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002「一般少年、アイドルを知る」

 アイドル学園の授業形態は一般的な学校とほとんど差はなく、朝からずっと非日常を体感させられていた身としては安心感さえ覚えた。もう既にいくらか感覚がおかしくなっているかもしれないことは否定できないが。

 三限目くらいまでは休み時間に桜庭がまた訪ねてくるんじゃないかと身構えていたりもしたが、どうやら授業合間の短時間では来る気がないらしい。そもそもあの感じだと今日中に来るかも怪しい気がしてきた。


「おーい、修斗!」


 そんな考え事をしている間に声を掛けられて我に返る。声のした方を向くと軽森が立っていた。


「すっげー顔で固まってたけどどうした?」


 心配そうな顔でそう言われて、数秒息を止めて頭の中の思考を一度全部取り払う。


「いやなんでもない」


 自分の過去を知っている人間が居たことが思った以上に効いていたらしい。確かに午前中は桜庭がまた来るのか来ないのかとかそんなことをずっと考えていた。

 俺は本日二度目のため息をつく。


「めちゃくちゃため息ついててなんでもなくなさそうだけど……。まあいいや、昼食いに行こうぜ昼!」


 昼……と言われて時計を見やる。時刻は十二時半。確かに昼休みだった。

 学園には食堂と購買があり、食いに行くという表現からおそらく食堂に行くことを指しているんだろう。


「別にいいけど俺は弁当あるぞ」

「えーっ、意外。食堂でカレー食ってるか購買で焼きそばパン買って食ってそうなのに」


 どういうイメージなんだよ。

 そう愚痴をこぼしたくなるのを堪えて席を立ち、俺は軽森と教室を後にし食堂へ向かった。

 高校に食堂がある時点で何かおかしいような気もするが、食堂も例に漏れずアホみたいな規模だった。食堂の位置的にも小等部、中等部、高等部の丁度間にあり、中にも小学生くらいの生徒も見受けられた。


「じゃあ俺は昼飯買ってくるから適当なところに座っといて」


 そう言って軽森は注文カウンターの方へ歩いて行った。それを見送った俺は辺りを見回し空いてそうなテーブルを探す。注文カウンターから反対側に位置する4席分ある円形テーブルが開いていたのでそこに座ることにする。席についた後は弁当を開け手を付け始める。しばらくして軽森がやってきて対面に座る。


「うへ~、相変わらず食堂激混みで疲れる~」

「こんなところに毎日通ってるの素直に尊敬するわ」


 食堂内は既にほとんどの席が埋まっている状態であり、初動に遅れるとお盆を持ちながら長時間彷徨うことになりそうだなと思った。


「まあ二年目だしいくらかは慣れてきたけどね……ってあれっ。もう一人の転入生じゃん」


 軽森がそう言って指をさす。さされた方向を見るとまさにお盆を持ちながら彷徨っている宮川が居た。


「席無くてめっちゃ困ってそうじゃん。呼んでもいい?」

「どうぞ」

「よっしゃ。おーい! 転入生ー!! こっち空いてるから良かったら座らんー!?」


 食堂の騒音の中でも通りそうな大声でそう呼びかけた軽森に宮川が気づいて近づいてくる。


「いいんですか?」

「もちろん!」

「構わん」


 そう聞いた宮川は左隣の席に着く。


「じゃあ自己紹介。俺は軽森 優。よろしく!」

「宮川 香奈です。よろしくお願いします」

「香奈ちゃんは……あれか、3か月前の渋谷のイベントに出てたよね」

「えっ!? あ、そうですけど……なんで知ってるんですか……?」


 軽森のアイドルオタクが発揮されて宮川がビクッとする。

 いくら自分もアイドルだからって相手にきっちり把握されてたらそりゃビビるわなあ。


「あーごめんね。俺アイドルがすげー好きでアイドルの情報は地方の地下アイドルとかでもない限り網羅しとるんよ」

「そうだったんですね。でも優さんも『BORDERLESS』がお忙しいはずなのに……」

「あら知られてたの。俺も有名人ねぇ」


 BORDERLESSというのはたぶん軽森の所属しているグループの名称なんだろうと察することはできた。意外と有名人だったりするのか?


「へぇ有名人だったんだみたいな顔してんね修斗」

「心を読むな」

「修斗さんBORDERLESS知らないんですか!?」


 信じられないといった表情で宮川が言う。

 いや知らんもんは知らんのよな。


「修斗はアイドルに全然興味ないみたいだからなあ。言うてもBORDERLESSは有名に入るだろうけど、俺じゃなくて周りのメンバーの人気があるからグループ名も有名なだけだし」


 そう自虐的に話す軽森。

 ただこいつの目的を考えてもアイドルグループとして人気があるのは他のアイドルに会える機会が増えてラッキー程度に思ってるのかもしれない。


「最近は特に人気も出てきて忙しくなってきてねぇ。アイドル追っかけ活動の時間を捻出するのも一苦労よ。いろんなイベントやら番組に出てアイドルに会えるのは嬉しいけどね」

「言うと思った」

「アイドル追っかけが生きる理由と言っていいからな!」


 迷いなくそう断言する軽森。そこにお盆をもった女子生徒がやってくる。


「ここ、空いてるかしら~?」


 茶髪のウェーブボブで垂れ目のゆるふわな印象のこれまた整った顔立ちの女子生徒。


「空いてるよ。今日は午後から登校なんだ、唯ちゃん」

「そうよ~。午前中は番組の収録があってね~」


 アイドル学園なんだから当たり前と言えばそうなんだろうが、整った顔だらけだったり日常会話レベルで番組の収録があるだのこのイカれ狂った環境にはしばらく慣れられそうにはない。

 唯ちゃんと呼ばれた女子生徒は空いていた右隣の席に座る。その後俺と宮川の顔を見て首を傾げる。


「見覚えのない子たちね~。どちら様?」

「あ、あの、宮川 香奈です! 今日から転入してきました!」

「同じく今日から。木崎 修斗」

「転入生ね~。私は藤田(ふじた) (ゆい)よ~。よろしくねぇ」


 またキャラの濃いヤツが現れたな……。そう思わずにはいられなかった。


「あのー修斗。つかぬことを聞くけど、唯ちゃんのことは知ってる?」

「……いや」

「えええええっ!?」


 宮川がこれまた大声で叫ぶ。軽森は「やっぱりな」と言いながらけらけらと笑う。


「本当に興味がないんだって。俺、マジでアイドルなんて桜庭 蒼空しか知らないぞ」

「あら~。これまた凄い逸材を見つけたわね~優くん」

「でしょ? 俺の当面の目標は修斗にアイドル好きになってもらうことよ」


 そんな意味不明な目標を勝手に立てるな。


「修斗さん、この方はL'AILE(レル)というグループのリーダーで、去年は全国ツアーもした超人気アイドルですよ……」


 宮川が小声で耳打ちするように藤田についての説明をしてくれる。

 まるで知らないことがバレたら処刑でもされるのかって勢いだな。


「私たちもまだまだってことよね~。ねっ、優くん」

「俺もかい! 俺はいいの。アイドルが副業みたいなもんだし」

「勿体ないわね~。もっと真面目にやれば人気も今より出ると思うのに」


 そんな会話を聞きながら弁当を食い進める。すると藤田がパンッと手を合わせて「そうだわ~」と呟き、俺の方を見てニッコリと笑う。


「今週末にあるイベント、修くんにも来てもらえばいいじゃない~」

「週末って……ああそういう……」


 藤田の提案に一人で納得する軽森。軽森の様子を見て宮川も理解したような様子を見せる。


「なんの話?」


 やっぱり何の話をしているのかさっぱり理解できない俺は、ロクなことではないんだろうなと思いつつ一応三人に問う。


「今週末にBORDERLESSのライブイベントがあるんです」

「そのライブを見てもらえればアイドルがどういうものなのかの一例になると思うし、優くんの才能がどれだけあるのか分かると思うのよ~」


 なるほどな。アイドルを知るなら手っ取り早くアイドルが一番アイドル然としているのを見せればいいって話か。


「それで修斗がアイドルに興味持ってくれるならアイドル童貞を貰うのは(やぶさ)かではないが」

「気色の悪い表現の仕方をするな。あともう俺が行くこと前提か?」


 拒否権がないことすら言及されずに話が進んでいきそうな雰囲気すら感じたので、一応悪あがき程度に言及してみる。


「週末に何か予定でもあるのかしら~?」

「ああ週末は―――」


 毎週予定があるんだ。そう言いかけたところで止まってしまう。


「週末は?」


 軽森に言葉の続きを促され我に返る。


「いや……予定はない」

「じゃあ決まりね~」


 ロクでもない予定だが、そもそも予定のない週末だったし別にいいか。……やっぱり既に感覚がアイドル学園に毒されてるのかもしれない。


「つってもどうやってライブ見るつもりなんだ? チケットなんてとっくの昔に完売してるし配信とかか?」

「確かに配信もあるけど~、やっぱりアイドルの良さを知ってもらうなら配信じゃなくって現地で見てもらうのが一番よね~。だから私が特別席を用意するわよ~」


 かなり不穏なことを言い出して心底心配になる。


「まあ特別席って言っても私の持ってるチケットを譲るだけだけどね~」

「あーあ、それうちのリーダーが用意したヤツだろ。泣くぞーアイツ」


 半ば呆れたように言う軽森。


「いつも貰ってるんだもの~。一回くらいいいでしょ~?」


 悪びれもしないで平然と言い放つ藤田。

 これだけでなんとなく藤田とBORDERLESSのリーダーとの関係性に想像がついてしまう。


「チケットはマネージャーの分含めて二枚あるから香奈ちゃんにもあげちゃう」

「えっ! いいんですか?」

「ええ、だって修くんとうちのマネージャーでライブ見に行くのもおかしな話でしょ~?」


 いや、普通に考えてもその組み合わせなら俺と藤田とかになるんじゃないのか……? と思ったが、優先的に自分を外していることもあまりに露骨すぎて言及するのも(はばか)られた。


「今はチケット持ってないし、私自身も当日ちょっと現地に用事もあるから当日手渡しでいいかしら~?」

「別になんでも構わんけど」

「はい、じゃあ~、集合場所とか当日の連絡を取るために連絡先の交換しときましょ~」


 そう言いながら藤田はスマホを取り出す。


「あ! せけぇ! 俺も修斗と連絡先交換したい!!」


 藤田の発言を聞いた軽森がガタガタと音を立てて立ち上がり慌ただしくスマホを取り出しながら言う。

 藤田と軽森の連絡先を登録し、それぞれのアイコンがアイドル衣装なのを見て、疑ってた訳ではないが本当に住んでる世界が違うんだなと実感する。


「香奈ちゃんも連絡先、いいかしら~?」

「は、はい!!」


 宮川も藤田と連絡先の交換を始める。

 その様子を見ながらふと疑問に思ったことを口にする。


「にしてもいいのか? 宮川はともかく俺みたいな一般人と人気アイドルが連絡先交換なんかして」

「別に誰も気にしてないって。どんな有名人だろうとプライベートにアイドルでもなんでもない友達くらい居るだろ。それと一緒だって。あ、香奈ちゃん俺も交換して」

「そりゃあね~、悪用されたら困っちゃうけど、修くんはそんなことする人じゃないでしょ~?」

「……どうだかな」


 藤田の言う通り悪用するつもりなんかこれっぽっちもなかったが、ついさっき会ったばかりの人間にケロッとそう断言されて天邪鬼(あまのじゃく)的に言ってしまう。


「アイドルをやってるとそういうことをする人かどうかはちょっと話せば分かるようになっちゃうのよね~」

「唯ちゃんは怒らせると死ぬほど怖いから命が惜しいなら悪用とか考えない方がいい」


 宮川との連絡先の交換を終えた軽森がスマホをしまいながらぼそりと呟くように言った。藤田は頬に右手を当てて満面の笑みで「優くん何か言った~?」と言い放つ。

 ……肝に銘じておこう。


「あの……修斗さん……」


 藤田の本性の片鱗に身震いしていると宮川に呼ばれる。


「ん?」

「えっと……」


 いまいち要領を得ない宮川を見ると、その手にはスマホが大事そうに握られていた。


「ああ、はいはい」


 何が言いたかったのかなんとなく理解した俺はスマホを取り出し連絡先の交換を始める。


「え! 修斗やさし~!! イケメンか~!?」

「うっさ……」


 にやにやしながら茶化そうとする気全開の軽森を無視して作業を続ける。


「はい、終わり」

「ありがとうございます!」


 ポニーテールが振り回されるくらいの勢いでお辞儀する宮川。怖、危な。


「さて~、そろそろお昼休みも終わるし、午後の授業頑張るわよ~」


 そう言われて食堂の時計を見ると、昼休みの残りは十分(じゅっぷん)程度だった。

 俺は弁当の最後の一口を口に運ぶと弁当を片付け始める。


「ちょっ、やばい! 全然食べてない!」

「香奈ちゃん、修くん、行きましょ~?」


 焦る軽森を横目に藤田が立ち上がりお盆を持って言う。置いて行ってもいいのか悩んでいる宮川を藤田が「いいのいいの~」と半ば強引に連れていく。


「待って待って待って待って!!」

「フッ……」


 死ぬほど焦っている軽森を一度鼻で笑って俺も食堂を後にした。背後から悲痛な叫びが聞こえたような気がしたがさっき茶化された仕返しに完全無視を決め込んだ。

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