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003「一般少年、ライブ参戦する」

 それから数日後、俺は電車に揺られながらあまり見たことのない景色が流れていくのを呆然と見ていた。時間も十八時過ぎといった頃合いで秋口なのもあって日が落ち始めている。

 目的地が目的地なせいか電車内もかなり混んでいてほぼ満員電車と言っても差し支えないレベル。混むような時間になる前にさっさと来て、着いた先で時間潰ししてた方がよかったかもしれないとかぼんやり考えながら視界の端に目的地を捉える。少しして駅に電車が停車して乗客のほとんどが下車し、その人の波に身を任せるような形で俺自身も下車する。しばらくそのまま歩いて改札を出たところで波の外に出てスマホを取り出す。既に「到着しました!」という連絡をしてきていた宮川に適当に返事を返す。ついでに目的地までの経路を確認して再び歩き出す。

 目的地の経路と言っても大多数の人の流れに付いていけば恐らく問題なく到着できるとは思うが。

 数分程度歩くと目的地であるドームの入り口が見えてくる。もう一度スマホを開いて宮川の連絡を確認する。「入口左の柱の辺りに立ってます!」という文章を見て、たぶんあれがそうだろうという人を遠目に見つけて歩いていく。


「おっす」

「こんばんわ! 修斗さん」


 声を掛けて振り返った宮川は普段のポニーテールではなく、下ろしてサイドで三つ編みにしていた。


「あ、これですか? いつものポニーテールだと後ろの人とかに邪魔なっちゃうかと思って。あんまりこういうオシャレなのは似合わないかなとは思ってるんですけどね。あはは」


 その視線に気づいたのか三つ編みを触りながら自虐的にそう笑う宮川。


「別に言うほど変じゃないと思うが」

「えっ……あ、ありがとうございます」


 宮川はおさげで顔を隠すようにしながら俯いて言う。

 そういう反応をされると恥ずかしいこと言ったみたいになるんだが。

 微妙な空気が流れてめちゃくちゃ気まずくなる。どうしたもんかなと考えていると、両肩をそこそこの強さで叩かれる。


「おまたせ~」


 何事かと思い後ろを振り返ると同時に藤田がピョンと飛び出してくる。藤田も普段とは違い、黒縁眼鏡をかけクロッシェをかぶっていた。

 藤田の場合は目立たないように変装の意味合いもありそうだが。


「ちょっとごたついてて遅れちゃったわ~。って香奈ちゃん顔真っ赤だけどどうしたの~?」

「いっ、いえっ! なんでもないんです!!」


 最初の「いっ」の声が綺麗にひっくり返ってたが。


「ふ~む。もしかして私、お邪魔しちゃったかしら~?」

「いやいやいや! そんなことないです!」

「どうしてそうなる」


 俺と宮川が否定するのを聞いて藤田は更にニヤニヤと笑いだす。


「修くんまでそんな必死に否定しなくてもいいじゃない~」


 こりゃもう何言ってもダメだな。

 そう呆れ半分諦め半分に思っていると藤田が二枚のチケットと一つの封筒を取り出す。


「はいこれ。今日の必需品よ~」

「チケットはわかるがその封筒は?」

「BORDERLESSのリーダーへのお手紙よ~。チケット譲ったことの謝罪のね~」

「律儀だな」


 この間の感じから恐らく藤田はBORDERLESSのリーダーを鬱陶(うっとう)しく思ってるんだろうと察していたため、わざわざ謝罪の手紙を用意するのは意外に感じた。


「まあ私自身は別にいいんだけどね~。彼の怒りの矛先が修くんや香奈ちゃんに向かうと面白くないじゃない~?」


 なるほど。そこまで考えてたのか。性格や喋り方から適当に生きてそうな感じこそあるものの流石は超人気アイドルグループのリーダー。周りへの気配りやリスクマネジメントは完璧ってことか。


「こんなことまでしてもらってすみません、唯さん」

「何言ってるのよ~。チケット譲るって言いだしたのは私なんだから~」


 チケットと手紙を宮川に手渡しながら藤田は笑う。


「だから申し訳なさそうな顔はしないで? 暗い顔だとせっかくのおめかしが台無しよ~? あと同い年なんだからさん付けよりちゃん付けの方が嬉しいわね~」


 藤田はそう言いながら宮川の頭をゆっくりと撫でる藤田。

 藤田は「同い年なんだから」と言ったが、その光景はまるで妹をなだめる姉のようだった。


「……わかりました、唯ちゃん!」

「うん、いい顔になったわ~。さて、あんまり開園時間ギリギリになっても大変だろうし、そろそろ入場しちゃいなさい~?」

「はい!」


 藤田は返事を聞くと「じゃ~ね~。」と言い残してその場を去っていった。が、すぐに立ち止まると振り返る。その顔はどう見ても悪いことを考えている顔だった。


「あ、感想は明日聞くからね~」

「そ、そういうのじゃないですってば!」

「え~? 私が言ってるのは『ライブ』の感想の話よ~?」


 一杯食わされたな……。

 宮川は顔を覆ったまま固まってしまう。かく言う俺も頭を抱えそうになる。藤田は「今度こそじゃ~ね~」と手を振ると上機嫌に歩き去っていった。


「うぅっ……えと、行きましょう、か……」

「ああ……」


 若干の気まずさを残したまま俺たちは会場へと歩き出した。

 会場内は既に人でごった返しており、ともすれば宮川とはぐれてしまいしまいそうなほど。


「凄い人ですね……」

「こんなに集まるもんなんだな」


 それは素直な感想だった。同い年やそれらに近しい年齢のやつらがこんなにも多くの人を集められる次元の違う人間なのかと。そんな軽森ですら浮くことがないほどアイドル学園が現実離れした空間だったのだと。改めて……いや、『初めて』そう認識した。


「修斗さんはこういうところに来るのは初めてですか?」

「そうだな。アイドルはもちろん、ミュージシャンのライブにも来た事ない」

「そうなんですね。じゃあ一応数回経験あるので客席まで案内しますね」

「頼む」


 宮川に連れられて受付を済ませ客席へとやってくる。席はアリーナ席――競技場部分の席のことらしいとさっき案内板で知った――の中央中列やや後ろ。いわゆる『関係者席』というヤツらしい。そもそも藤田に贈っているチケットだし、BORDERLESSのリーダーが融通したのだからそういう席なのは納得だ。

 ステージにある巨大スクリーンには開園までの時間が表示されており、残りは十五分程度を表していた。客席は既に9割近く埋まっており、どちらかと言えば俺たちは来るのが遅い方だったらしい。


「宮川はBORDERLESSのライブには来たことあるのか?」


 ショルダーバッグの中を一生懸命漁っている宮川に問いかけてみる。


「いえ、過去のライブ映像を見たことはありますが、こうして現地に来ることは初めてです!」


 そう言いながらドヤ顔でペンライトを取り出す様を見て「本当か?」と漏らしそうになる。


「あ、サイリウムあります? 修斗さんはたぶん持ってないだろうなって思ったので余分に持ってきてますが!」

「え……ああ、持ってないけど……」

「じゃああげます! ちゃんと緑ですよ!!」


 半ば押し付けられるように渡された二本のサイリウムには確かに緑の液体のようなものが入っていた。


「緑だと何かいいのか……?」


 先ほどまでと明らかにテンションの違う宮川に若干気圧されながらも聞いてみる。


「緑は優さんのメンバーカラーなんです!」

「なるほど……」


 イメージカラーのことだろうことは理解できた。軽森は本人のイメージから言うなら黄色やオレンジが合いそうなもんだが、緑なのはやっぱり『森』だからなんだろうか。


「BORDERLESSはライブの最初と最後の曲で使うのが通例です! なのでそれぞれ一本ずつ使ってください」

「なるほど……」


 同じ相槌を機械的に打つことしかできない。軽森ほどではないとは言え宮川も中々アイドル好きなんだな……。


「そうだ、サイリウムの付け方はわかります?」

「ああ、音鳴るまで曲げるんだっけか」

「はい! 折ったあとは軽く振ると均等に光ります!」


 それからはしばらく宮川のBORDERLESS蘊蓄(うんちく)を聞いた。

 リーダーの白鳥(しらとり) (れん)は俺たちの一つ上である三年生。圧倒的歌唱力と容姿、カリスマ性で桜庭 蒼空が居なければ彼が男性アイドルの頂点を取っていてもおかしくなかったと言われるほどの逸材。

 他のメンバーは九条(くじょう) 久羅(ひさら)九条(くじょう) 真央(まお)の双子。俺たちの一つ下で一年生。ダンスのキレと双子ならではのシンクロ率が特徴。

 朱堂(すどう) (たすく)はメンバー唯一の中学生で三年生。歌唱力が特に高く評価されているBORDERLESSを桜庭と共に二大巨頭で支える超実力派。

 最後は軽森。リーダーと他のメンバーを繋げる役割を担っていると言われており、他のメンバーに比べるとアイドルとしての能力は突出している訳ではないものの彼なしではBORDERLESSはまとまらないと言われているバランサー。

 以上がBORDERLESSのざっくりとした基礎知識、らしい。更に続けて語ろうとする宮川をそろそろ開演の時間だと伝えて止める。

 ほっといたら一時間は話してそうな勢いだったぞ……。

 巨大スクリーンのカウントが三十を切った頃、ぽつぽつと客席からスクリーンに合わせてカウントダウンの声が上がる。カウントが十になる頃、カウントダウンは客席の至る所から上がり地鳴りのようにドームを揺らす。カウントダウンが終わると同時に全ての照明が落ちドーム全体が真っ暗になる。それに連動するようにドーム全体までもが静まり返る。


『待たせたな、お前ら!』


 そう声が聞こえると同時にステージがライトで照らされ、真っ白なタキシードのような衣装を纏った五人の少年が照らし出される。瞬間、頭が割れるんじゃないかというほどの黄色い声援。そしてステージ全体が明るくなると同時に音楽が鳴り始める。

 初めて体感するすべての光景に呆気(あっけ)に取られていると肩をポンポンと叩かれる。隣を見ると宮川が緑にじんわりと光っているサイリウムを持ち、俺に見せるようにして細かく振っていた。そういえばそんなことを言われていたなと思い出した俺は、貰ったサイリウムを一本折った。その後は宮川の動きを見様見真似(みようみまね)でサイリウムを振りながらライブを見る。

 最初の曲が終わると立て続けに次の曲が始まる。


『休むなよー! 瞬きしてると見逃すぞー!』


 曲の前奏中にそう叫ぶ軽森が巨大スクリーンに映し出される。その顔は数日間で見た軽森の笑顔で一番のものだった。その声に応えるように観客席から雄叫(おたけ)びにも似た歓声が上がる。

 その後のことはあんまり覚えていない。覚えてることと言えば、早着替え技術がすげぇなと思ったことくらい。あとは終始圧倒されたという語彙力小学生の感想だけだ。

 会場は既に退場が始まっており、宮川によると大きい会場での退場は混みあって大変なことになるため退場規制という観客を順番に退場させるシステムがあるらしい。その順番待ち中という訳だ。


「凄かったですねぇ。やっぱり生で見ると全然違います!」


 未だ興奮冷めやらぬ様子の宮川。

 興味がない俺ですらライブ中は完全に魅入ってしまっていたほどなのだから、彼らを好きならばどれほどのライブだったのかは想像こそ追いつくことはできないが少しだけ理解はできるような気がした。

 俺は思い出したようにスマホの電源を入れると、画面には軽森からの連絡が入っていたのが目に入る。画面には「まだ会場に居るよな? ちょっと話したいから関係者入口のとこ来て」と表示されていた。

 マジかよ……と思いながらどう返したもんかなと頭を悩ませていると宮川が覗き込んでくる。


「どうかしたんですか?」

「いや、軽森が話ししたいから関係者入口のところに来いって」

「えぇっ!?」

「これ……行っていいもんなのか?」


 宮川は蟀谷(こめかみ)に指を当てて困った様子を見せる。


「えっと……事前に連絡してあれば全然問題ないとは思うんですけど……急に行って大丈夫なのかは……」

「軽森に聞いてみるか」


 俺はスマホを操作して「そんな急に行っていいもんなのか?」と聞いてみる。すると即「いい」と返ってくる。本当かよ……。


「本人はいいって言ってるが……。まあ一応行っては見るか」

「そうですね」


 そうして俺たちは関係者入口へと向かう。関係者入口には警備員と共にライブ衣装のままの軽森が立っていた。


「おおーす! 今日は来てくれてありがとな!」


 こちらに気づくと手を振って駆け寄ってくる。


「とても素敵なライブでした! やっぱりBORDERLESSは凄いです!」

「でしょ!? 修斗はどうだった?」

「お前があれだけ豪語するだけの熱量を持った世界であることはよく分かったよ」

「んー! 修斗と出会ってから聞いた中で最大級の賛辞!!」


 そもそも賛辞を贈った記憶がないが。

 以降もライブの感想を伝える宮川とライブのどこそこが大変だったと話す軽森は談笑を続けていた。それが数分ほど続いた頃、関係者入口の奥から軽森と同じ衣装の男が歩いてくる。


「いつまで遊んでるつもりだ、優」


 そう高圧的に言い放った男。背が高くオールバックで釣り目のもはや当たり前のように整った顔、白鳥 蓮その人だった。


「っとと、お喋りしすぎたか」

「し、白鳥 蓮さん……」


 談笑していた二人が白鳥を見て驚く。


「……誰だこの一般人たちは」

「一般人じゃねーよ。アイドル学園のクラスメイト。こっちが宮川 香奈で、こっちが木崎 修斗」


 軽森はそれぞれ指を指しながら白鳥に紹介する。白鳥は俺たちを本当に一瞬だけ一瞥(いちべつ)し口を開いた。


「知らんものは知らん。それよりクラスメイトなら彼女が居るだろう。唯さんはどこだ」


 本当に俺たちに興味がないと言った様子で辺りを見回し藤田を探す。


「あー……今日は藤田来てねーんだよ。そのチケット使って来たのがこの二人」

「何……?」


 軽森のその言葉を聞いた白鳥は背筋の凍るような視線を向けてくる。


「ひっ……」


 隣から思わず漏れてしまったというような宮川の悲鳴が聞こえる。俺も声さえ出なかったものの睨まれた瞬間は体が金縛りにあったように硬直した。


「何故唯さんのためのチケットをコイツらに使わせたんだ? 何のために? どのような意図がある?」


 それは軽森への問い詰めだったが、宮川はまるで自分が問い詰められているかのようにガタガタと震えていた。

 そこで俺はそういえばこんな状況を治められそうなものを貰っていたことを思い出す。

 俺はガタガタと震える宮川の腕を手の甲でトントンと二回叩き、


「藤田に貰った手紙出せ」


 と小声で耳打ちする。そこで宮川も思い出したのか、ショルダーバッグの中身を急いで漁り藤田に貰った手紙を取り出した。


「あのっ、これ……唯ちゃんから白鳥さんへって……」

「何っ、唯さんから!?」


 藤田の名前を聞いて飛び付くように白鳥は手紙を受け取りその場で開封して読み始めた。どうか火に油を注ぐことになりませんように。そう心の中で願いながら白鳥が手紙を読み終えるのを待った。

 一分ほどして手紙を読み終えたと思われる白鳥が手紙を綺麗に封筒にしまい、衣装の内ポケットにしまう。そして突然頭を下げた。


「先ほどまでの無礼、誠に失礼した」


 俺と宮川はあまりの態度急変にギョッとする。軽森は分かっていたかのようにくっくっくと笑っている。


「唯さんにもよろしくお伝え願う。では」


 本当にさっきまでと同一人物か? と疑いたくなるほどのさわやかな笑顔で白鳥は去っていった。軽森も「俺も行くわ。今日はマジでありがと」と言い残し、その後を追うように関係者入口の奥へと歩いて行った。


「凄かったですね……唯ちゃんの手紙……」

「何が書いてあったんだよ……」


 ある種先ほどの白鳥よりも恐ろしい何かを感じた俺たちは、会場を後にし各々帰宅した。

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