雨と苺と傘
「雨雨ふれふれ母さんが〜じゃのめでおむかえ…」
小学校からの帰り道、お気に入りの苺の傘を差して歩いてたら、公園に男の子がポツンと居るのが見えた。男の子はゾウの滑り台の下で体育座りをして顔を伏せていた。
「どうしたの?」
私は男の子に駆け寄り声を掛けた。ゆっくりと顔を上げた男の子は目に涙を浮かべている。髪も服もびちょびちょに濡れている。茶色の瞳はこっちをじっと見ている。私は目線を合わせるようにしゃがみ込み、怖くないよと笑顔を作る。
「嫌なことあった?」
「夏休みになったらお引っ越しするんだって…。」
男の子はそう言ってまた顔を埋めてしまった。
私は滑り台の反対側に回り、傘を閉じて男の子の横に座る。肩が少しぶつかってしまった。男の子が驚いてこっちを見た。
「お友達と離れるのは嫌だね。」
それだけ言って正面を見る。正面には誰かがクレヨンか何かで描いたのだろう、謎の絵があった。肌色の丸の中には赤い線が描いてある。顔だろうか。その下にある赤いギザギザ線はお花かな。つい男の子のことを忘れ、何の絵かボーっと考えてしまっていた。
「ありがとう」
不意に声を掛けられ男の子のことを思い出した。男の子を見るともう泣いてはいなかった。
「大丈夫?」
「うん、もう帰る。」
「あ、待って。」
出て行こうとする男の子の服を引っ張って止める。雨はまだまだ降り続いているが、男の子の手には傘が無い。このままではまた濡れて風邪を引いてしまう。急いでランドセルを開け、教科書の奥から折りたたみ傘を取り出す。
「はい。」
男の子に折りたたみ傘を渡す。
「もう一つあるから貸してあげる。」
「ありがとう。」
滑り台から出て、折りたたみ傘を開く。そこには虹と苺の絵が描いてあった。
「虹だ!」
男の子がやっと笑ってくれた。喜んでもらえて良かった。
「可愛いでしょ。お気に入りなんだ。」
「お姉ちゃんありがとう!」
「一人でお家帰れる?」
夕方になりだいぶ薄暗くなってきている。送った方が良いだろうか?
「大丈夫、ありがとう。」
そう言って男の子は走って公園を出て行った。
家に帰ると、遅くまで何処に居たんだとお母さんに怒られた。折りたたみ傘を男の子にあげたと言ったら更に怒られた。男の子は怒られていないと良いな。
夏休みになった。毎日学校の行き帰りに公園の前を通るが、男の子とはあれ以来会わなかった。きっともう男の子は引っ越してしまっただろう。お気に入りの傘が無くなって悲しいけど、新しい苺の折りたたみ傘を買ってもらえたし、男の子が笑顔になってくれたから良いかと諦めた。
苺の傘さん、新しいところでも男の子を笑顔にしてあげてね。
少女が中学二年生になった時、学校中にある噂が広まった。
一年生の男の子が虹と苺が描かれた折りたたみ傘を使っている、と…。