登山研修
「行ってきます!」
花音と2人で道場を出た。ピーさん達は、時間をズラして先に登校。制服屋さんの店員さんからのアドバイスを参考に、目立つ事を避ける作戦だ。
通学ルートには、早朝に売り切れるお餅屋さんがあったり、靴屋なのに、映画の看板のようになっている店があって、驚きながら、学校に着いた。当たり前だけど、女子ばかりで結構緊張した。でも花音が居るからちょっと安心。ピーさん達は大丈夫かな?老師が色々レクチャーしていからそんなに酷い事にはならないとは思うけど、平穏無事って可能性は低いだろうな。
授業はそんなにレベルは変わらないと思うけど、ノートを取るスピードが皆んな速い!僕等の時代なら、ちょっとしたメモなんかは、スマホで撮って済ませていたので、文字を書く事が少なく、この時代の人とはかなりの差があった。なんとか鉛筆を走らせ放課後を迎えた。
部活の勧誘が押し掛けて来たが、道場に住み込みで修行していると言って上手くスルー出来た。花音は元々の文学少女の雰囲気そのままなので、文化系の部活に囲まれていて、格闘技の修行っていう口実は通用しなかったが、ヒョイと宙返りをして、習いたてのカタを披露した。まだまだ素人のまんまだが、その前の超人的な宙返りの印象ですっかり格闘家に成りすました。
一応無事に下校。道場につくと、グッタリのピーさん達。やっぱり、筆記速度で驚き、部活の勧誘から逃れるのに苦労したそうだ。
「誘われたんなら、やってみたらどうだ?」
師範は呑気に笑った。
「俺は若い頃、世話になった恩師に、恩返ししたいと言ったら、次の世代の面倒を見るのが1番の恩返しだって言われたんだ、贅沢は出来ないけど、学校通って部活やるぐらいは何とかなるさ!」
3人ともスポーツ万能で特に球技は男子に交ざっても充分な活躍をしていた。バスケの3オン3では、小学生の時に、高校生男子を破った事もあったくらいだ。サイズアップ、パワーアップした今ならかなりのパフォーマンスなんじゃないかな?
「じゃあ、体験入部して来ます!明日、早速!」
ラヴが張り切って応えた。何にするのかな?やっぱりバスケかな?セブンが一緒の部活にしようと調整を始めていた。
「私は元々体育会系じゃないからパス!道場の稽古が楽しいから、こっちで頑張る!」
花音は帰宅部宣言。僕も帰宅部かな?そんな話で盛り上がっていると、
「まあ、今すぐ決めなくってもいいんだ、若い頃しか出来ない事をすればいいんだ、内職もするなとは言わんが、そんなの歳取ってからも出来るからな!文化系の部活だっていいんだぞ!」
あっちの時代では漫研に所属し、大星にはそれが無い事を話すと、
「じゃあ作ったらいいだろ?」
それもいいのかな?明日にでも調べてみよう。
道場で稽古して、すっかり女湯に慣れた銭湯に行って、晩ごはん。食後は内職で何円か分を稼いだ。エリーと老師が結構な数を済ませていたので、百円位にはなっているかな?
「生徒手帳が身分証明書になるから、もっとまともなバイト探せるんじゃない?」
花音は、スマホを取り出したが、当然圏外なので、電源を切っていたのに気付いて、プッと笑った。求人サイトももちろん見られないし、バイトの情報誌も存在していないようだ。この時代の人は、どうやってバイト探しするんだろう?
「ほとんどが、親戚や知り合いの紹介とかかな?ちょっと当たって見たけど条件に合いそうな仕事はなかったな。」
英造さんさんは、僕達の行動を想定して先に調べてくれていた。
「夏休みまでは、こっちに慣れる事を優先して焦らずにしてなよ!師範も学校生活を大事にしなさいって感じでしょ?」
まあ、焦っても仕方が無いよね。布団を敷いて、明日に備えた。
「ねえ、エイミー。」
僕の布団に潜り込んで来たエリーが耳元で囁いた。
「英太の時と、エイミーになってからって、どっちが良かった?」
更に声を潜めながら、寝巻の中に手を滑り込ませた。
「どっちって何?」
エリーは、想定外のシモネタを囁き、
「ピーさん達に聞いたんだけど、女の子の時には試した事無かったから、比較出来なかったんだよね!」
少し音量が上がると、花音も反対側から潜り込んで来た。
「ナイショ話?」
花音の無邪気な質問にエリーは、ストレートに答える。僕と花音は、豆電球でも判るくらいに赤面。正直に答える。
「僕も試した事無いから、比較出来ないよ!」
「でも、英太としては、経験積んでるでしょ?中学生男子なら、週7以上は当たり前って言うよね?」
「そっ、そんなにしないよ!」
「そんなにって事は、それなりにはしてたんでしょ?ちゃんと報告してね!」
爆弾トークで騒がせたと思ったら、寝巻の中で柔らかな膨らみを堪能しながら、さっさと寝息をたてた。
「・・・豆電球、消すね。」
花音は自分の布団に戻り、部屋は真っ暗になった。女の子になって、そんな事しようと、思わなかったな。自分のカラダでありながら、見たり触れたりすることにドキドキしたし、触った手の感覚には罪悪感があったけど、触られた部分の感覚について考えた事は、無かったな。今もエリーが触っているけど、背中やおなかを触られるのと特に変わりは無い。先っちょを摘んだりされるとくすぐったい位。『感じる』って感覚は理解出来ないな。下の方は、お風呂やトイレでの必要最低限の接触しかしていない。今まで気付いて無かったけど、その気になれば、以前は年齢を偽ってコッソリ覗いていたサイトの内容を、画像でも動画でも無く、リアルな3Dで見たり触れたり出来る。そう思うと、カラダが熱くなって来たような気がした。
今、そんな事をしたら、エリーにバレバレだよね?きっと狸寝入りで、僕の、行動をチェックしてるんだよね?しない方が正解だろう。そう心の中で決定すると、頭の中は、その行為を我慢している認識で支配された。新しい事に興味津々の僕と、エリーのツッコミへの対応に手詰まりを予測して制御する僕が明け方まで討議を続けた。結局ほとんど眠れずに朝を迎えた。
「おはよう、エイミー!寝不足みたいね、いきなり朝までしちゃった?」
冷やかす気満々のエリーが、顔を覗き込んだ。
「し・て・ま・せ・ん!」
涼しい顔で答えると、
「バリバリ顔に出るタイプだからね、うん、してないんだね。」
エリーはガッカリしていた。
眠い目を擦りながら学校に向った。席に着くなり、ウトウト。ホームルームの時間に花音が起こしてくれた。ホンの5分だけど、妙にスッキリ出来た。
「四月一日さん、薬師さんは、宿泊研修と登山遠足に参加していなかったので、補習を受けて貰います、日程の調整がありますから、お昼休み、ランチが済んだら職員室に来てください。」
午前中の授業を終え、お弁当を食べた。
「補習って何するんだろうね?」
職員室に行くと、、担任で体育の森先生ともう一人、他のクラスの生徒が待っていた。
「今週の土日、一泊で登山って如何かしら?」
先生のプランでは、土曜日の午後からバスで登山口に向かい、夕方までに山小屋。翌日は朝から頂上を攻め、夕方のバスで帰ってくるそうだ。
先生は、僕等に特殊な事情がある事は知っているので、他の人も誘っていいと言うので、ピーさん達も誘う事にした。道場に帰るとセブンが道路を掃いていたので、早速話すと、即答でOK。すぐに2人にも話して了解を貰った。
週末、午前の授業を終え、バスターミナルへのバスに乗った。次のバス停でピーさん達も乗って来た。ターミナルで乗り換え、登山口へ。
「日帰りでも充分登れる山だから、安心してね!」
先生はそう言いながら、準備体操を始めた。慌ててマネをして、体勢を整えた。先生が『誰か誘ってもいい』って言ったのは、ピーさん達をポーターに使う作戦だったらしい。3人は、大きなリュックでカニに変身していた。
3時間程で山小屋に到着。明るいうちにご飯の支度。明日の昼までの3食分のご飯を炊いて、晩の分の豚汁を作った。ランプの灯りで食べるご飯は、とても美味しく感じた。森先生はあっちの時代で言う、山ガールらしく、いろんな山の武勇伝を聞かせてくれた。合唱コンクールの定番曲を何曲か歌い、秋のコンクールの曲を考えたり、学校行事の事を話したりして夜を更かした。先生は、ほとんど、イヤ、全く勉強や試験の話はせずに、球技大会や体育祭、文化祭の話で盛り上がっていた。だんだん皆んなの目がトロけて来て、少しずつリタイアして行った。体操着のまま毛布に包まっての雑魚寝なので、だだっ広い2階で男女を気にする事も無く眠りに付いた。
翌朝、昨夜の残りで朝ご飯を済ませた。まっ青な空の下、お昼のおにぎりを持って、宿泊用の荷物を山小屋に置いて、少し身軽になって山頂に挑む。
体操をして、登り始めると、トンビが急降下。薮の中に獲物を見つけていた。次にトンビが視界に入った時は、自身よりも長いかも知れない蛇を掴んでいた。暴れる蛇にバランスを崩し、僕等のすぐ近くを飛んだ。その後は上空に消えたんだけど、もう一人の補習生の織田さんがパニクって、坂道を駆け降り、転んで怪我をしてしまった。擦り傷と、捻挫だと思うが、もう登山どころじゃない。パニックは収まったので、先生は、ピーさんにおんぶして運ぶように指示したが、織田さんは恥ずかしがって、ピーさんの背中を拒否。それならばと、花音が背負った。山小屋に引き返し、先生は、花音と織田さんの荷物をまとめてパッキングし、おんぶの二人と下山。僕とピーさん達は、改めて山頂アタックに向った。
途中、大きな沼の所で休憩。天気予報では夜まで快晴の筈が急に曇って来た。念の為、休憩を短く切り上げ、山頂に向った。山頂付近になると、木々が疎らになり、視界が広がってきたが、合わせて雲が厚く、暗くなり、見晴らしは良くなかった。山頂では、昼食のおにぎりを噛り、先生から預かっていたカメラで証拠写真を撮った。全てマニュアルのフィルムカメラなので、写っているか不安だけど、取り敢えず、雨が降らないうちにと、急いで下山しようと急いだが、カメラを仕舞っているうちに、あっという間に、土砂降りになった。百点満点の青空と、天気予報を信じて、雨具は山小屋に置いて来ている。雨宿り出来るところも無いので、滑る足元を気にしながら、山を下った。
雨脚は緩む事はなく、雷と強風を伴い、下山の道を妨げる。登りで休憩した沼も大きな波で、同じ沼とは思えなかった。もうひと頑張りで山小屋に辿り着く。お湯も沸かせるし、暖かい毛布も、暖房用の薪もあった筈だ。気合いを入れて歩き出すと、ふと、カラダが軽くなった気がした。