013「アイドル少女、少年に語る」
「―――ッ!!」
急に目が覚めて飛び起きる。
部屋の中は、外の街灯や月明かりが窓から入ってくる程度に薄暗い。寝ているベッドも布団も目の前にある本棚も全く見覚えがない。
ぼやけた思考で目に映る視界からの情報を処理するけど、状況がうまく理解することはできなかった。
「……お目覚めか?」
声のした方を向くと、そこには修斗さんが座っていた。
「ここは―――」
「学園の医務室。あんたぶっ倒れたんだよ」
倒れた?
記憶を探るけど全然思い出せない。はっきりと覚えているのは、十八時頃まで時間を潰して最終確認のためにスタジオへ向かったところまで。その時に倒れたの……?
「倒れた……じゃあ、私はステージに立てなかったんですね……」
そう問いかけると、修斗さんは訝しげな顔をする。
「覚えてないのか? 無意識だったのか……? いや、確かに考えてみりゃあの時の様子は輪をかけて変だったか……?」
どうやら変なことを言ったらしい。私の言葉に驚きを見せた修斗さんは、神妙な顔をして独り言をぶつぶつと呟き始めた。
「……あの、修斗さん?」
「ああ、悪い。ステージはちゃんとやりきったよ。終わった直後にステージ上でぶっ倒れたんだ」
そう伝えられても全く記憶がない。まだ頭がぼうっとしているのかもしれない。
「覚えてないって顔だな。まあ今日のあんたが限界ギリギリだったのは、昼にカレー屋で意識飛ばしてたの見て察しては居たよ」
やっぱり知られてたみたい。正直あの時は危機感を覚えた。
「すみません……」
「怒ってはない。俺だって止めようと思えばあの時止められたし、あんたがギリギリなの把握した上でステージまでやらせたんだから」
そう言うと修斗さんは立ち上がり、窓際まで歩いて月を見上げる。
「結局失敗したようなもんなんだよな」
そして私に背を向けたままぽつりとそう呟いた。
「何がですか?」
明らかに自嘲的な言い方で、私に向けて言った言葉ではないだろうことはわかったけど、それでも問いかけずにはいられなかった。
「昼に言ったろ。昔あんたみたいに無茶するヤツ見たことあるって」
お昼の時の私に似た人を見たことがあるという話だ。
そういえば、あの時は自分のことでいっぱいいっぱいだったから気づかなかったけど、修斗さんが自分のことを話したのは珍しい。このこと以外だと学園祭の練習を始めた時にバスケットボール部だったことを知ったくらい。それくらい修斗さんは修斗さん自身のことをほとんど話さない。
「今回はあんたが助けを求めてきて、俺は内心『あの時止められなかったことのやり直しができるかもしれない』と思ってた。悪い、あの時あんたを説得した言葉はあんたに言ったんじゃなくて俺の過去の幻影に言ってたようなもんなんだ」
私を見ずに、私のことを考えずに、修斗さん自身のために放った言葉だから。確かにそう言われて怒る人も居るかも知れない。でも私は―――
「私、お昼にも言いましたよね。『助けてくれてありがとうございました』って。仮に目の前に居た私を見てすらいなかったとしても、それでも、私は修斗さんの――貴方の言葉で救われました。それは修斗さんがどう思っていたとしても、私がそれに対してどう思ったとしても、曲げようのない事実です」
修斗さんを励ますための上辺だけの言葉じゃなく本心からそう思っている。
お昼のあの時、恥も外聞もなく大泣きしたとき、私は少なからず変わったんだ。
「……あんた、マジで変だよ」
窓の方を向いて私に背を向けたままだから表情はわからないけど、少し笑ったような様子の修斗さんに私も微笑む。
「変は褒め言葉になりませんよ」
「褒めてないからな」
終いには怒りますよ?
「……救われたって言ってくれるのはまあありがたい話だよ。あの時止めることが本人にとって正しいことなのか俺は分からなかったから、あくまであんたにやめる選択肢を与えるくらいしかやれなかった。それでもあんたは苦しみながら自分で止まることを選んだ。俺はほとんど何もしてないようなもんだから、それを俺に救われたと言ってくれるのは過大評価でさえあるが」
修斗さんは話を続ける。
「首を突っ込んだ俺が次にしなきゃならなかったのは、あんたを倒れさせずに今日を終えさせることだった。そうじゃなきゃ結果は変わらない。原因が練習でなくなるだけだ。それじゃ意味がない。俺の過去のやり直しという意味でも、あんたの決断という意味でも」
きっと修斗さんは私が無事ステージを終えること以外は過程だと考えているんだと思う。確かに私たちアイドルにとって、学園祭はアイドルとして活動する上でとても重要なもので、修斗さんの考え方は全く間違っていない。けれど私にとっては、天秤に載せた『練習』を取らなかった時点で大きな意味がある。
「いいえ、修斗さんがしなきゃならなかったことなんてないんです。私はアイドルを始めてからの一年半ずっと苦しんできました。ステージに立つことのプレッシャーと失敗してしまうかもしれないと不安に駆られてしまう私自身に」
見てくれる人を元気にしたい。かつて私がアイドルから元気と勇気を貰ったように、私も私を応援してくれる人にとってそうありたい。そんな思いで私はアイドルになろうと思った。
でも気づけば私は失敗しないこと、完璧であることを優先してしまっていた。失敗しないために自分の限界を越えてしまいそうな程の練習を重ねてきた。可愛いわけでもカリスマがあるわけでもない私がアイドルとして価値があるとしたら、それは完璧なステージを魅せること。そう思い込んでいた。
私はベッドから立ち上がり、窓際に立つ修斗さんの隣まで歩いて、修斗さんと同じように月を見上げる。
「でも今日、修斗さんが『今までやってきた分でなんとかなるのを祈るしかない』と言ってくれたこと。一見無責任な言い方ですが、これはきっと真理なんです。私自身が積み重ねてきた練習や努力を私自身が信じてあげること。きっと皆さんが意識せずに自然とやっていること。それが私はできていなかったんです」
アイドルになりたいと思った私自身が、いつの間にか私はアイドルに相応しくないと決めつけて、相応しくないのだからアイドルを続けるためには人よりもずっと努力し続けなければならないと思い込む。そんな歪な人間だった。
「それが、あの時に変わったんです。それは学園祭の成否に関わらず私にとってとても大きなことです。修斗さんが思っているよりもずっと」
まだ完全に変われたのかはわからない。もしかしたらまたステージに立つことになった時、これまでと同じように不安に駆られてしまうかもしれない。でも、そうだとしても、変わるきっかけにはなったはず。今はまだ難しくても、いつかきっと変われる。変わることが修斗さんが私に向き合ってくれたことへの恩返しになる。
「だから私が倒れたことは気にしないでください。倒れちゃったのは『今日は日が悪かった』って奴です! むしろフラフラな私を信じてステージまで立たせてくれてありがとうございました!!」
私は隣の修斗さんに向き直り、深々とお辞儀をして感謝を伝える。すると、ふぅっと息をつくのが聞こえる。
「本当、変な奴」
「ムッ! また変呼ばわりですか!」
仏の顔も三度までというけど、私の顔は二度までしか許さない。
私は手のひらを揃えて真っ直ぐ伸ばし、それを修斗さんの脇腹に突き刺した。
「あがっ! ってぇ!」
「変変いうからです。流石の私も怒って香奈ちゃんランスが飛び出ました」
私は修斗さんに刺した手のひらを修斗さんに見せびらかしながら言った。
「変な名前」
鼻で笑いながらそう言い放つ修斗さん。
「ていっ!」
「あっぶね!」
もう一度脇腹を狙って攻撃を繰り出したが、すんでのところで避けられてしまった。
そんなことをしていると、医務室のドアが開かれる。
「香奈!!」
「お母さん!」
医務室に入ってきたのはお母さんと白衣の女性だった。白衣の女性の方はたぶん医務室の先生だろう。
先生が医務室の電気をつけて、お母さんが私を視認すると、顔を真っ青にしたあ母さんは私に駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。
「学園から倒れたって連絡が来て心配したんだから」
「ごめんなさい……」
お母さんは私を解放すると、次は私の体をぺたぺたと触りだす。
「どこか痛いところとかはない?」
「大丈夫だよ。倒れたのもちょっと疲れが溜まってただけだから」
私のその言葉に安心したのかお母さんは大きく息をついて私の体を触るのをやめた。
すると修斗さんが歩き出す。
「修斗さん」
「俺は帰るよ。母親が来たなら俺が付いてる必要もないだろうし」
「ありがとね、木崎くん。宮川さん見ててくれて」
先生の言葉に修斗さんは「いえ」と返すと、医務室の扉に向かって再び歩き出した。
「修斗さん!」
再度私が呼び止めると、まだ何かあるのかと言わんばかりの顔で振り返る修斗さん。
「今日は――いえ、この一週間、本当にありがとうございました!」
今日だけじゃない。そもそもアイドルじゃない修斗さんが学園祭に出てくれたこと、一緒に練習してくれたこと、桜庭さんと一緒に褒めてくれたこと、シュシュを選んでくれたこと。いくら感謝してもしきれないほどお世話になった。
「……ああ」
修斗さんはとても何か言いたげではあったけど、それらを口にだすことはなく返事だけを返して扉の方へ向き直った。
「じゃあな。帰ったらちゃんと休めよ」
「わかってます! さようなら! 修斗さん」
修斗さんは左手を軽くあげて合図をして医務室を出ていった。
「男の子のお友達ができたのね」
修斗さんが出ていったあと、私と修斗さんのやり取りを見ていたお母さんがそう言った。
「友達……なんだか気づいたら一緒に居ることが多いだけで、友達と言っていいのかはわからないな……」
「お友達なんてそんなものよ」
「そういうものかな……」
転入のタイミングが一緒だったことや、唯ちゃんと優さんのおかげで一緒にライブを見に行ったりと偶々が重なって一緒に居ることが多いだけで、私や修斗さんからお互いに話しかけたりするようなことはほとんどない。学園祭のことも本当に運よく桜庭さんと修斗さんがあの場に居ただけ。もしかしたら来週からは話すこともなくなるかもしれない。
「そうものなの。最初ここに入ってきて見た時は、冷たそうな子かと思って心配になったけど優しそうな子で良かったしね」
「うん。まだ転入して一ヶ月も経ってないのにたくさん助けてもらったよ」
思い返してもアイドル学園に転入してからの日々は、刺激的だったしそれ以上に今までの私を変えてしまうような出来事がたくさん起こった。
「貴女がまたそんな風に笑いながら学校のことを話す日が来るなんて、あの頃からは考えられないわね。本当、夢みたい」
嬉しさと安心が入り混じったような顔でそう零すお母さん。
お母さんにも、お父さんにも、ここ半年くらいはずっと心配をかけてしまった。
「うん。私、アイドル学園に来て良かった!」
そう心から思える。
「じゃあ帰ろっか。お父さんも車で待ってるよ」
「うん!」
私とお母さんは先生に見送られて医務室を後にするのだった。




