと。学園の生徒であれば観覧は自由だから当日は是非見てね!!」

「それが言いたかったんだな」

「あったりめぇよ! 修斗にアイドル好きになってもらうのが目標って言ったろ?」


 ドヤ顔でそう言う軽森。すると「あっ」といい宮川への方を向く。


「そういえば香奈ちゃんは学園祭出るの?」

「はい! 先週のうちに誘ってもらいました!」


 そう話す宮川。それを見て素朴な疑問が思い浮かぶ。


「宮川は普段一人で活動してるのか?」

「そうです!」

「じゃあL'AILEみたいなことが香奈ちゃんにも起こるかもしれないな! 目が離せん!」

「そんなこと起こりますかね……起こったら嬉しいですけど」


 そう興奮した様子で言う軽森に宮川は頬を掻きながらそう言った。そうこうしていると学園に予鈴のチャイムが鳴り響き軽森は自分の席へと戻っていった。

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