3.逃走 ②
汗だくになって、左手に手錠付きのケースを抱えた白人が、ふらつきながら歩いている光景を、周りがジロジロ見ていやがるが、こんな露骨にヤバい奴に声を掛けようとする日本人はいない。まして、白人だ。完璧主義の日本人様は発音の怪しいハイスクールレベルの英語では、通じないと思ってコミュニケーションを断念する。本当に困っているときは冷たく感じるが、今は好都合。ほっといてくれ。
這い出てきた通路を何度も確認しながら、息を整えつつ素早く歩く。動きは無い。さすがにこれだけの人の前で銃を抱えて飛び出してこないだろう。少し落ち着いたので、ケータイを取り出して、幹部に連絡だ。
「おう、なんだレオ」
「マッさん、ヤバい。今、お嬢のお使いをしてたんだが、シュウゲキをうけた。岩田ちゃんが撃たれて死んだ。俺もまだ追われてる」
「ああん? ンだって?」
幹部の松井さんに事情を全て説明して、応援を頼む。これで、数的不利は解消出来るはずだ。
話を聞いた松井さんは、電話越しでも表情が想像できるくらいにブチギレだ。ガラスの割れる音が何度か聞こえたから、グラスか湯飲みか、事務所のガラステーブルか、何かしら砕きまくったのだろう。いっても、岩田ちゃんだって幹部だったのだ。お嬢に私的なお使いを頼まれるくらいに信用があったのだ。俺は、気に入られているだけの下っ端。本当は岩田ちゃんだ、マッさんだなんて呼んでい良い関係ではない。そこは俺のキャラクターと日本語不慣れ設定のおかげで、成り立っている。だから、これは大事なのだ。組の顔を一つ潰された。ここで逃げきって終わり、と言うわけにはいかない。報復せねば。復讐せねば。例え相手が、謎の武装集団であろうとも。
そこで、思い返してみれば、あのマシンガンズの服装はバラバラだったが、みんなサングラスで顔だけは隠していた。それでも、分かったのは白人が三人。黒人が一人。恐らくアジア系であろう一人の計五人だ。その五人が残っている。すでに仕留めている二人は、少なくとも黒人では無かったが、とてもアジアの体格には見えなかった(体格の良いアジア人、ごめんな)。だから、分かっていたけど海外の勢力。十中八九、母国アメリカの奴らだ。オッサンとの話の流れ的にそれが妥当だろう。そのこともマッさんに伝えて、集合地点を決めた。
「レオ、こっちが着くまで大丈夫か? 道具は?」
「まだ、撃ち終わっちゃいない。二十発くらい残ってるからヘイキだ。もしもの時は、隠してる商品を使うかも知れない」
「それは良い、気にすんな。とにかく、そのアメ公共は潰す。舐めたマネしくさって只じゃおかねぇ!」
「そのアメ公とマチガえて、俺を撃たないように頼むぜ?」
「……笑えねぇな。良いから合流するまでバカはすんな」
「分かってるよ。よろしく頼む」
通話を切って、集合場所に指定した場所まで歩みを進める。そうすれば、こっちのものだ。数も地の利もこちらにある。四人バラして、一人には吐いてもらおう。今回の騒動を仕組んだ黒幕をだ。ソイツを潰して、岩田ちゃんへの手向けとする。
そう意気込んで、歩く俺に時々遭遇する「英語で話したがる日本人」からの奇襲があった。身綺麗な中年ご婦人が「Can I help you ?」と聞いてきたので、「大丈夫です」と日本語で返す。さっきの息の乱れていた時なら分かるが、今になって話しかけてくるとはどういうことだと少しイラだったが、「How do you like Tokyo?」と続いたので、さらにイラついた。日本語で返したのに英語で返してくる日本人多すぎだ。
強めに言い返してやろうかと思ったが、それよりも、ご婦人の後方、俺が逃げ出してきた路地から、黒いバンが一台出てきたのが気になった。
俺が質問を無視して、後ろを凝視しているので、ご婦人も吊られて振り返る。近づいてくるバン。その動きを追って視線を動かす俺と、ご婦人。開くウインドウ。脳みそガードを発動する俺。棒立ちのご婦人。覗く銃口。走り出す俺。棒立ちのご婦人。火を吹く銃口。俺はもうそこに居ない。まだそこに居たご婦人に穴が開く。悲鳴。これは俺の悲鳴でもあり、ご婦人の悲鳴でもあり、一部始終を見ていたその他の通行人、ドライバー達の悲鳴でもあった。