第1話 バグ
それは、俺にも誰にも意味が分からなかった。
突如、ゲームのような世界と現実世界が融合して――
平和な日常が終わりを告げた。
◇◇◇◇◇◇◇
世界が融合してから2年。
日本のほとんどが壊滅したみたいだ。
俺が今いるシンジュクも、瓦礫だらけの戦場であった。
同じ場所で生き延びている仲間以外は人の気配などなく、連日モンスターが現れる危険な所。
「ス、ステータス・オープン」
これまで俺は、父親に守られて生き延びてきた。
だけど一月前……父親を含む集団がモンスターのアジトに乗り込んだが、いまだ帰って来ない。
親兄弟が戦っている場合は家事などの世話をしていればいいのだが、一人の時はここで生きていくためには戦わなければならない。
働かざる者食うべからずというやつだ。
だから今日から俺も、モンスターと戦わなければならない。
初めて開くステータス画面。
ゲームの世界と融合し、ゲームのようなシステムがこの世界でも展開できるようになった。
目の前にあるのは、タブレットぐらいのサイズの半透明な画面。
俺の前で宙に浮かんでいて、物体化していて触れることができる。
そこに表示されているのは《ステータス》《パッシブ》《アクティブ》《ホルダー》《ガチャ》の5つの項目。
俺は震える手で、《ガチャ》
の文字を押す。
すると画面一杯に赤い扉の絵が現れる。
ゴクリと固唾を呑み込み、祈るように目を閉じた。
このガチャによって、俺の今後の人生が決まると言っても過言ではない。
ここで排出される物――
《ジョブ》と《パッシブスキル》。
ジョブは現在判明している範囲では、最初の一回限りしかガチャが引けないらしい。
ジョブは大きく分けて、下位ジョブの《SR》と上位ジョブの《SSR》がある。
その戦闘力の差は段違いで、ここでSSRを引けなければ自分の身を守ることもままならず、仲間たちにも見下されてしまう。
軍隊で言うところの、大将と二等兵。
スポーツで言うところの、レギュラーメンバーとベンチ外。
肉で言うところの、松坂牛とこま切れ。
とにかく、そこには圧倒的な差があるのだ。
だからこそ俺は、ここでSSRを引かなければならない。
ここで引かなければ……俺に未来などない。
「来い。来い。来い。来い!」
俺は願いを込めて力強く呟く。
引くぞ!
目をカッと見開き、ガチャ画面をタップしようとした。
だが、その時。
「うおっ!」
予期せぬ地震が起き、俺は前のめりに倒れてしまった。
ステータス画面から地面に倒れ込んでしまい頭を打つ。
「あいてて……って、ああっ!!」
なんとぶつけた衝撃で、ステータス画面がバグっていた。
砂嵐のようにザーザーなっていて、文字がグチャグチャになっている。
焦った俺は、画面をバシバシ叩いた。
こういう時って、電源をオフにするとたいていの物が直るものだけど……
残念ながら、ステータスにはそんな便利機能は付いていない。
なので俺は正常に戻るまで、とりあえず叩くことにした。
3分ほどすると、画面が正常に戻った。
「……あ」
戻ったはいいが……なんとジョブガチャを引いてしまっていたのだ。
タップしようとしていたけど……触れてしまっていたのか。
俺は青い顔をしながら、引いたジョブを確認する。
俺が引いた職業は……
《N》の《合成師》。
と言うものだった。
「……N……ノーマル!?」
ちょっと待てちょっと待て。
《N》のジョブなんて聞いたこと無いぞ。
絶対に職業は《SR》か《SSR》のはずだろ?
これはおかしい。
運営に連絡しないと。
詫び石を請求しないと。
「…………」
いや、運営なんて無いし。
ゲームのようだけどゲームじゃないし。
さらに混乱する俺はガタガタ震える指で画面をタップする。
するとまた、画面一杯に扉の絵が現れる。
今度は青い扉。
これは《パッシブスキル》のカードが排出されるガチャだ。
《パッシブスキル》は確か……初回は《SSR》しか出ないはず。
俺はそう聞いている。
「ジョブだけでもどん底の気分なんだから、せめてパッシブぐらいはいいの出てくれ……頼む!」
俺はガチャ画面をポンとタップした。
扉が開き――
銅色の卵が排出される。
銅って……またNじゃん……
卵がパッカリ割れて出てきたのは――
《攻撃力増加(微小)》だった。
「…………」
絶句。
俺は何も言えないまま固まってしまった。
なんでSSR確定でNが出るんだよ……
何かの間違いかと考え、スキルを確認してみた。
レア度《N》 攻撃力増加(微小)
効果 攻撃力が1.05倍になる
うん。
やっぱりNだった。
なんで?
なんでこんなことになったの?
「島田! ガチャはどうだったんだ!?」
剣を持ち鎧を着ている中年の男性、山根さんがこちらに駆けて来る。
「……あはは」
「? いいから見せてみろ!」
山根さんが開いているステータス画面に向かって自分のステータスをスライドさせる。
彼に俺の情報が飛んだようだ。
俺も自分のステータスを確認した。
島田 司
LV1
ジョブ 合成師
HP 10
MP 3
攻撃力 5
防御力 3
敏捷 3
魔力 5
運 4
ジョブスキル
合成
パッシブスキル
攻撃力増加(微小)
山根さんは画面を見た後、俺を半目で見てきた。
「お前……」
「え、ええ……」
やっぱりおかしいですよね。
こんなジョブ見たことないですよね。
それになんだよこのステータスは……
俺は絶望に近いため息をつく。
「……戦士か。SR引いちまったか」
「え?」
俺はステータス画面と山根さんの顔を何度も交互に見る。
いやいや、合成師って表示されてるんですけど。
なのに戦士って……どういうことだ?
「まあいい。モンスターがこっちに向かって来てる。父親はもういないんだお前にも戦ってもらうぞ」
「は、はい」
ここには100人ほどの同士がいて、モンスターと戦いなんとか毎日の生活を守っている。
これまでは父親が俺の代わりに戦ってくれていたので戦闘に参加しなくても良かったのだが、もう父親はいない。
俺も戦いに参加しなければいけないのだ。
山根さんについて走って行くと、そこでは20人ほどの仲間がいた。
敵はゴブリンと呼ばれる緑色の体躯をした小さなモンスター。
あまり強くはないらしいが、初陣の俺にとっては恐怖以外の何物でもなかった。
「最初の戦いだ。お前が役に立つなんて思ってない。まずは戦いに慣れるところから始めろ」
ここにいる全員はSRを引いた下位職の面々。
SRのメンバーは寝床を守るために戦い、SSRを引いた上位のメンツは少しでも世界をまともにしようと強敵と戦っている。
そう、俺たちの役目はみんなが帰る場所を守ること。
それ以外、何もできないと考えられている。
「うおおおおお!」
仲間の一人がゴブリンに斬りかかる。
斬られたゴブリンは青い血を噴き出していた。
だがまだ死なず、仲間に襲い掛かろうとしている。
俺は咄嗟に足元に落ちていた石を拾い、傷を負ったゴブリンに投げつけた。
あまり効果は無かったが一瞬怯む。
その隙に仲間が二人掛かりでゴブリンを切り伏せた。
初めての戦場で、俺の心臓は激しく高鳴っている。
これから生き残るために戦っていかなければならないのか。
慎重派の俺はその後も、後方から石を投げつけて仲間を援護した。
……ほんのちょっぴりぐらいは役に立てただろうか。
自分では立てたと信じたい。
◇◇◇◇◇◇◇
戦いが終わり、俺たちは根城に帰って来ていた。
根城と言っても何も無い廃墟ビルだけど。
みんなステータス画面で、手に入れたカードを確認したり、新たなパッシブガチャをしているようだ。
パッシブスキルのガチャ。
モンスターを1匹倒すことによって、《ガチャポイント》を1手に入れることができて、それでパッシブガチャを引けるのだが……
初回の次は10ポイントで引くことができて、3回目はその倍の20ポイントが必要なのだ。
さらにその次は40ポイントと、どんどん引くためのポイントが大きくなっていく。
だからみんな、必死な形相でガチャを引いていた。
少しでも戦いが楽になるようにと。
俺もステータス画面で色んなものを確認することにした。
今日倒したゴブリンの数は、10匹。
ガチャは1回引けるはずだ。
そしてドロップカードを確認するために、《ホルダー》を開く。
《ホルダー》を開くと、ステータス画面は2倍ほどのサイズに広がった。
ドロップカードは敵を倒すと必ず入手することができて、《アクティブスキル》、《装備》、《食料》、《生活》、そして《パッシブスキル》の5種類のカードがある。
アクティブスキルは、戦いで使えるスキル。
武器は武器、食料も読んで字の如く、食料が手に入る。
生活は、焚火やシャワーなど、生活に必要な物。
ドロップするパッシブスキルはレアなようで、ほとんど手に入らない。
今回、俺が手に入れたカードは――
N 塩 N クロスボウ
N 火術 N 骸骨の仮面
N 鉄の剣 N コンソメ
N 木の枝 N クロスボウ
N 塩 N 木の枝
アクティブスキルカードが1つ。
装備カードが4つ。
食料カードが3つ。
生活カードが2つだった。
「…………」
おいおい。
全部Nじゃないか。
これが普通なのか?
俺は自分の引きにうんざりしながらガチャ画面を開いた。
画面は元のサイズに戻り、青い扉が表示される。
「あれ?」
そこで俺はおかしなことに気が付く。
画面の下の方に、《1回ガチャ》と《10連ガチャ》のボタンが表示されていたのだ。
10連ガチャって……俺10ポイントしか無いんだけど。
一体どうなってるんだ?
俺は10連ガチャを押してみるとどうなるのかが気になり、とりあえずタップしてみた。
すると扉から10個の卵が排出され、パカパカと卵が割れていく。
「おいおい……本当に10連ガチャ引けたじゃないか」
意味が分からず少し混乱していた俺だが、とりあえずは自分の引いたパッシブスキルを確認した。
N 攻撃力増加(微小) N 防御力増加(微小)
N 自己再生(微弱) N HP増加(微小)
N 毒耐性(微弱) N 毒耐性(微弱)
N MP増加(微小) N 混乱耐性(微弱)
N 魔力増加(微小) N 魔力消費軽減(微小)
「……全部Nじゃねーか!」
俺が頭を抱えて大声で叫ぶと、周囲の仲間たちは心配そうにこちらに視線を向ける。
「ど、どうしたんだ、司?」
「あ、いや……なんでもありません」
少し恥ずかしくなり、俺は体を縮こませてステータス画面を操作した。
《パッシブスキル》のカードは……確か5枚までセットできるはず。
俺は《パッシブ》のボタンをタップした。
画面の中央に真っ直ぐな縦の線が入っていて、右側が現在装備しているパッシブ。
左側が所持しているパッシブが表示されている。
どれを装備しても、あまり大差なさそうだな……
俺は乾いた笑い声を出しながら、適当にパッシブを移動させていく。
元々セットしてあった攻撃力増加(微小)の他に、
HP増加(微小)
防御力増加(微小)
自己再生(微小)
毒耐性(微弱)
の4つをセットした。
そしてそのままの勢いで、魔力消費軽減を移動してしまう。
「あ」
ミスをした場合、どうなるのだろうと思い確認してみると……
なんと、魔力消費軽減もセットされてしまっていた。
「……どうなってんの、これ?」
《パッシブスキル》は5つまでのはずなのに……
6つ目をセットできてしまった。
……マジでどうなってんの、これ?
おかしなことばかりが起き、俺は困惑していた。
困惑していたが、なぜか妙な高揚感を覚えていた。
読んでいただいてありがとうございます。
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