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Run Run Run  作者: 涼汰浪
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3.逃走 ⑤

 路地には、半べそをかいた避難民が、四、五人いたので、俺を見て叫び声をあげる。ごめんよ、でも、俺だって助かりたいんだ。我慢してくれ。


 ケータイを持って何か話している人がいたので、すれ違いにはたき落とす。


「止めておけ、撃たれるぞ」


 持ち主のお嬢さんは、爆弾から逃げるように落ちたケータイから遠ざかった。そういうことではなかったのだが、まぁ良いか。


 ケータイと言えば、先ほどから自分のを確認していない。一方的に切ったきりだったので、何か連絡が来ているかも知れない。でも、片手はハンドル、もう片手は脳みそを掴んでいるからケータイなんて取り出せない。どうしたものか。手放し運転を行おうか悩んで言うと、ついに着信が。ポケットからヴァイブレーションと「用心棒(一九六一)のテーマ」が伝わってくる。追いつかれていないことを確認して、一度停車。とにかく、直ぐに出た。


「はい」


「ちょっと、レオ? どうなってるの?」


 予想外に女性の声だ。


「お嬢ですか? 今、手が離せません。マッさんから聞いたのですか?」


「そうよ。一体どうしたってのよ? 岩田も死んじゃったって? レオ、あなたどこにいるの?」


 多少は慌てているようだが、興奮や驚愕といった激情はまったく感じ取れない。 


 いつも、そうなのだ。ガサ入れで幹部が捕まろうが、敵対する組と戦争になると言われようが、我関せず。彼女が心を動かすのは、自分に直接起こる事柄だけだ。間接的な影響など、微塵も気に掛けない。「レオ、これ見て。春物を卸してみたわ。綺麗でしょ?」「ええ、お嬢。おキレイです。ところで、1ブロック先で我々の組員がシュウゲキされたそうです」「あら、そう? 1ブロックって何キロ?」「ええと……。『となり街』? という意味です」「へぇ、変換できる単位じゃあないの? 知らなかった。ところで、レオ。こっちの靴も新しいの。春らしくて良いでしょ?」「はい。ええと、お嬢? お家に戻りませんか?」「ん? 何? 今、始まったのに、もう飽きたの? あたしとのデートが開始数分で退屈?」「いえいえ、そうではないです。近くで仲間が刺されました。ここもアブナイかも」「何キロも遠くでおきた出来事に何をビビってるのよ? はやく行きましょう。あの店のモーニングセット、列に並ばないと食べられないんだから」「はぁ」


 このくらいなら、まだ良い。まだ、『肝が据わっている』ってやつだ。カワイイ。でも、それ以外にも、「お嬢、今日は外に出ないでください」「どおしたのレオ? 急に心変わり? 映画が気に入らないなら相談に乗るわよ。二人で観たいと思えるのにしましょ」「いや、そうじゃないです。御頭(ミスター)への監視が強まっています。お嬢のお父さんも、ケイサツに呼ばれたばかりでしょ? 今、仲間が街にいれば、すぐにケイサツに捕まります。何もしていなくても、理由を付けて捕まります。俺とお嬢が出かけたら、良い的です。俺も、捕まる」「捕まるようなことを?」「……していないとでも?」「あはははは!」「ええ……、笑うところ?」「良いじゃない。あたしは捕まらないだろうし」「俺は良いの?」「良いの! 行きましょ」「あの、ええと。正直、お嬢と映画でデートをしているのを、知られたくない」「今更、そこでビビらないの! その時はお爺ちゃんに撃たれて!」「ええ……」


 この具合に、例え俺がパクられようが、知ったことではないのだ。自分が捕まるわけではないのだから。だから、ここで岩田ちゃんの死を知っても通常運転のお嬢には驚きはしないが、俺は少し傷付いた。俺が、死んでもこの程度で流されたら嫌だなぁ。


「……お嬢、買った物は無事です。ですが、これが狙われて岩田ちゃんは死にました。俺も追われています。なので、場所は言えません。こちらに来られては困ります」


「行かないわよ、危ないし」


「……この品を捨てることは可能ですか?」


「? レオが持っているんでしょ? 捨てられないの?」


「お嬢のお金で買った物です。俺が決めて良いことではないです」


「そう? できれば持ってきて欲しいけど、いざとなったら捨てちゃいなさいな。レオが死んじゃったらしょうがないじゃない」


 ちょっと嬉しい。


「岩田も逃げちゃえば良かったのに」


 ちょっと悲しい。


「分かりました。可能な限り持ち帰ります。あとは、俺達でどうにかしますから。待っていてください」


「うん。期待してるね」


「あと、この脳を欲しがる相手に心当たりはありますか?」


「……中身、見たのね。もう、お爺ちゃんに言ったら怒るから」


 さすがに今回の出来事をはぐらかしたら、俺は怒られるだけでは済まない。なので、これには解答しない。


「うーん。アメリカ人が最後まで粘ってたって聞いたけど」


 予想の範囲を1㎜も超えない残念情報。もう一声。


「お金はかなり持ってたみたいで、負けちゃいそうだったから裏ワザで落としてもらったの。

そこの業者は贔屓にしてたから、融通効かせてくれた」


 お嬢のお小遣いは、その年頃の人間が持つには過ぎた額だが、物好きのセレブとマネーゲームするには心許ない。ご贔屓にしていなかったら、そのアメリカ人の手に渡っていたはずだ。それでムキになって、奪いに来たのか? わざわざマシンガン持参してまで? まだ動機が弱い。


「これはそれほど価値が高いのですか?」


「なかなかの珍品よ。なにしろ超能力者の脳だもの。あのアメリカが検証しても、偽物と断定できなかったそうよ。ならほとんど本物ってことでしょ。わくわくしない?」


「します。ですが、街中で銃を乱射してまで欲しがるモノですか? わくわくする意外に何かあるのでは?」


 無人島の宝探しじゃないのだ。トキメキとロマンスがいっぱいなんてことは無い。ただのテロ行為に打って出るその理由は? 本当にお嬢以上のイカれたコレクターなんてオチは信じたくないぞ。


「うーん。やっぱり、研究施設が消えちゃったって話が大きいんじゃないかな? なかなかインパクトある話でしょ。その脳みそを研究してた場所が消し飛んじゃったの。ヤバいでしょ?」


「仲介業のオッサンがその話をしていました。だたのガス漏れ事故ではない証拠でも?」


「おっちゃん、おしゃべりだなぁ。そういえば、おっちゃんは?」


「死にました」


「あらら」


 ちょうど、お嬢の間の抜けたセリフで会話が途切れたのが良かった。そのおかげて、後ろから響いた悲鳴を聞き取ることができた。追ってきたな。


「お嬢、追っ手が来ます。移動するので一旦切ります」


「了解、了解。ちなみに研究所消し飛び事件に証拠は無いけど、脳みその研究に爆発物は要らないでしょ。ましてや建物全体が焼失するほどのはさ」


 ……何か、お嬢の話に違和感を感じる。モヤモヤを感じながらも、俺は工夫して、ジュラルミンケースの取っ手をピストのハンドルに引っかけて、左手で舵取りがでるようにした。右手にケータイを握ったまま走り出す。


 そうだ、脳みその研究だ。違和感はそこ。


「お嬢。研究していたのは魔術師と呼ばれていたアフリカ系ですよね。そいつの身体の内で脳みそだけに集中して研究していたってことですか?」


「ん? そういう訳じゃ無いでしょ。もしかしたら指先とか目玉とかに人と違う秘密があったかも知れないし。でも、最後は脳みそしか残ってなかったんだから、脳みその研究しかないでしょ」


「脳みそしか残ってない?」


 なにやら寒気がする。


「だって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、みんなその脳みそに興味津々なんだよ」


 この寒気は決して、後ろから迫るマシンガンズに寄るモノでは無い。


「レオ、その脳みそ持ってるんでしょ? 何か超常現象起きた?」


 この左手でハンドル操作ができる自信が消し飛んだ。


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