5.激突 ①
お嬢の話にすっかりビビった俺は、お嬢の問いに答えられない。
「ねぇ、レオ? 聞いてる?」
「……追っ手が来ています。また後で連絡を」
研究所一つ丸ごと消し去った脳みそだって?
とんだ爆弾を抱え込んでしまった。さっきから何度もこの脳みそ入れで銃弾を防いでしまっているが、自殺行為に他ならない。危うく消される可能性もあった。この脳みその元持ち主が本物の魔女だったならば、脳みその状態で研究所を消し去ったならば、もっと慎重に扱わなければならない。……この場合、脳みその持ち主とは言わず、この脳みそ自体が本人なのか? 脳みそ=彼女なのか? 人として接した方が良いのか?
「……取りあえず、済みませんでした」
日本語で謝ってみたが、彼女に通じているのだろうか? というか耳が無いのに判るのかどうか。アフリカ系アメリカ人とは交流もあるが、純アフリカンとは接点が無い。ましてや脳みそでは表情を伺うも何も無い。すでに彼女は激おこだったらどうしよう。
そんなことを考えて冷や汗混じりに自転車を漕ぐ。だんだんと悲鳴が近づいて来た気がする。こちらは自転車で、あっちは駆け足のはずなのに、何で差が縮まる? 振り向いてみるが、まだ見える距離ではない。いや、路地裏を右に左に走っているのだ。そもそも俺がどの道を走っているのかも分からないはずだ。早々に追いつける訳が無い。
そう考えている内に曲がった先には、人や車で溢れていた。適当に走らせている内に、また大きな通りに出てしまった様だ。ほんの一キロそこらの地点で銃撃戦があったばかりで、パトカーやレスキューのサイレン音がどんどん増えているというのに、気にしているのは三割未満。ほとんどの人がそしらぬ顔で、我関せずだ。
必要以上に他人へ干渉しないのが日本人の美徳とは言うが、おいおい。これは他人事じゃあ無く、君達自身の命に関わる事態なんだぜ? もう少し、関心を持とうよ。
……いや、この国では発砲事件なんて限られたエリアで月に一件や二件。ほとんどの国民が本物の銃(火縄銃とか歴史的なモノを除く。みんな博物館は好きだろう)を見ること無く一生を終えられるようなアンチ銃国家だ。毎日どこかで銃を乱射している俺の国とは事情が違う。あれだけ弾きあっても、それが銃声だと分かる人の方が少ないのだ。何か事故でもあったとしか思っていない。
ひとまず、停車して息を整える。サイレンや人の動きで、悲鳴や銃声は感じ取れない。まだ追って来ているのだろうか? エアバックパンチを喰らった二人は、まだ伸びているか分からないが、ピンピンしているのが三人いる。追って来ていたのはその三人だ。うまくいけば、伸びている二人は逮捕されているかもしれない。そうであって欲しい。
とにかくここがどこか確認して合流地点に向かおう。そうすれば五対一が五対十強だ。ケータイで現在地を確認して、目的地がどこか確認する。意外と近づいていたようだ。自転車なら五分でたどり着ける。
自転車の方向を変え走り出そうとしたその時だ。耳に響くスキール音と、女性の悲鳴。合わさって、超音波の如く鼓膜に痛みを与えてくる。続けて、パトカーのサイレンと、さっき聞いたばかりのMAC―11の演奏会。とどめに、パトカーのボンネットが吹っ飛ぶ爆発音でオチが着いた。
咄嗟に元来た道に戻ろうと、再度自転車の向きを変えようとしたが、足下で何かが跳ねた。当然のごとくそれは銃弾だった。間違いない、マシンガンズは俺の位置が分かっている。何だ?GPSか? どこで付けられた? どこに付けられた? 分からないから取りあえず上着は脱ぎ捨てる。でも、そんなチャンスが奴らにあっただろうか? 拳の届く距離まで近づいていない。射出式か? 映画やドラマで見る、銃から撃って、車にくっつけるヤツ。いやいや、生身であんなのを当てられたら、銃弾を喰らったのと変わらない。今頃痛みで転がっている。自転車に当てられたとしても同じ。転倒して転がっている。どうなっている?
もう二発の弾が足下で跳ねたところで、元来た道に戻るのを諦める。そのまま自転車が向いていた方向。合流地点に向かって走り出した。
振り返って状況を確認してみる。どうやってここまで追いついてきたのか、どんな車を奪ってきたのか見てみようとしたが、視界に入ってきたのは、路肩に緊急停止した一般車と、ボンネットが飛んだパトカーと飛んでないパトカー。動いているのはボンネット付パトカーが三台だけだ。マシンガンズの車はどれだ?
注意深く観察すれば、パトカーの向きで分かってきた。動ける三台の内、二台がボンネット無しカスタムパトカーと同じ方を向いて、一台がそれらと対峙している。その一台からはサングラスの白人とおぼしき茶髪が助手席の窓から半身を出して銃を構えている。あいつら、駆けつけた警察からパトカーを奪いやがったのだ。後部座席の状況はここからでは分からないけれど、パトカーは五人乗りだから、全員詰め込まれていてもおかしくない。
しかし、マジか! 警察を真っ正面から敵に回すなんて正気じゃ無い。きっとあのパトカーに乗って駆けつけた警官達を撃ったに違いない。日本のヤクザと外国のギャングの抗争で終わらせる気はないらしい。いわば日本という国、そのものとやり合うつもりだ。だった五丁の銃で。そうまでして手に入れなければならないのだろう。そこまで追い詰められても、諦めてはならないのだろう。それだけの価値が、俺の手首に繋がっているということなのだろう。
「ヤバすぎるだろ、あんた……」
手首に繋がる彼女に思わず話しかけるも、返事の一つも帰ってこない。
連れない彼女に辟易していると、もう一台のパトカーもボンネットとフロントガラスを失い、オマケに運転手の顔面も吹き飛んでしまった。
はい、アウト。これは、アウト。やってしまったわ、あいつら。一〇〇人中一〇〇人が死んだと判断すること間違い無しの見事な死体だ。御家族や親戚に申し訳ないと、赤の他人の俺が思うほどの損壊度。一目見ただけでは男性としか分からない。分からないが、俺はここから生前の彼の顔が無くなる瞬間をばっちり目撃してしまったから、彼がどんな顔の警察官だったのかフラッシュバックを起こして、動けなくなってしまった。
俺よりは年上、恐らく四十代だったのではないだろうか? 日本のプロレスラーで近い顔を見たことがある、なかなかの強面。隣に座る相棒は、そんな彼よりも老けた顔のナイスミドルだが、今は血に塗れて、惚けている。それは仕方の無いことだろう。俺だって隣のヤツの顔面が吹き飛んで、脳漿を被れば訳が分からなくなる。それが、仕事仲間なら尚更だろう。
そうして残された助手席の警官に対して想いふける俺を見て、手を休めているほどあの畜生達は怠けてはいない。残りのパトカーを無視して、こちらに向けて弾をばらまいてくる。跳弾が二発と、直に一発の弾丸が自転車のフレームに消えない痕を付けたところで、俺もようやくトリップを終えて、現実を直視した。
今、俺自身にかすり傷一つ着かなかったのは奇跡だ。日頃の行いの賜物だろうか。盾になってくれた自転車がまだ現役続行可能であることを、漕ぎながら確認して、一心不乱に脚を回した。今なら原付バイクにだって負けたりしない、スーパーカブも真っ青の加速具合の筈だ。しかし、それが後ろから迫るマシンガンを積んだクラウンから逃げ切れるという訳ではないと理解もしている。このままでは蜂の巣まっしぐら。通気性抜群ボディになって、地面にキスすること確実。運命の鎖で繋がった彼女(皮肉)のスーパーパワーに期待したいが、それはそれで危ないのかも知れない。この状況で、建物を消し去った超能力を発揮されては、俺も一緒に塵になるだろう。彼女が死なば諸共(彼女はすでに生物学的に死亡しているが)の精神で無い事を祈るばかりだ。
ボンネット飛ばしの刑に処されなかった唯一のパトカーは、最早戦意喪失。こちらに目を向けること無く、動かなくなった同僚の車両に向かって呆然と立ちつくす警官達に助けを求めるのは、間違ってはいない筈だが、あれではとても戦力として期待できない。何だったら、俺の「助けてください!」の叫びを聞いて、逆に逃げ出しかねない。それでも、取りあえずマシンガンズの標的にされているのが俺であることだけはアピールするために、百数メートル(メートル法はポケモンGOで覚えた)後方にいる警官達に聞こえるように「アァァァァァァァァッーーーーー」と絶叫してやった。できれば応援を呼んで頂きたいところだ。




