女子部屋
「悪いけど部屋を2つ空けて欲しいんだ!」
英造さんが遠慮がちに言ってきた。ご近所で不幸があって、そこの親戚達が葬儀の為に集まりここに泊まって行くそうだ。僕達が変身している事は、じいちゃんとばあちゃんしか知らないので、4つも使うのは不自然な我儘だと思われる筈。一応、広い方から2つ、6畳プラス板の間で8畳弱あるので、男子部屋の4人でも布団が敷ける。さっきの様子なら問題なさそうだ。問題なのは僕達の部屋だが、そう思っているのは僕だけで、姉ちゃんも花音も喜んでいて、居候の身なので今後もこれでいいと言い出した。まあ、お風呂もクリア出来たから、心配要らないのかな?
昨日2人が泊まっていた部屋に僕が引っ越す形になった。布団を運び込むと、空きスペースは真ん中だった。
「僕が真ん中なの?」
どっちかに寄って、ついたてで仕切ったらいいと思ってたんだよね。そんな事はお見通しって顔で姉ちゃんは、
「端っこ希望って事は、どっちかの隣りがいいって事かな?」
「いや、そういう事じゃ無いし、真ん中でいいよ、じゃなくて・・・、いや、真ん中がいいな!」
姉ちゃんと花音は、一件落着の満足げな表情で、自分達の布団も敷いていた。そんなにピッタリに敷かなくてもいいんじゃないか?そう思ったけど何か言ったら、数倍で帰って来そうなので、黙って様子見するしかなかった。
姉ちゃんは、裸電球のソケットの紐を引いて、豆電球に変えると、
「さっきは、恥ずかしい質問に正直に答えたから!今度は、あなた達が、答える番ね!」
どうやら、決定事項らしい。身構えて質問を待っていると、
「ただの恋バナ、気楽に語り合おうね!」
ノリノリの姉ちゃんは、花音に同意を求めた。花音が頷くと、
「じゃあ、花音ちゃんからね!彼氏いるの?」
「いっ、いませんよ!」
自分がターゲットになるとは思って居なかった様で動揺が隠せない。
「好きなひとは?」
一瞬視線が合って、花音は俯いた。
「視線での解答かな?」
姉ちゃんのツッコミに真っ赤になって反論の言葉を探す花音だが、無視して、
「次は英太ね!あっこんな美少女が英太じゃダメね、なんて呼ぼうかしら?英子?英美?」
矛先が変わって安心した花音は、
「英美?エイミーが格好いいよ!どう?」
姉ちゃんも気に入ったようで、即決。
「次はエイミーね!簡単な方がいいでしょ?」
僕が頷くと、
「彼女いない歴と年齢が一緒の英太君は、初恋の花音ちゃん以外に、好きになった人居ますか?」
正直に首を横に振る。花音と目が合って、お互いにフリーズ。
「探り合いしなくても良くなったでしょ?今の状況でこれからどうするか、良く考えてね。」
ただの冷やかしじゃなかったんだね。一応、僕達のこと考えてくれいたみたいだ。
「並んだお布団でも、妊娠の心配は無いから、好きな事して大丈夫よ!一応その時は見ないフリしてあげるから!」
やっぱり冷やかしか?
ゴソゴソと、何かを取り出すと、
「エイミーには、必要無さそうだから、花音が使う?」
姉ちゃんから渡されたモノはシリコンかな?心地良い柔らかさのモノだった。正体を把握出来ずにいると、花音は寝巻の帯を緩めて、胸に貼り付けた。肩紐も背中もないブラだそうだ。姉ちゃんは、厚みがあるので、嵩増しに使っていたらしい。
「エイミーは要らないよね?何も無しで窮屈なくらいでしょ?」
姉ちゃんは、シリコン製のモノを2枚重ねで花音の胸に貼り付けた。花音はその上から普通に下着を着けていた。
「うん、立派になったよ!」
満足げな姉ちゃんと、微妙な花音。
「やっぱり要らない、エイミー着けてみて!」
花音は目の前で外して渡してくれた。さっきは、帯を緩めるという予備作業があったので、よそ見をする余裕があったが、目の前でのいきなりの露出には対応出来ず、凝視してしまった。
「ゴメン、あ、あ、あの、寝巻・・・!」
落ち着いた様子の花音は、
「エイミー、そのカラダで生活していくんだから、女の子の自覚持ってね!エイミーの方がおっきいんだから、いい加減慣れたら?」
僕の寝巻を剥いで、シリコン製のブラを貼り付けた。上からブラを着けると、肉が収まりきらなかった。
「やっぱり必要無いね、もしくはカップをもう一つ大きくするしかないね!」
姉ちゃんは大笑いして、
「じゃあ、次は花音からの質問ね!」
花音にバトンを渡した。
「別に考えてなかったよ、じゃあエイミーのオシャレに付いて考えようか?」
「そうね!もうちょっと可愛いお洋服着て欲しいよね!」
この時代では、ファストファッションなんかは無く、洋服は食べ物とか銭湯の値段と比べるとかなり高く感じる。あと数日しかない玉葱農家のバイトでは、二の足を踏む価格だ。あと気になるのがスカートの短さ。周りのお姉さん達は、あらゆるシーンでパンチラのオンパレード。今の身長が多分160センチを超えたくらいで元の身長から10センチくらい縮んだけど、この時代の女の子の平均とくらべるとかなり高いので、ワンピなんかは絶対に丈が足りないな。それでも、トーク内での着せ替えで盛り上がり、玉葱のあとの仕事が見つかったら、ショッピングに行くと話がまとまっていた。その後も他愛のない話を続け、ウトウトしだしたので、姉ちゃんはもう一度、電灯の紐を引いて真っ暗にし、
「おやすみ!」
それぞれの布団に戻ると思っていたが、そのまま僕の布団に3人で眠ってしまっていた。と言うか、スヤスヤ眠る2人に挟まれ、眠れずにいた。着崩れた寝巻で抱きつかれるのは、思春期男子のハートには刺激が強過ぎた。結局明るくなるまで眠れずにいた。新聞配達の自転車の音が聞こえたので、そっと抜け出した。
新聞を読む。1面の写真も白黒で活字がやたら小さい。聞かない政党の名前があったり、スポーツ欄を見ると、セ・リーグで6球団中2つ、パ・リーグは、6球団中、5つが知らない名前だった。Jリーグはまだ出来ていないようだ。改めて、50年前に来てしまった事が身に染みた。
バタバタと男子部屋から4人が飛び出てきた。朝練?
「英ちゃん、おはよ!勝った?」
4連覇中の強豪チームをひい爺さんから4代続いて応援している正路は、ご満悦。
「今年も優勝するし、9連覇するの知っているんだけどね!」
未来の話しをしちゃ不味いよね?多分。SFなんかではそういう事になっているけど、やっぱりそうなのかな?帰る未来が変わっちゃったら不味いって事かな?
競馬の結果を覚えていたら、ひと儲け出来たけど、野球じゃ合法的には儲けられないよね。
道場を覗くと、老人とマッチョなアスリート達が稽古する様子は、秘伝の奥義を指南する老師と特訓を受ける弟子たちの様だった。正路はかなりのブランクなのに、結構サマになっていた。姉ちゃんと花音も起きて来て稽古に加わった。
ひと汗流して、玉葱のバイトに出掛ける。姉ちゃんの荷物に入っていた日焼け止めスプレーを肌を露出した部分に吹き付けた。「ピーさん達も?」
「いや、女子達で使ってよ、俺達なら逆に焼きたいくらいだから!」
一人称が『俺』だし、すっかり男子の気分になったようだ。
日焼け止めが世に出るのはまだまだ先の事なので、そのうち無くなっちゃうから、使いたい人だけで使えばいいのに、姉ちゃんの司令で僕も使っている。
朝食を済ませ、バイトに出掛ける。姉ちゃんが言っていた通り、太陽が眩しい朝だった。
「色白さん、コレ被んな!」
農家の奥さんが、納屋から大きなツバの麦わら帽子を出してきて、花音と僕に貸してくれた。日焼けはそれ程気にしていなかったが、せっかくの美肌なので、気にした方が良さそうだ。日陰が手に入るのも有り難い。夕方まで頑張って、今日も600円。道場に帰り、姉ちゃんも誘って銭湯に出掛ける。二人とも僕を女子として扱ってくれているので思い切って、それに合わせて見る事にした。方針が固まると、それ程ドキドキしない。脱衣場の鏡の中の僕を見つめ、目を慣らしてから、普段の感覚で二人と接してみた。
「エイミー、失礼な事を考えたでしょ?」
良く考えている事を言い当てて僕を誂うのが得意な姉ちゃんだが、今回は全く心当たりがなかったなかった。『???』の顔をしていると、
「自分のダイナマイトバディを堪能してからだったら、貧乳や幼女なんて何も感じないって思ったでしょ?」
そう言うと、姉ちゃんはプっとほっぺたを膨らませた。
「それでエイミーが楽なら、自由にしていいんだよ、先生も意地悪しないの!」
花音は道場通いをしていないので、普通に先生と呼ぶが、今の容姿ではかなり不自然だった。姉ちゃんも同じ事を思った様で、
「見掛けと呼び方のギャップ気になるわね?」
僕は頷いたが、花音はそうでもない様子だった。
「実はね、そう思って考えてたんだよね、『エリー』ってどう?」
今度は二人で頷いて決定した。その後も他愛のない話をしながら、のんびりと入浴。お喋りに夢中になっていると、いつの間にか、視界に入ってくる肌色の曲線も気にならなくなっていた。落ち着いて周りの様子を確かめると、皆さんフルオープン。男湯だっら隠す部分が1箇所のせいか、ほとんどの人が、なんとなく隠していた気がする。よし、お風呂はクリアだね。急に戻ったりしたら逮捕だよね?どういう仕組みでこうなっているのか解らないから、対策も何もないかな?風呂付きの家に住めれば安心だけど、かなりムリそうだ。
銭湯を出ると、稽古の後に来るって言っていた正路達も上がったところだった。稽古の時間を考えると、カラスの行水だろう。
正路は、元からそうだったが、ピーさん達は、すっかり男子の行動に染まっている。戸惑っているのは僕だけなのかな?ちょっと疎外感。
「英太!男湯って前を隠しながら入るんだね!普通にしていたら、ちょっと浮いた感じだったよ!」
セブンの言葉にピーさんも、ラヴも頷きながら聞いていた。普通にって事は、フルオープンだったんだろうな。想像したくないな。
「英太、想像して赤面するなんて、乙女だね!」
セブンが高笑い。和気あいあいで道場に帰った。