第29話 シンジュクへの道のり①
「オウ! 司!」
「いつでも元気いっぱいだね磯さん」
もうすでに太陽が沈み、暗くなったグラウンドで磯さんは「ガハハ」と笑いながら俺の肩をバンバン叩く。
そんな磯さんを見て、俺もなんだか楽しい気持ちになった。
この人は人を明るくさせる力を持っているんだ。
なんでこんな人がここのアジトのリーダーを任されているのか最初は理解しがたい部分もあったけど、今は妙に納得している。
しかしふと、磯さんは沈んだ表情をした。
「どうしたのさ?」
「いやな……ええっと……ああ、そう言えばよ、シンジュクって今は安全なんだよな?」
「そのはずだよ」
「でも不思議ですよね。エリアマスターがいなくなっただけでモンスターが離れていったのって」
由乃が首を傾げて思案顔をしていた。
「たしかにそうだよな。普通は他の地域から侵入すりゃいいのに……オークランドのオークたちもシンジュクには侵略行為はしていないもんな」
「うーん。何かモンスター同士のルールでもあるんでしょうか?」
「それしかないよな。そうじゃなきゃ、自由に色んな地域を支配するはずだ」
俺と由乃はうんうん頷きながら会話をしていると、磯さんがまた大声で笑い出す。
「だけどそのルールのおかげでシンジュクは安全ってわけだよな!」
「まぁ、そうだね」
「それで、よ……実は、『結界』カードの数も、アジトのみんなももう限界きてんだよ」
「限界?」
俺は周囲の人たちの顔を見渡す。
どんよりとした顔をしていたり、声は遮断されているが結界の外で叫んでいるオークに怯えていたりしている。
「なるほど。それで、シンジュクに移動したい――ってこと?」
「まぁ平たく言えばそう言うことだ。毎日アジトをモンスターに囲まれて……こんな戦場のど真ん中で怯えて暮らすんじゃなくて、安全なシンジュクで安心して暮らしてほしいんだよ」
「なるほど」
なんとも磯さんらしい優しい提案だ。
いつでもみんなのことを中心に考える素晴らしい人。
こんなところも、リーダーとして慕われている部分なのだろう。
「オッケー。じゃあ俺がなんとかするよ」
「おっ? 手伝ってくれんのか?」
「いいよ。俺だってみんなが平穏に暮らせるならそれが一番だと思うし」
「流石司くん! 無償でみんなの為に戦い、みんなの為に力になる。もうあれですね……聖人君子!」
「いや、それは言い過ぎだ。そんないいもんじゃないよ」
しかし、由乃は俺の言うことなど聞いてなかった。
まるで麻薬でトリップしたように、別の世界で理想的な俺と戯れている様子だ。
「うふふ」なんて笑い声を出しながらボーッとしてしまっている。
俺は一つため息を漏らし、磯さんとの話を続けることにした。
「じゃあ、空間移動でパッと移ろうか」
「いや……」
「?」
「空間移動は無しで頼むわ」
「なんでさ?」
磯さんは真剣な表情で俺の提案を否定した。
「お前の力に頼るってのには変わりねえんだが、少しぐらいみんなにも苦労してほしいんだ。お前が向こうに扉を開いてくれて『はい終わり』なんて何の意味もない。やっぱりある程度自分たちで苦労して手に入れる平穏の方が価値があると考えてんだ」
「なるほど……だったらどうする?」
「みんなには、歩いてシンジュクまで移動させる。負担はお前にかかるだろうし、俺の勝手なわがままだ……すまねえが頼む!」
磯さんは頭を下げる。
それも中途半端じゃない、深々とお辞儀をしていた。
俺は胸を打たれ、喜んで引き受けることを決める。
「分かった。俺に任せてくれ」
「すまねえ、司! 恩に着るぜ!」
ニカッと磯さんは笑い、その場にいる全員に向かって声を張る。
「みんな! 明日シンジュクに向かう! あっちは安全らしいし、それに司がみんなに危険が及ばないように先陣を切ってくれる!」
周囲から称賛の声が上がる。
もうライブ会場かというぐらい盛り上がり、俺は少し恥ずかしくなっていた。
「今日は最後の晩餐だ! 美味いもん作ってくれ!」
グラウンドの中央辺りで大きな寸胴鍋に大きな火を当て、食事の支度を始める女の人たち。
辺りは真っ暗で、ちょっとしたキャンプファイヤーみたいになっていた。
その場にいる人たちはワイワイ大賑わいしていて、幸せな空気が立ち込めている。
俺もその中に加わり、久々に心から楽しい時間を過ごす。
だけど、一人だけ辛そうに校舎の中へと逃げて行く女性の姿があった。
円だ。
円だけ、この場を離れていく。
俺は円を追いかけ、校舎の中へと入った。
円は職員室の隅っこで、膝を抱えて震えている。
そこは元々あった机などを奥の方に積み上げていて、部屋の半分ぐらいしか足場がない。
「円……どうしたんだ?」
「……怖い」
「怖い? 何が?」
「……火」
そう言って円は自分の体を抱くように、手で肩を押さえた。
火傷……火傷の跡だ。
火傷なんだからもちろん火が原因だよな。
それでその時の出来事が原因で火が怖くなったのか。
「…………」
俺は円と適度な距離を保ちつつ、その場に座り込んだ。
「……なんでそこにいるの?」
「だって、怖い時に一人でいたら余計怖くなるだろ。円の恐怖をなんとかしてはあげられないけど、一緒にいるぐらいはできる」
「…………」
円は俺の顔を見て、少し落ち着いたようにも見える。
先ほどよりは震えが止まっていた。
「司くん」
職員室の入り口から由乃が俺を呼ぶ。
「食事の用意、できたみたいですよ」
「悪いけど、俺と円の分持って来てくれないか?」
「分かりましたー」
由乃は食事を取りに、グラウンドの方へ走って行った。
円に視線を向けると、彼女はキョトンと目を丸くしている。
「…………」
「一緒に食べた方が美味しいだろ?」
「……司みたいなの初めて。私の顔を見て怖がる人多いのに」
「そういう人が多いかも知れないけど、気にしない人も少なからずいるもんだよ。で、俺がその中の一人ってだけさ」
「私もその中の一人ですよ」
ニコニコ笑顔で由乃がカレーを運んできてくれた。
「カレーか……美味そうだな」
「はい! ではみんなで食べましょう」
「…………」
「食べないのか?」
「……いただきます」
円はほんのり顔を染めて、カレーを口にした。
なんだか初めて彼女の人間らしい顔を見た気がする。
それは無垢な子供のような、なんとも言えない愛らしい表情だった。
読んでいただいてありがとうございます。
もしよければ下にスライドして、ブックマーク、評価お願いします。
評価は下にある【☆☆☆☆☆】を押していただければできます。




