1.脱出 ①
「予知能力があったら何に使う?」
「ギャンブル」
「あー、いいなそれ。それしか無いな」
エレベータはそこら中に塗装剥げがあって、上の方でギィギィとヤバそうな音を立てて昇っている。今、地震でも起ころうものならワイヤがプッツンと逝きそうで嫌になる。お嬢に頼まれたお使いだから、てっきりデカい百貨店とかオシャレなショップの入った複合商業施設を期待していたげど、目的地は本当にここは人口過多で騒がれる東京二十三区ですかと、疑いたくなるほど過疎ってる場所にあった、くっそボロいビルだ。そこにお嬢に持たされたジュラルミンケース片手に野郎が二人仲良くエレベータで隣り合ってる。マジでサイテーだ。
「岩田ちゃん。俺はもっとカンタンでラクチンな仕事だと思ったのに何でこんな薄暗くてボロいビルディングでエレベータに二人きりなんだ? 正直に言ってちょっとビビってる。トビラが開いたらテッポウかまえた黒服がズラッと並んでいるんじゃないかって」
「止めろよ、縁起でも無い。ここは良くお嬢が買いもんに使う場所で、警備はちゃんとしてる。上にはちゃんと物持った仲買人が丸腰で突っ立てるだけだ」
「よく使う? お嬢は何の買い物してるんだ? てっきり男二人でランジェリーショップに行かされて辱めに合うプレイとかだと思ってたのに。正規店で買えないってどんな下着なんだ? 御頭に知られたらヤバいプレイ用か?」
「何で下着に限定した? お前の癖とか今話すなよ。良いか? お嬢は稀少品珍品の収集癖があって、今回もその類いの買いもんだ。持ち帰ったら多分見せてくれるさ。この前は、珍しい動物の頭蓋骨だったな。バビ? バビル? あー、バビル二世みたいな名前の奴で、自分の牙が頭に刺さってる奴だった」
「何だそのアクマみたいなビジュアル。グロテスクだな。今回もソレ系なのか? 今度はソレの生きてるヤツとかじゃないだろうな?」
あとバビル二世って誰だ?
「生きもんはさすがに集めてないな。飼うの面倒だろ。絶滅危惧種らしいし、連れてくるの大変だろうし」
「ゼツメツキグ種って頭蓋骨なら持ち込んで良いのか?」
「さぁ?」
エレベータ止まり、トビラが開いていく。一応、緊張感を持ちつつトビラの向こうを確認するも、確かに誰もいなかった。そのまま降りて、廊下を進む。
それにしても、お嬢からのモーニングコールで今日は良い一日になると思っていたのに、とんだ情報を掴まされた。まさか、そんなヤバ気な趣味をもっていたとは。この話、もっと詳しく聞いとくべきだろうか? 嫌、でもこれ以上聞いてお嬢の目を見れなくなるのはツラい。露骨に引いてしまったりしたら、こっちも嫌われる。それは避けたい。
「まぁ、多分今回は身体系じゃないと思うぞ。最近、超能力がどうだの話してたから。ユリゲラ―が曲げたスプーンとか、サイババが出した砂とかそんなのじゃね?」
「? さっきから、誰だソイツら?」
「えっ?」
「え?」
……。
「まぁいいや。それでさっき予知の話をしたのか。超能力ね。なるほど。でもそんなうさんくさいモノに大金を出すのか? このジュラルミンケースの中身は金だろう? テキセイな金額なんだろうな? お嬢をダマす様ならシバき倒す必要がある」
「その辺は付き合いの長さで信用するしか無いな。宝石とかならまだしも、そんなイロモノの価値なんて素人にゃ分からん。お嬢が良いって言ってんだから、渡しちまって良いだろう」
俺は宝石の価値だってイマイチ分かってないから、手は出さない。石にウン万ドルとか出せない。実用性が無い物にはビビッと来ないんだ。
そんなこんなで前を歩く岩田ちゃんが一室の前で足を止めた。ここが取引場所ね。俺は左手のジュラルミンケースに力を込めつつ、腰に控えた黒光りするアイツの存在(ゴ○ブリじゃない)を肌で確かめた。
「そんなに堅くなるなよ。ガキの使い程度の仕事だぞ。今後も良くあるだろうから、今日で慣れとけよ」
「オーケー ブラザー」
そう言われて本当に気を緩める俺じゃ無い。例え部屋の中にプレデターが居たって良いように身構える。シュワルツェネッガーほどの筋肉は無いが、足の速さは自信があるぜ。ヤツのポインタが俺の額を赤く照らす前にトビラを閉めて逃げ切るわ。
岩田ちゃんがノックをして、オッサンの声で「はぁい」と返事が聞こえてきた。OK、ヤツはまだ来ていない。でも、透明になって部屋の中に居るかも知れない。空気の揺らぎを捕らえるのだ。
「なんだお前? 眼が怖ぇよ」
「気にするな岩田ちゃん。俺がケイカイしておく」
「何を?」
部屋は中央にデカい円卓と、椅子が少し。片側に窓があって、反対と奥は壁だ。つまり、出入口は今立ってるここだけ。中には頭頂部の薄いオッサンと、若そうな男が二人居た。はい、イレギュラー。誰だその二人は。
「どうした? 若いのなんて連れて珍しい」
「ええ、勉強させようと思いまして、私の仕事を見させています。お嬢様には一言お断りを入れておきましたが?」
「あれま。聞きそびれたわ」
「………岩田様、そちらの方はどちらの?」
オッサンは若いのにガンくれている俺の方を向いてそう尋ねてきた。
「ああ、ちょっと前からウチで面倒見てる。あのナリでもちゃんと日本語はできるから安心しな。レナード、大丈夫だからガンくれんの止めろ」
「分かった(止めるとは言っていない)」
オッサンは冷や汗が滴り落ちそうになってたが、取りあえず気にしないことにしたようだ。
「……では、始めましょうか?」
「おう」
オッサンと岩田ちゃんがお互いの荷物を卓の上に出した。二人ともゴツいジュラルミンケースで、オッサンにいたってはわざわざ手錠で、手首とドッキングさせてやがる。
「? ヤケに今日は慎重だな。そこまでしてるのは初めてだぞ。それほどか?」
「はい。今回の品はこれまでのモノ以上に稀少な一品でして、これだけの策を講じた次第です」
「……競合相手がいると?」
「……接触はありませんでしたが、恐らく」
オイオイオイオイ! 曲がったスプーンが欲しいヤツが他にもいるのか。これはプレデターよりもダニー・オーシャンやフォー・ホースメンを警戒すべきか? なら、この若そうな二人がおかしなムーブをとらないか要注意だ。
俺は目の前の二人がポケットから閃光弾や催涙弾を取り出したりしないか、よく監視する。ふところに手を入れるようなら即、俺の相棒が姿を現すことだろう。
「……ですが、日本でコトを起こすような些末な事態は起こさないかと。私の手に渡った段階で陰は消えています」
「まぁ、たかが珍品の一つで、極道相手にするほど湧いちゃいねぇか」
そうだろうか? 俺の前のボスは頭湧いてたぞ。おかげで今では東京暮らしが出来てる訳だが。ネジの足りてねぇ田舎のボンクラだったら、東京だろうがNYだろうがバカをやる。
「そうでしょうとも。では今、錠を外しますので」
冷や汗の引いたオッサンの手首から手錠が外れる。ソレと同時に岩田ちゃんがコッチのケースを開いて中身をオッサン達に見せた。
「……確かに」
「うん」
「こちも確認なさいますか」
「中身は聞いて来てないが、一応な。今回は額がでけぇしな」
「では」
慣れた手つきでアッチのケースをオッサンが開けるが、俺の視線は二人に向けたままだ。中身が無防備になるこの瞬間、二人が行動を起こすかもしれない。二人がイーサン・ハント染みた変装をしていて、オッサンごとだまし討ちをしようと企んでいるかもしれない。
……そうは頭で考えていても、心に巣くう好奇心というヤツは無意識に俺の眼球を操り、瞬間的とはいえ、ケースの中身を確認しようと俺の視界を切り替えてしまう。困ったヤツだ、まったく。で、その瞬間、瞳に映ったのは、どう見ても何かの脳みそだった。