正路の母
翌日、師範に頼んで、古い書類を引っ張り出して貰い、44年の名簿を探した。
『坂下 雪』の住所は当時はまだ無かった東区が書き込まれ、北21条東11丁目となっていた。
「早速行ってみる?」
ラヴもセブンもノリノリで道場を飛び出した。
このあと、地下鉄が通って、高層マンションが立ち並ぶ16丁目通りにはまだ少しタマネギ畑が残っていた。
「角の酒屋さん、普通の酒屋さんだね!」
元々いた時代では、ショーウインドウどころか、窓さえも無い、一見何者か解らない、隠れ家的なワインショップ(入った事は、無いので詳細は不明)になるんだけど、61年現在では普通の酒屋さん、あと、パンも売っていた、トングで取って買うタイプのパン屋さん、美味しくて意外と安いんだよね61年の相場ではどうかな?今度寄ってみよう。
あちこち確かめながら歩いて行くと、日曜日にも関わらずバスが結構な本数らしく、行ったと思ったらまた次が来ていた。バス停の時刻表を見ると日曜日でも1時間に6本はあるので、10分以内には次が来るんだね。平日のラッシュ時なんか10数本あるので、いつ行っても乗れる勢いだね。
15、14と丁目が減っていく。12丁目を過ぎると、??なぜか10丁目。表札の横に貼ってあるブルーの住所表示を確かめたけど、11丁目は存在しなかった。取り敢えず、10丁目と12丁目をチェックしたけど、収穫ゼロ。偏屈じいさんに不審者扱いされて説教。骸骨に皮を貼った様な顔で、皺と区別が付きづらい目なのに、眼光は鋭く突き刺さった。見かけだけでもガッツリ叱られた気分の上、説教慣れしているようで、なかなかのダメージを食らった。叱り方で判断すると、もしかして学校の先生なのかな?なんとか開放されて帰り道。
「確か、あのサッカー選手って、この中学校の出身じゃ無かった?」
サッカーファンのラヴの記憶なら間違い無い筈。いつもは冷静なラヴだけど、ダッシュでグランドを見に行った、と、思ったら、
「あっ、まだ昭和だったね!まだ産まれていないよね?」
しかもJリーグもまだなので、グランドには野球部と陸上部が目立っていた。収穫無しではつまらないので、酒屋さんによってパンを買って道場に帰った。
日記には、今日の事を書いておこう。失敗でも、いつか役に立つかもしれないしね。44年の情報を纏めると、坂下雪は自称高校1年だが、どこの高校かは不明、制服で道場に来る事は無かったし、試験がどうのか、遠足だの学校祭だのって話題は無かったそうだ。住所は今日調べた通りデタラメで?電話は付いていなかった。まあ当時ならば無くてもおかしくは無いんだけど、道場に来た時のいかにもお嬢様って姿とはギャップを感じるよね。
俺達がスリップしたあとは姿を現さなかったそうで、それ以降も来ていない。50年でも会って無いよね?61年でも今の所会って無いなあ。
「そういえば、俺達、っつうか元々の時代の私達って『雨丸 正路』の事、殆ど知らなかったよね。小さい頃は道場に来てたけど、英太の友達って感じで一緒に稽古したり遊んだりしなかったよね?」
セブンがしみじみ語った。
「ああ、いつからこの辺に住んでるとか、父さん母さんが地元なのかも知らないしね。」
ラヴも同じ事を考えていた。パンを齧りながら、作戦を考えてみる。
「『坂下さん』はそんなに沢山は居ないけど、珍名さんじゃないよね?『雨丸さん』は、正路以外見た事無いから、探すなら雨丸さん、お母さんだね。」
そう言うと、ラヴもセブンも頷いて、
「この時代のハローページって、殆どの人が載せてたらしいから、探せるかも!」
ラヴは、電話器の台に置いてある電話帳を取りに駆け下りた。『ハローページ』って名前では無く、『50音別電話帳』だったけど、雨丸さんは、一軒だけ載っていて、住所は西区だった。来週の土曜は、セブンだけバイトなので、ラヴと2人で偵察に行く事になった。
平日を恙無く過ごした、ちょっと変わったのはバイトが無い日にバスケ部の練習に付き合ったことくらいかな?
土曜日の授業を終え、道場に帰って腹拵え、正路のお母さんを探しに行く。英太のお父さん英司君が小1なので、正路のお母さんも同じ位だよね?男子高校生が、小学校に入ったかどうかの女の子を探り回るって思いっきり不審者だよね?家の確認と、近所の公園とか、子供が遊びそうな所を夕方迄、張り込みの予定。
バスで地下鉄南北線の北18条、大通駅で東西線に乗り換えて、宮の沢駅、、、?琴似迄しかなかった。宮の沢迄の延伸は平成になってからのようで、終点琴似駅でJR、いやまだ国鉄かな?に乗り換えて、手稲駅で降りた。バスで近く迄行って、住所の場所を探す。因みに、元の時代なら手稲区だね。
番地が解らないので苦戦を予想指定だけど、住居者地図が貼り出されていて直ぐに特定出来た。玄関脇にピンクの子供用自転車があったので、女の子がいる事が濃厚になった。さっきの地図で確かめておいた公園に移動して、休憩がてら張り込んだ。
颯爽とピンクの自転車で現れたのは、間違い無く、正路のお母さんだ。正路や老師の姿からでも何とか面影はあるけど、マサミと並んだら、拡大コピー的なソックリ姉妹に見えるだろう。名札には『3年4組 雨丸路子』と書いてあった。十数年後の、坂下氏との結婚や、長男出産、離婚の情報を伝えても仕方が無いし、むしろ伝えるべきでは無さそうなので、本日のミッションはクリア。帰りのバスを考えていると、
「オジサン、一緒にやろう!」
路子ちゃんに、バスケに誘われた。
高学年の男の子が2オン2で遊んでいた所に入ろうとしていたようで、なぜか俺達を誘って来た。男の子4人対、路子ちゃんと俺達でゲーム開始。相手ボールから始めて、シュートブロック。外に出してからのアリウープ。派手に得点すると、ダブルチームで守って来たので、フリーになった路子ちゃんがシュート。届かない事も多く、殆ど入らないけど、何とかゴールした所で試合終了。先に遊んでいた男の子達も喜んでくれたので、爽やかにサヨナラしてバス停に向かった。
国道に行くと、バスターミナル行きのバスがあったので、国鉄よりは安いし便利かな?バスを乗り継いで道場に帰った。




